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社会状況の変化に伴い、働き方がより多様さを増している2021年。onyourmarkでもワーク・スポーツ・ライフバランスと題した特集で、企業や個人が実践する「働くことと動くこと」を紹介してきました。リゾート地や自然の中といったバカンス環境で働く「ワーケーション」という言葉も認知度を増していますが、onyourmark的にはやはり、そこにスポーツやアクティビティの視点を取り入れたいところ。すると、スポーツワーケーションという取り組みに行き当たりました。

「スポーツワーケーション」を提唱する日本総合研究所(日本総研)の佐藤俊介さんは、ワーケーションにスポーツを取り入れることで、仕事のパフォーマンス向上を大きなメリットとして挙げています。

スポーツワーケーションの実証実験を主催した、日本総研の佐藤俊介さん

それは仕事の合間にアクティビティやスポーツをすることにより、「超集中状態」を生み出し、仕事においてハイパフォーマーになれるというもの。onyourmark読者の方には、フローやゾーンといった言葉の方が馴染み深いかもしれません。1日のうちに身体を集中して動かすことで、その後の仕事にも通常以上の集中力をもって臨めるのではないか、という仮説です。

これは私たちが、体感的に知っていることでもあります。早起きをしてモーニングランをした方が、気分良くすっきりと仕事を始められる。そんな経験をしたことのある人は多いはず。さらに佐藤さんは、都市を離れ、自然が豊かなフィールドでのアクティビティが精神的なリラックスを生み出し、運動によって身体に負荷をかけることで緩急のバランスもとれ生産性が向上することを指摘しています。

実証実験は野沢温泉村でスノースポーツワーケーションとして行われた。3月も付近は雪に囲まれている。都市部から出ていくことを考えると物理的にこの上ないリモート環境です。

スポーツワーケーションが想定するアクティビティは、スノースポーツやマリンスポーツ、クライミングやサイクリングなど多岐に渡ります。期間も長期滞在といえる一週間から、そのスポーツのシーズンいっぱいまでという超・長期間まで。上述の「超集中状態」によって作業能率が上がった分の空き時間を、アクティビティに充てられるとしています。

スポーツワーケーションが想定する1日のタイムスケジュールは次の通り。クライミングとスノースポーツの場合で想定されています。

【クライミングワーケーション】
6:30 起床・軽食
7:00-10:00 ロッククライミング
10:00-12:00 仕事(超集中状態)
12:00-13:00 ランチ
14:00-16:00 仕事(超集中状態)
16:00-18:00 仕事(雑務など)
18:00-22:30 夕食、自由時間
22:30 就寝

【スノーワーケーション】
6:30 起床・軽食
7:00-11:00 仕事(超集中状態)
11:00-12:00 ランチ
12:00-15:00 スキー
15:00-16:00 温泉入浴
16:00-18:00 仕事(雑務など)
18:00-22:30 夕食、自由時間
22:30 就寝

なんと理想的な1日でしょうか! しかもこれが1週間続くのであればなおさらのこと。こんな風に仕事がしたいと思わせるに十分なスポーツワーケーション。しかし実際に導入するとなるとハードルが高いことは容易に想像がつきます。

・(会社員の場合)所属会社の許可が下りるのか?
・仕事を円滑に進めるためのデスクや通信などの環境
・アクティビティにかかる用品や準備、費用の問題
etc…etc…

スポーツワーケーションの効用を、実証実験!

それでは実際のところ、スポーツワーケーションは機能するのでしょうか? 日本総研の佐藤さんはこの度、スポーツワーケーションの実証実験を行いました。実験に参加したのは、そうそうたる有名企業で働く20名ほどの方々。業種もスポーツ歴も様々な人たちが、毎日のスノースポーツを楽しみにながら仕事をするという5日間を過ごしました。

一般企業で働く20名ほどの参加者を募り、野沢温泉スキー場内で行われたスノースポーツワーケーションの実証実験。この日は参加者と村民とがディスカッションをするワークショップが開かれました。

4日目に開催されたスポーツワーケーションのワークショップ時に、佐藤さんにここまでの手応えをうかがいました。スポーツワーケーションの可能性を、どうみているのでしょうか。

onyourmark:参加されているのは所属企業もバラバラな20名ほどの方たちですが、みなさんどんなタイムスケジュールで毎日過ごされているのでしょうか?

佐藤:基本は自由になっています。スポーツを最低1時間くらいはしてくださいとお願いしていまして、それ以外の時間では自分の会社の仕事で自由に働いてもらっている感じです。でも少し余裕がある人はもう一回滑りに行ったり、滑る時間を2時間にしたりされています。

OYM:実証実験に入って4日目ですが、ここまで参加者の方からの良いリアクションはありましたか?

