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アジアから入国した唯一のWestern States Endurance Run 2021出走者となった佐々木拓史さん。スタート地点に辿り着くまでを綴った前編に続き、後編は24時間切り=シルバーバックルを手にするためにゴールを目指す迫真のレースレポートをお届けします。

「貯金はある?」
「貯金は?」
「貯金は何分になった?」

レース中に100回くらい同じことを聞かれたとは、ペーサーの二朗くん談。

あわよくば22時間台、なんて甘い考えは最初のエイドで吹っ飛んだ。すでに24時間のタイムテーブルからはビハインド。経過も大切だけど、結果はもっと重要で、喉から手が出るほど欲しい物なんだ。

ゆっくりと心に余裕を持てて進めたのは最初の1時間だけ。遅れているとわかってからはとにかく時間に追いかけられて、眠くなる隙すらなかった。

レーススタート!〜貴重な機会を噛みしめる

Olympic Valley 0mile / 0:00 (AM5:00)

“5,4,3,2,1 GO!“

6月26日、パシフィックタイム午前5:00。カリフォルニア州のオリンピックバレーでスタートの号砲が鳴った。序盤のコースはスキー場をボトムからトップまで林道に沿って上がる。二朗くんとクニさんからゆっくり歩いて登ればいいと言われていたので、沿道の応援にテンションを上げながら、月と日の出のコラボレーションという絶景を心から楽しんで登った。

Western States
スタートゲートも友人家族とスタートまで一緒にいられるという、アメリカならではの緩さがあった。

2021年、第48回ウエスタンステイツの出走者は315人。前回大会の2019年と比べると50人ほど少ない。海外からの出走者はコロナのせいでたったの10人程度。うちアジアからの出走者は自分ひとり。冗談まじりで日本代表だぜって言ってみたものの、まさかのアジア代表だったというオチ。

男女ともに前回大会のトップ10のうち8名が出走とタレント揃いで、アフターコロナはじめてのメジャー大会ということもあってか、空前の盛り上がりだったようだ。会場には選手のみならず、家族などクルーやペーサー(伴走者)、そしてボランティアが多数いて、たった315人のための大会とは思えず、東京マラソンのようだった。

マラソンといえば、プロのトップランナーと市民ランナーが同一コース、同一スタートで走れるというのは他の競技と比べると特殊なことだと思う。でもそれは出走者が数千人や数万人の話。この大会ではたったの315人という少ない母数の中に、国内(と例年では海外でも)選りすぐりのランナーと一緒に走れるという貴重な機会が与えられている。なんと幸運なことか。スキー場を登る周囲のランナーを見渡しながら、そんなことを思っていた。

Western States
地平線の向こうに上がる太陽を見ながらゲレンデをゆっくりと登った。

携帯電話のメモ帳の中に入れたコースマップとタイムテーブルを確認する。

ウエスタンステイツのコースはカリフォルニア州の東の境、レイクタホの西にあるオリンピックバレーからスタートして、100マイル(160km)の山道を経て、州都サクラメントの東にある小さな町、オーバーンにてフィニッシュする。スキー場の標高が高く、徐々に高度を下げていくので、下り基調のコースと言われている。それでも当然ジグザグと山を登り、累積獲得高度は上りが5,514m、下りが7,001mとなっている。序盤ではスキー場を上がるため高度順化、中盤からは40度近く温度が上がると言われる谷に入るので暑熱順化が必要と脅されていた。

Western States
出典:Western States Endurance Run

ちょうど太陽が顔を出し、眼下には美しい湖が広がった。気温は低かったが、上りのため半袖短パンでもちょうどよい気温だった。ぴったり1時間でスキー場トップのWatson’s Monument(2,636m)に着く。応援の人が50人以上はいただろうか。みんな暗い中ここまで1時間かけて自分の足で登ってくれたと思うと感慨深い。

Western States

やっと下りだ! 楽しいシングルトラックを「ひゃっほーい!」と叫びながら下ったのもつかの間、すぐに渋滞に捕まった。下りが苦手な人が先頭にいて渋滞してしまうのはアメリカのレースも日本と一緒みたいだ。シングルトラックで渋滞しても焦らずのんびり、とはクニさんのアドバイス。ゆっくりと付いていく。でも時計を見るとさすがに遅いと感じてきて、抜かしたほうがいいのか迷うものの、先頭が見えないほど渋滞が続いている。

