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熱中症は気温の高い環境で生じる健康障害の総称でプロアスリートでも対策が難しいと言われています。特に東京オリンピックではマラソン、競歩選手の氷の使い方に注目が集まりました。今回は東京オリンピック、パラリンピックでトライアスロンとマラソンスイミングに携わり、ご自身もトライアスリートで多くの選手のサポートをしている彦井先生に、アスリートの熱中症対策と私たちができる対策を聞きました。

彦井浩孝 Ph.D(博士)(運動生理学・運動栄養学)
1965年京都府生まれ。オレゴン州立大大学大学院健康人間化学科博士課程修了。博士(Ph.D.専門:運動生理学)NPO法人チャレンジ・アスリート・ファンデーション理事長。トライアスロン歴35年、アイアンマントライアスロン45回完走(アイアンマン世界選手権11回出場)。東京オリンピック、パラリンピックではマラソンスイミング、トライアスロン会場のプレスオペレーションを担当。レース直後の選手の声や表情を間近で見てきた。

オリンピック選手も行うプレクーリング

熱中症対策として近年主流になっているプレクーリング。深部体温を事前に冷やすことにより、スタート後の深部体温の上昇速度を遅くしパフォーマンス低下を防ぐという方法です。ただし、冷やす場所を間違えるとパフォーマンスに逆効果の可能性も!?

彦井先生:
オリンピックのレース前で見受けられたのは、クーリングベストを着て朝の準備、あるいはウォームアップをしている様子です。胸や首周り、脇の位置を冷やすよう、その部分に保冷剤を入れるポケットが付いているベストです。トライアスロンはスイムもあるので、ウォームアップ後であまり冷やしすぎると筋肉が固まってしまうこともあります。重要な足を絶対に冷やさないようにベストを使っていたのだと思います。

皆さんが実践する際は、体温が上がると危険な脳や内臓部分の体温を下げるといいと思います。競技に関係ない部位、たとえば首の頸動脈や脇を冷やして、体の全体の深部体温を下げるということです。足に関しては筋温が高い方が、代謝も高まってパフォーマンスには有効になるので、プレクーリングという意味では冷やすというのはよくないと思います。深部体温をできるだけ下げておくことは大事ですが筋温はある程度維持しておいたほうがいいですね。

深部体温の考え方

深部体温は直腸に直接差し込んで測るので普段簡単には測れません。最近では飲み込んで測る特殊技術もあるようですが、そういった技術を使わないと測れないというのが深部体温。ではいったいどのように判断すればいいのでしょうか。

彦井先生:
普段測る体温が高い時は、もちろん深部体温も高いです。大まかに言って脇の下の体温と深部体温だと、1〜1.5度くらい深部体温の方が高いです

通常心部体温が39度を超えると認知力が低下すると言われていますし、40度を超えると著しくパフォーマンスが落ちて疲労困憊に陥るとも言われています。そこから逆算して、深部体温が40度で疲労困憊だとすると、通常体温が38.5度くらいだとその状態なのかなと思います。

自宅で実践! 深部体温を下げるドリンク

保冷剤以外の方法で運動後に上がってしまった深部体温を冷やす方法としては、ナトリウムが入った5度くらいのドリンクを少しずつ飲むのがいいとのこと。ただその凍らせ方に工夫がありました。

彦井先生:
KODAのELECTROLYTE POWDERは、1本に440mgのナトリウムが入っています。2本を500mlの水に溶かして飲むとちょうど良く水分とナトリウムを摂れる割合です。これを水に溶かして凍らせるのですが、500mlを全部凍らせるとカチカチになって飲めません。

飲みやすくするように、まず250mlの水にこれを2本入れて凍らせます。冷凍庫から取り出して飲む時は250mlの水を足すと、500mlの中にこれが2本入ったドリンクになるということなりますよね。

ポイントはボトルを斜めにして凍らせることです。斜めにして凍らせることで、立てて凍らせた時よりも氷が水に触れる面積が大きくなって溶けやすい。半分は氷、半分が水というのが混ざり合うことで、冷たいドリンクを少しずつ飲むことができます。

ただし、少しずつ体を冷やす程度に飲んでください。大事なのは冷たくて美味しいなとか、心地いいなとか、主観的に暑さを凌いだなという感覚があればいいと思います。それ以上飲むと胃腸の血流が悪くなり調子を悪くしてしまうので、がぶ飲みはやめた方がいいと思います。

250mlにELECTROLYTE POWDERを2本溶かす。さらっとしたパウダーで一瞬で水に溶けた。
水に触れる面積を広くするため斜めにして凍らせた状態。ここに250mlの水を追加し500mlに2本溶かしたドリンクにする。味を均等にするため一度混ぜてから凍らせると良い。

ナトリウム摂取の重要性

エレクトライトパウダーのパッケージには500mlに1本とありますが、2本入れるという彦井先生。その理由は?