佐藤:満足度は高そうです。こんな生活をしていれば、そりゃそうだろうと思いますが(笑)。複数の企業の人と交流できたのが楽しい、という意見が多いですね。その際話題になるのが、『どんな仕事してるんですか』とか家族などのプライベートな話ではなくて、『どこ滑りましたか?』とか、『天気どうでしたか?』とか、そういう共通の項目がスポーツのなかで生まれているようです。ですから、『いや〜あそこの斜面はきついよね』とか言いながら共感が生まれ、交流している。それは面白い反応だったかなと思います。

夕方から開催されたワークショップ。もちろんこの日はすでに多くの参加者が滑った後でした。

OYM:今は違う会社の方々同士ですけど、可能性としては、同じ会社の人たちでやっても新しいコミュニケーションが生まれそうですね。

佐藤:例えば一つの会社から10人が月曜から金曜まで来て、その10人で何かプロジェクトを一個仕上げて帰ってもらうとか、そういうこともできるんじゃないかと思います。

OYM:今回の実証実験では、参加者の方の脳波も計測してエビデンスを取るとうかがいました。

佐藤:そうですね。傾向が示せればいい、くらいで基本的には主観のアンケートをとって、自分のパフォーマンスが高まったと参加者が書いてくれれば、まずは成功かなと思っています。それにプラスして脳波や、こういったデバイスで客観的な数値が示せていけると、今後もっと企業が取り組めるんじゃないかなと思っています。

OYM:デバイスはFitbitですね?

佐藤:Fitbitを使用しています。また、オムロンの体組成計も活用しています。

あと面白かったのは、先週の実験に参加された方たちには何人かスキー好きがいて、スピードが測れるアプリを入れてみんなでちょっとした競争をしていました。『やっぱりスピード出すとリフレッシュするんだよ』なんて話をしていて、もしかしたらそうなのかもしれないなって思いました。トラッキングアプリを使うと移動距離を測れたりもするので、もう少しそういうデバイスと組み合わせて、エンタメ要素を入れることでさらにゲーム感覚でできるかもしれません。

実証実験の参加者は、〈Fitbit〉のスマートウォッチを着用し身体データを計測。心身の健康にスポーツワーケーションがどう作用するかを調べていました。

OYM:SNS機能をもったアプリを使ったらまた繋がりが生まれますね。

佐藤:そうなんです。それでコミュニティができたら、『今日は野沢でランキング3位だった』とか、『何キロ出したの?』なんて話で盛り上がりますよね。

OYM:単にリゾート気分でリフレッシュより、アクティビティに没頭する環境で楽しみながら仕事ができそうです。

佐藤:今回は、スキーは10年ぶりなんて人たちもいらっしゃっていますが、そういった方々が再開するきっかけとしても良いと思いました。10年ぶりでも4日間くらい滑ればもちろん思い出しますし、ギアってこんな変わってたんだなんて話で盛り上がったり。それで1人でも2人でも新しくギアを買う流れができれば、メーカーにとっても重要な動きになっていけるなと。例えばギアレンタルのサブスクをメーカーがやるとか、メーカーがスポーツワーケーションを主体的にやるとか。

野沢温泉スキー場の片桐幹雄社長は、海外のスノーリゾートの実態と野沢温泉村の特色をプレゼンテーション。隣は現役時代にワールドカップで活躍したスキーヤーで、現在は野沢温泉村観光協会会長を務める河野健児さん

OYM:スポーツ産業のメーカーがやると企業側としても参加しやすくなりそうです。

佐藤:参加者からすると滞在費用がネックになるので、自治体からの協力や、メーカーにも参画してもらいたいですね。あとは所属先の会社が理解を示してくれるかどうか。スポーツワーケーションに来たからパフォーマンスが高まって、新しい企画が生まれましたとか、そういうことが示せると良いかなと思います。

OYM:毎日とられている参加者アンケートに、注目すべき傾向などは見られましたか?

佐藤:『仕事のパフォーマンスは上がったと思う』と多くの方が書いてきたのは意外で。『都心と変わらない』という方は少なかったです。

OYM:意外でした?

佐藤:全員が仕事へのモチベーションが上がったと答えていて、ここまでそんなに……仕事へのモチベーションが上がるのかと驚きました。かなりポジティブな回答でしたね。いろんな企業が自分の社員のモチベーションを上げるのに、ものすごい苦労しているはずなんですよ。それを飴とムチで色々やっていると思うんですが、ここに1週間スポーツをしながら滞在したら仕事のモチベーションが上がるというのは、その意味でも良いなと。昔は福利厚生施設を用意して企業は従業員のモチベーションを上げていたと思いますが、そういう福利厚生の文脈ではなく、人材開発とかそういう意味合いをもって企業には今後投資してもらいたいなと。ここに来るとハイパフォーマーになれるんだ、という実感を表現していけると良いなと思います。

ワークショップでは参加者が、スポーツワーケーションをよりよくするためのアイデアをブレスト。「1〜2時間で楽しめるアクティビティ」「手ぶらでスポーツワーケーション」様々な意見が。

会社として採用するにはハードルが高い?