“sorry, passing” イキのいい兄ちゃんが横から通過していった。すかさず彼に付いていくことにして、抜きまーす、ごめんなさ~いと遅い人たちをごぼう抜き。10分もそのようなことを繰り返すとついに渋滞を抜けた。飛ばし過ぎだろうか。まだ序盤、足を残さなければと思いながらも、時計が気になって速度が上がる。心拍はずっと150を超えていた、マフェトン目安の135よりも随分と高い。

24時間切りのタイムテーブルを睨み、ひた走る

アメリカ的な巨木の中を気持ちいいトレイルが続いた。

Western States
前半はハイシェラと呼ばれる美しい景色の中を進む。

10.3mileで最初のエイド、Lyon Ridgeに到着する。時計を見ると7:20を過ぎていた。ウエスタンステイツでは24時間と30時間(制限時間)の完走タイムテーブルというのがエイドごとに用意されている。エイドに入るときと出るときに、その時間が確認できるようになっていて、このエイドでは「24hrs:7:10」と書かれていた。すなわちすでに10分のビハインド。貯金どころかすでに負債を抱えたスタートとなった。焦りながらも水を汲み、パンとジェルをもらい足早に出発。出るときには負債がすでに13分。どうにかタイムテーブルを下回りたい、なんてことを考えながら走るとついついスピードが出て、心拍数はやはり150以上。

しかし、気持ちがいいトレイルだった。爽やかな風が吹き、ハイシェラの山々が見える。足取りが速いのか、少しづつランナーを抜かしていく。飛ばすと足は残らない、ゆっくりとゆっくりと、まだ序盤だと思いながら上りは歩き、下りとフラットは走る。15.8mile、Red Star Ridgeへは3:31。24時間タイムテーブルだと3:20。やっぱり10分ビハインド。頑張って走ったつもりが全く縮まらない。最初のクルーと出会える次のエイドまでは8.5mileほど。いちいちmileに1.6を掛け算してkmではいくつになるのかを計算しなくてはいけないのが、疲れていく脳みそには難しいところ。

Western States
走りやすいトラックが続き、ついついスピードが出て心拍も上がるオーバーペース。

Duncan Canyon 24.4mile/5:03
下り基調の後、最初のクルーポイント。石寺さんが迎えてくれる。彼はかつての職場の先輩で今はサンフランシスコのREIというアウトドアショップで店長をしている。今回急遽クルーを買って出てくれて、いろんなものを現地で用意してやってきてくれた。なぜか日本のフラッグもどこかで買ってきた(笑)。知っている顔に会うと勇気が出てくる。ここからアイスバンダナを装着して、巨大なジップロックにも氷を入れて背中のバックパックにしまった。重いけれど、暑さ対策として必携装備かというほどみんなが首にアイスバンダナを巻いていた。もちろんこのようなものの存在は知らず、レース完走経験のある二朗くんが日本から用意してきてくれたのだった。

再び埃が舞うトレイルへ。ここからは若干登り基調。走れない傾斜の上りは歩けるのでちょっとうれしかった。暑くはなってきたけれど、まだまだ大丈夫だった。心配なのは結構心拍を上げて走っているので、これで最後まで持つのかどうか、というところ。もっと抑えたほうがいいのか、上げて大丈夫なのかと幾度か葛藤する。そのたびにここで突っ込まなくてどうする、と思う自分がいた。完走しに来たんじゃない、24時間切りを目指しに来たんだから、潰れてしまっても目指すほうが悔いが残らないにきまっている。