彦井先生:
運動をしてたくさん発汗している人と、そうでない人のパターンがありますよね。この500mlに2本というのは、結構ハードに運動していて発汗量の多い方向けです。

2007年の研究なのですが、7時間にわたる運動を26度と36度という非常に過酷なところで運動した場合、27度の状況下で汗1リットルで失われるナトリウムは850mg、36度だと1100mgくらい。かなりの量です。個人差があり測ることは難しいのですが、1リットルの汗に含まれるナトリウムは平均で1000〜1500mgくらいかなと思います。僕自身は測定して1000mgでした。

1パッケージに440mgのナトリウムに入っているので2本で880mg。仮に汗を1リットルかいた人だとして、多い人で1500mlのナトリウムが失われていることになります。500mlに2本入れると1リットル換算で4本分の約1800mgのナトリウムを摂取することになります。1000〜1500mgという平均より少し多くはなるのですが、その分水分を体の中に留めておくという働きも高まる可能性もありますから、その辺りは問題ないと思います。

彦井先生が紹介していたELECTROLYTE POWDER LEMON/KODA JAPAN。レモン味とカシス味があり、価格は1本150円(税込)

水分補給だけでは対策不足

彦井先生いわくエンデュランススポーツでは水分補給だけでは熱中症対策はできないとのこと。練習や走り方だけでなく、熱中症対策も経験や工夫が必要なのです。

彦井先生:
脱水になってはいけないというのが前提にある上で、こう言ったら怒られてしまうかもしれませんが、エンデュランスをやる以上、脱水はある程度覚悟の上なんですよね。。脱水5%、7%は大変な状況なのですが、それでもやらなきゃいけないのがエンデュランススポーツ。

熱中症や脱水対策を水分補給だけで行うということ自体が間違いかなと思います。冷たい水を飲むことだけが体を冷やすことではありません。体に水をかけるとか、例えば黒い服を着るより白い服を着て、できるだけ体に熱を吸収しないようするなど

過酷な状況でも完走する選手にとっては、レースの前は睡眠をしっかりとって、体温の調節機能が正常に働くように保った状態で会場に入ってくるというのが前提となっているはずです。いろんな方法を駆使しながら最終的にパフォーマンスが成り立っていくんだなと思います。

実践が難しいウォーターローディング

脱水や水分補給というと最近ではレース前数日間に渡って行うウォーターローディングで対策をするという考え方もあります。彦井先生によると水をたくさん飲んだからといって脱水を防止することは難しいとか。それには血液中の濃度が関係しているようです。

彦井先生:
僕自身、ウォーターローディングは難しいと思います。なぜかというと、もし実践するとしたらレース前の数日間に水を摂るわけですが、それは運動中ではなく安静にしている状態でのウォーターローディングです。

血液中にはナトリウムや血糖などの物質が流れています。この濃度を管理するセンサーが体中にあるのですが、水分が入ることによって、血液中の物質の濃度が低下してしまう。すると体内の余計な水分を外に出そうとするんです。

だから飲んでも不要な水は外に出そうとトイレに行きたくなる、という繰り返しだと思います。あるとすれば、水分と一緒にナトリウムや塩分などを摂れば、そうでない場合と比べて、水分の滞留量は多少確保されているかもしれません。ただレース当日どこまで役に立つのかは分かりませんし、体内の水分が過剰にあると出そうとするのは当たり前です。水をたくさん飲んだからといって、レース中に脱水を抑えることができるかといったら、そういうことは起こりにくいかなと僕自身は思いますね。

科学的根拠に基づいた補給セミナー「栄養補給うそ、ホント」を行う彦井先生。

サウナで行うアスリートの暑熱順化

東京オリンピック、パラリンピックでは、熱中症対策として暑熱順化をして臨んだ海外選手も多いよう。趣味で楽しんでいる人は週末に自転車などに乗って外に出かけること自体がひとつの暑熱順化の方法という彦井先生。気象条件に合わせて徐々に距離などを伸ばしていくのが良いという。プロの選手はサウナでトレーニングをする人もいるとか!