OYM:今回は大手企業の方々が参加された実証実験ということですが、一方で大手の会社ほど制度としてワーケーションを取り入れるのが難しそうという印象を持ちました。遊びと仕事の境界線が難しいのではないか、と。

佐藤:スポーツワーケーションを人事制度に取り入れるかと言ったら相当にハードルが高いと思います。大手でも今回のスポーツワーケーションのヒントになるような企業が実際にありますけれどね。都心のオフィスにこだわりません、というような企業であれば、じゃあちょっと地方へ年に数回行く拠点を作ろうか、となってもよさそうですよね。

OYM:そのあたりは、IT系とかクリエイティブ系の社内制度を迅速柔軟に変更できる会社があてはまってきそうですね。onyourmarkで取材した、「フィットネスタイム」を採用している〈SmartHR〉や、自転車通勤を推奨している〈株式会社はてな〉はまさにそんな会社でした。

佐藤:今日のワークショップで発表してくれた上野雄大さんのCOMPASS HOUSEでは、従業員が1日2時間、自由にゲレンデで滑ることができます。実際のところスキー関連の仕事は、社員を集めるのにすごく苦労するそうです。いわば季節労働ですから、スキーが好きで仕事をしているのにシーズン中は忙しすぎて滑る時間がないと。だから勤務時間内に2時間滑れるというと人が集まるそうです。〈SmartHR〉さんの事例も魅力的でしたが、東京や大阪の会社でも年に一度スポーツワーケーションに行ってきなさいと言ってくれる会社があったら、私はすごくその会社に対して魅力と愛着を覚えると思います。

野沢温泉村でスキー/MTBのガイドレンタルを行う〈COMPASS HOUSE〉の上野雄大さん。プレゼンテーションでは、従業員に毎日2時間のスノースポーツ時間を提供していることが語られました。

OYM:まさに〈株式会社はてな〉では、採用の時に自転車通勤を推奨していることが活きているとも言っていました。

佐藤:今回の参加者でいうと、笑っている量が都心と絶対変わってます。自分の家でテレワークしている時より絶対笑っていると思います。もうそれだけで幸福度が上がっているとと感じています。

OYM:会社選びのインセンティブに、スポーツワーケーションが入ってくる時代は近いかもしれませんね。

佐藤:もう六本木のオフィスがかっこいいという時代では無くなってきると思うんですよ。

OYM:むしろいかに早く都心から抜けるか、その方が動きとしてかっこいいと感じられる時代にしていかないといけないとも感じます。コロナで都心の問題点が浮かび上がりました。

佐藤:だからできるだけ、『雪山の目の前で仕事してるの? 最高じゃん!』ってみんなに思ってほしいですね。今回も、日本総研という固い会社がこんなことをやっているということ自体が、いい意味で変なインパクトになると良いかなと思っていて。この動きをブームにするには、という議論の中では、国の政策に取り入れてもらえないかなんてことも話しています。クールビズのように。

OYM:そう考えるとスポーツだけじゃなくて可能性もありますね。ワーケーションとはまだ結びついていないアクティビティがたくさんある。

佐藤:やっぱりただのワーケーションでは、もちろん効果はあると思いますが、遊んでるように見えがちですし、「優雅でいいですね」になってしまう。そうじゃなくてハイパフォーマーになるために来ているんだっていう、参加者側と雇用側のメリットですね。もちろん滞在は楽しくあるべきですが、そもそも自分の家や会議室に缶詰で仕事していても良いアイディアは出てきますか? というところが出発点。ハイパフォーマーとして働くんだっていう人たちがそれを求めてスポーツワーケーションに来てほしい。今回参加してくれる皆さんの中にも、ご家族の理解を得るために「実験に参加するために行くんだ」と理由を言わないと出て来れない人もいる。会社への説明を多く求められている人もいるんですよ。将来的にはそうじゃなくて、スポーツワーケーションは会社にとっても必要な投資なんだ、っていう風にちゃんと言い切れるようにしていきたいですね。

日が暮れるまでワークショップでは議論が繰り広げられた。スポーツワーケーションが、よりよい会社と働き方を見つけるひとつの起点になるかもしれません

日本総研では、今後もスポーツワーケーションに関する実証事業や、サービス化に向けての検討を行っていくそうです。導入を考える企業の方、効果を可視化したいスポーツ団体の方、地域を活性化したい自治体の方等、一緒に推進していける仲間を募集中。ライフスタイル改革に向けた共創に取り組みたいと思った方は、日本総研までコンタクトを。