Robinson Flat 30.3mile/6:36
「大丈夫大丈夫!」ペーサーの二朗くんとクニさんのクルーのシンヤさんの声が聞こえる。

「大丈夫なんだけど、時間がシビアすぎるよー。頑張ってるのに貯金がない」と僕。
「ほぼ1/3終わりだから!」と二朗くん。

Western States
エイドはアメリカらしい陽気な人たちで疲れが飛ぶ。ここではコスプレしたオニーサンが名前を連呼してくれておかしかった。

少しのジェルをもらって、氷を交換したらすぐにエイドを出る。さあ、最難関箇所、キャニオンズと呼ばれる区間へと突入だ。

ややフラットな林道を走る。その後砂埃の舞う乾燥したトレイルが続き、一度ここで転倒。汗だくだった身体は砂まみれになった。38mileのDusty Cornersを超えてから、間違った林道に入ってしまい、戻ることに。失った時間は10分くらいだろうか。Last Chanceを過ぎると谷を下り始める。深い3本の谷を下って急登を上がるコースの一本目。足に違和感があって攣りそうになったので、止まってストレッチ。少し下がっていた気持ちも切り替えて下りを楽しむぞ! と軽快にステップを踏む。前腿が悲鳴を上げているが、下りきったところにクニさんに聞いていたドボンポイントがあるので、アイシング前提で飛ばした。例えるならば信越五岳の吊橋までの下りのような、ややテクニカルなシングルトラック。

谷底まで降りきって橋を渡ると、小さな池に小川が流れ込んでいた。

Western States
まだ靴は濡らしたくないが足は冷やしたい。必然的にこのような体勢に。

ここで2分くらいレスト。身体を浸けて、水をダイレクトに飲む、腹を壊すかどうかなんて気にしてはいられない。失ったのは2分くらいだけど、この後の急登で人は抜かしこそすれ、抜かれなかったので作戦はきっと成功なのだろう。何より気持ちをリセットできたのが大きい。

悪魔の親指という名がついた Devils Thumbまで上りが40分、なかなかこたえた。エイドでアイスキャンディーをもらって溶けた氷を全交換して仕切り直し。足が終わっている感があったけど、復活を信じてゆっくり下る。谷に下るほど暑さが増し風がなくなっていくのを感じた。予報通り40℃くらいなのかもしれない。トボトボと歩いているNikeのアスリートを追い越して「調子が良さそうだな!」とエールをもらう。強い人もやられてしまう暑さなんだな。後で聞いたところによると、この前のエイドで相当の人がリタイアすることになったらしい。

El Dorado Creek 52.9mile/11:34
谷底にはエイドがあった。「タク、よくここまで来たな!いいぞ!」唯一無二、25回このレースを24時間以内で完走しているTim Twietmeyerだった。クニさんに連れていってもらったグループランで会っただけで名前を覚えていてくれたのだ。伝説の人って細やかな気配りをしてくれる人なんだな、なんだかほっこりしてしまった。

Western States
飛び込んだらエイドのお姉さんに「オーマイグッドネス!」とびっくりされる。ここでも水をガバガバ飲んだ。もういろいろ気にならない。

ここには大きな川があり、もはや靴が濡れるとか気にせず迷わず飛び込む。2分ほどアイシング。「シルバーバックルをゲットしろよ!」 エイドのボランティアが声をかけてきた。

「でもタイムテーブルから遅れてるでしょ?」「そんなことないよ、3分余裕がある」

まじか! ついにオンタイム!

登りは単調だったけれど、楽しく歩いた。とにかくいろんなことが楽しかった。Michigan Blaffからシングルトラックを抜けアスファルトに出ると、道にチョークで選手へのメッセージがいろいろ書いてあった。日本だと怒られてしまうようなアメリカの懐の広さ、やっぱりいいよなあ。「Welcome to Foresthill」という看板に泣きそうになる。ついに2/3が終了する。唯一町の中にあるエイドステーションはコース上最大規模で、ペーサーとの合流地点ということもあってとにかくにぎやかだった。道行く人々がみんな応援してくれる。なんともまあ、最高すぎる。

ペーサーとの後半〜練習で掴んだマインドセットで辛さを消す

Forest Hill 62mile/14:05
「タクジさーん!」遠くから二朗くんと石寺さんの声が聞こえる。合流すると日本の石川弘樹から電話がかかってきた。ずっと心配してくれて二朗くんに途中経過を聞いていたらしい。「大丈夫そう、行けそうな気がする。元気だし、楽しいし」と返答。貯金が10分を超え、ここで使い果たすことにして初めて椅子に座った。もう19:00を過ぎたし暑くはならないと思いアイスバンダナを外して置いていくことにして、変わりにヘッドランプをパックにしまった。GoProの電池を交換し、尾西のご飯を食べた。やることがありすぎてサプリを摂るのは忘れてしまった。

さあ、あと約60km!