彦井先生:
プロ選手でサウナの中でバイクを漕ぐというのはあります。僕は昔、夏のニュージーランドのレースに出るとき、サウナの中でスクワットをやった覚えはあります。中に自転車を持ち込むことはできなかったので。ただ、それがレースに役に立ったかは分かりません(笑)

でも真面目な話、エリートアスリートもサウナの中でランニングマシンを使って走ったりしています。サウナというよりも普通の室内で暖房をつけて気温を上げてトレーニングするという方が一般的ですね。いきなりやると熱中症になるので、徐々に慣らしていく。例えば1時間ローラーを漕ぐとしたら、最初の20分はエアコンで室温を35度に上げて行い、そのあと部屋を冷やすなど。少しずつ時間を伸ばしていって、最終的にはトライアスロンのバイク40kmに相当する1時間弱は室温30度以上のところで練習をしていると思います。

暑いところでのトレーニングはナンセンス

暑熱順化といっても汗をたくさんかいて消耗してしまうことには変わりありません。トレーニングは涼しいところでしっかりやり、日常生活で暑さに慣らしていくという方法もあるようです。

彦井先生:
もう一つは涼しいところに住んでいる選手は難しいかもしれないですが、暑いところでトレーニングすること自体がナンセンスという考えもあります。

暑いところでトレーニングするとパフォーマンスが下がってしまいますよね。下がってしまうことで、トレーニングを続けてもあまり意味はない。それよりも涼しいところでパフォーマンスよくやった方が体にとっては良いと。

とはいってもレース会場が暑い想定の場合、サウナの中で20~30分じっとしているというのを日々繰り返して暑さに慣らすなどありますね。場合によってはレース当日30度超えるとなると、練習はできるだけ涼しい環境でやる。暑いところではウォーキングや普通の外出をし、日常の活動している中で汗をかいて生活をする。このようにトレーニングは室温の低いところ、生活は室温の高いところという工夫もあります。ただ睡眠は重要なのでエアコンで気温を28度に設定して、質を上げますね。

どれがベストというよりも、人それぞれ合う方法があるのだと思います。

湿度とパフォーマンスの関係

湿度が高いとパフォーマンスが落ちるというのは読者の皆さんも体験したことがあるはず。彦井先生によると、体温調整ができなくなることが一つ。もう一つは酸素の交換率が悪くなるため。しかしメリットもあるとか!?

彦井先生:
湿度とパフォーマンスはかなり関係があります。ひとつはよく言われているように、空気中の水分が飽和状態の高湿度の時は、汗をいくらかいても蒸発できないわけです。蒸発しないということは体の皮膚から体温が奪われないので体温が下がりませんよね。体は暑さに反応するので、脳は汗をかけ! 汗をかけ! と一生懸命。汗腺や皮膚に血液を集めて汗をかかせようとするのですが、蒸発しないのでダラダラ流れているだけなんです。水分を失うけど体は冷えないという悪循環に陥る。なので、湿度は非常に大事です。

もう一つは、湿度の高い空気を吸いますよね。肺の中ではガス交換といって、肺胞に流れてくる静脈の中で酸素と二酸化炭素のやりとりをします。その効率が湿った空気だと悪くなるんです。乾いた空気を吸ったときよりもガス交換がうまくいかないので入ってくる酸素が少なく、苦しくなるというのはあると思います。

ただ、湿度が高いところでトレーニングには、ひとつメリットもあるんですよね。酸素の交換率が悪くなるので、高地トレーニングみたいな要素がちょっとあると言われています。2000mや1500mとか高めの山ではないですが、少し高めの山に登ってトレーニングをしているような酸素不足の状態を作ってトレーニングすることができるということです。うまく適応するとヘモグロビン量が増える可能性もあるかもしれません。

科学的根拠に基づいた彦井先生のお話は大変腑に落ちるものばかり。私たちも対策の根拠を知ることでより正しい知識を持ち、身体を動かし続けていきましょう。手軽にできる熱中症対策として、記事で紹介したドリンクは、ぜひお試しを。