出発の時に時計を見るとPM 19:15。24時間タイムテーブルだと完全なオンタイムで1分もずれていない。やれやれ、結局貯金はゼロで、時間との戦いには変わりないのか。

Western States
ペーサーとクルーと。地元の友人がこの日のためにと仙元山トレイルクラブのロゴと名前、318のゼッケン番号が入ったTシャツを用意してくれた。

沿道の応援は数百メートル続き、声援が本当に嬉しかった。

「彼は笑っているから多分大丈夫よ! 頑張って!」

そう、最高に楽しかった。時折厳しさを感じるけれども、レースをずっと楽しめている自分がいた。

前か後ろか、二朗くんに聞かれ前で引っ張ってもらうことに。シングルトラックを下りCal1と呼ばれるエイドを通過。オンタイム。5mileでCal2、対岸の山が真っ赤になっていく。ライトを点灯した。夜になったら涼しくなって走りやすくなるかと思っていたが甘かった。あまりの暑さにバックパックにダイレクトに氷を入れてもらった。エイドに着くとボランティアの女性が「水にする? 他のものがいい?」と聞いてきくれたが「えーーと。エレク・・」 単語が出てこない。「エレクトラライト(スポーツドリンク)?」「そう、それお願いします」。だいぶ疲れてきたみたいだ。

Western States
エイドのボランティアスタッフに何度救われたことか!

「貯金ある?」と二朗くんに聞くと「ほぼありません」と即答。ケサディーヤを手に持ってすぐにエイドを出た。

暗闇の中を淡々と走った。後半になったらタイムテーブルに余裕ができて走れば貯金が貯まる一方かと思っていたのに、そうではないらしい。甘くないな。

「楽させてくれないんだね」
「まったく楽じゃないんですよね」と二朗くん。

下り、フラットはともかく、ちょっとの上り坂も走るペーサー。油断するとどんどん遠くなる。なるほど、引っ張るタイプのペーサーなのね。止まってほしいとか、もっとゆっくりしてとはお願いしなかった。何も考えずに付いていこうと思った。

ある日、逗子の旧石原邸の激坂で練習をしているとき、辛いという思考を頭の中から出して他に追いやってしまうというコツのようなものを掴むことができたのだ。意識だけは身体の外に出て、ハアハアゼエゼエやっている苦しそうな自分を他人事のように俯瞰して見ている感じ。辛くて息があがるのは身体、でも心は辛いと思わなければ辛くない。今回もこのマインドセットは成功しているようだった。うん、辛くない。だって自ら選択してこんな馬鹿なことをしているのだから。

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前を行くペーサーに無心で付いていく。月明かりがきれいだった。

この区間、快調に飛ばして頑張ったなー、と自分を褒めてCal3のエイドで貯金できた?と聞くと「5分くらいかな」とのこと。シビア。また淡々と走る。夜のため景色も見えず、先を行く二朗くんとの距離も話せる距離感でもなく、正直ちょっと退屈だった。頭を空にするしかない、禅のようだね。

後半のハイライトは渡渉〜そして「Finally, Auburn!」

Rucky Chucky 78mile/17:54
ようやく16分の貯金! 石寺さんがいろいろ準備して迎えてくれた。お米を口に押し込み、ドライパックに入れた乾いた靴をバックパックにくくりつけすぐにエイドを出る。ここからすぐに、ウエスタンステイツ名物の渡渉が控えている。

Western States
ウエスタンステイツ後半のハイライト。

数百メートルはある比較的大きな川だった。対岸から対岸へとロープがかけてあり数メートルおきに安全確保のボランティアが立っている。ありがたい限りだ。「ありがとう!」と声をかけながら進む。ようやく気温も氷がいらないほどは落ちてきて、川の水温は冷たいほどだった。川を出て、靴と靴下を乾いたものと交換し、使い古したものは空のドロップバッグに入れて残置した。Green Gateへと登ると貯金はまた5分に減っていた。

Auburn Lake TrailからQuarry Rdへ。登ったり下ったり、シングルトラックで比較的走りやすいトレイルが続く。快調に飛ばせているなと時計を見るとキロ8だった。なんだ、もう速度も出ないのか。身体は疲れて足も痛いけど、とにかく前に見える背中に付いていく、それだけだ。ここまで20時間以上、ずっと時間だけを気にして走ってきたのに、これで5分〜10分、間に合わないとかだったら何も報われない。1年半も練習したのに、ここの数時間、数分、頑張れなくってどうするんだよ、と自分に喝をいれる。

Pointed Rocks 94.3mile/22:13
「貯金はできた?」「貯金は?」としつこく繰り返す。もう聞き飽きちゃったのか二朗くんからは返事なし。サインと時計を見比べると17分貯金ができていた! 残り5mile、いけそう。でも地図だと大きな登りが最後に待っている、まったく油断はできない。トラブル一つで終わりだ。クルーにもらったレッドブルを飲みエイドを出る。もう3:00になるというのに不思議と眠くならなかった。

Western States

月がほぼ満月で周囲を照らす。いやらしい岩の段差のシングルトラックが続く。下り基調のコースで四頭筋がやられてしまっているのか、一歩一歩が痛い。うめきながら進む、ここまで来たら進むしかない。

見覚えのあるトレイルだった。2019年に走ったRio Del Lagoと同様のコースに戻ってきたみたいだ。もうAuburnが近い。No Hands Bridgeと呼ばれるこのレースで象徴的な橋を渡る。ここからの登りがどのくらいなのか。Rioのコースを外れ林道が上に続く。結構な急坂なのに走って登る二朗くん、痺れるなあ。「苦しいときは石原邸の激坂を思い出せ」と礒村さんのメッセージが思い浮かぶ。そう、心を無にして登るだけだ。徐々に最後のエイドの明かりが見えてきた。

「Finally, Auburn!」

思わず叫んだ。98.9mileのRobbie Pointに着いたのは朝の4:22、すなわちスタートから23:22だった。あと1mile。ついに24時間切りが見えた。石寺さんとシンヤさんが迎えに来てくれて歩いて坂を上がった。自分との、そして時間との戦いは終わった。住宅街はまだ静かで人気がなかった。

Western States
“ Thanks for being here!” と二朗くん。エイドの皆さんには本当に感謝しかない。

じきに高校の明かりが見えてくる。有名なトラックが目に入る。そして中に入る。会場は朝早すぎるためか、あまり人がいなくてちょっぴり寂しかった。

「やったなあ」「やったね」クルー、ペーサーと話しながらゆっくりとトラックを回った。
ゴール手前でアナウンスが聞こえた。

「This is Takuji Sasaki from Hayama Japan、Finishing Western States with a Silver Buckle! 」

23時間45分、ゴールゲートをくぐる。もう一歩も動きたくない。

これまでのトレーニング、コロナ禍での渡航、今日の時間との戦い、凝縮された時間を経てすべてが報われたと思える瞬間だった。完璧すぎて怖くなるほど。

不思議と涙は出ず、でも深い達成感と多幸感に全身が包まれていくのは感じていた。

Western States
クルーの石寺さんがアメリカで買ってくれた日本の国旗。自分の人生において、まさかこんな日が来るとはね。

そして、29時間30分。クニさんのゴールの頃には会場は打って変わって観客の声で湧いていた。ゴール制限時間である30時間手前の1時間がゴールデンアワーと呼ばれこのレース最大の盛り場を迎える。

ブリーフィング時レースディレクターのクレイグが言った一言が記憶に残っている。「たとえ自分が先にゴールしたとしても。ゴール地点で最後の走者がゴールするまでチルアウトして待っていようよ。それこそがトレイルカルチャーのいいところだと思うんだ」と。

そしてこれは事実だった。世界のトレイルランニングカルチャーを作ってきたレースは今なお現役だった。


Western States Endurance Run
www.wser.org

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