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まさか彼女が、日本一になるなんて。眼前でその一部始終を見ていた僕の、それが偽らざる気持ちだった。2017年12月、シクロクロスという未舗装路を走る自転車競技の全日本選手権で、今井美穂は人生で初めて日本一というタイトルに輝いた。

それから2年半が経った2020年6月、彼女がマウンテンバイク競技で東京オリンピックの日本代表に内定したというニュースを聞いた時には、「まさか」とは思わなかった。五輪代表を目指してMTB競技に専念し、国内外の大会を走りながら2度の日本一に輝いていたから。

MTB五輪代表、全日本チャンピオンとして臨んだ2020年のシクロクロス全日本選手権。序盤に出遅れる展開となったが猛追を見せ逆転勝利。シクロクロスの全日本2勝目を達成した。2020年11月29日。

初めて日本一に輝いてから五輪代表に選出されるまでのその期間中、彼女はどんどんとアスリートの顔つきになっていった。身体もシェイプされ無駄がなくなり、きりりと引き締まった表情でいる時間が長くなったように思えた。

初めて今井美穂を見たのは2012年のシクロクロスレースだった。初級者カテゴリーをぶっちぎりで優勝した彼女はとにかく楽しそうな姿が印象的で、その後も仲間を応援する甲高い声が会場に響き渡っていた。当時そのレースの広報をしていた僕はどこかに「フロム富岡の元気印」と賑やかなおてんば娘のことを評した記憶がある。

七種競技出身の“フロム富岡の元気印”

その当時の彼女は、自転車でオリンピックに出場することなど考えもしなかったに違いない。けれど、オリンピックは小さな頃から夢だったのだという。世界遺産の製糸場で知られる群馬県富岡市出身。シドニー五輪マラソンで金メダルを獲得した高橋尚子さんの走りを見て五輪選手に憧れた。

その高い身体能力を活かし、高校・大学と七種競技で活躍。頂点に立てば五輪選手へと続く道ではあったが、「全国大会に出ること」が現実的な目標だったという。大学4年次、最後の夏に初めて出場したインカレは今も忘れられないという。

「強い選手がみんな出場している中で競技ができる、ということにすごく興奮しました。アドレナリンがすごく出ていたと思います。一番立ちたかった舞台で、この選手たちの1人になれたということに」

それはそのまま、数ヶ月後に今井が東京五輪で覚える感情かもしれない。

小学校の先生がシクロクロスとMTBのチャンピオンに

マウンテンバイク(MTB)と聞いたら、読者のみなさんはどんなイメージを持たれるだろうか? ある人は崖を落下するような、激しいクラッシュシーンも含めたエクストリームなものを想像するかもしれない。ある人は大学のサイクリング部でツーリングバイクとして乗ったことがあるかもしれない。

MTBは1996年のアトランタ大会から五輪種目になった。70年代にアメリカで生まれたMTBが、母国開催の五輪で正式種目となり、四半世紀が経つ。MTB競技のジャンルは多岐にわたるが、五輪種目となっているのは『クロスカントリー・オリンピック』(XCO)と呼ばれる1種目のみ。

クロスカントリーという名前から伺えるとおり、競技においてはエンデュランス能力とバイクコントロールのスキルを高い次元で求められる。スキーやランニングをされている方ならそのタフさは想像がつくかもしれない。女子レースの競技時間は1時間半前後。常にプッシュできる強い心肺と筋力を求められるハードな競技だ。

さぞサドルの上で過ごす時間が長いのだろうと思いきや、今井の日常は、教壇の上にある。彼女はフルタイムで働く小学校教諭なのだ。それでいてシクロクロスとMTBで日本の頂点に輝き、そしてオリンピックへと臨む。二足の草鞋を履いて目指す夢の舞台への道のりは、当然のことながら平坦なものではなかった。

フルタイムワーカーにして、年9回の海外レース

2017年1月にルクセンブルクで開催されたシクロクロス世界選手権。日本代表に選出された今井は、初めての海外レースで世界との差を痛感した。日本にはない激しく荒れた凍結路面に翻弄され、オフロードでのスキル向上のためにMTBを本格的に始めることにした。この時点ではシクロクロスのためのMTBだったが、次第に五輪に直結するMTBそのものに惹かれていく。

「MTBに乗るのがすごく楽しくて。険しい下りをクリアすることとか、いろんな人たちとワイワイ乗ったりすることが。あとはやっぱり自分の中では勝負すること、勝つことが楽しみの一つにあります。2017年のXCO全日本選手権は勝つつもりで練習をして、勝てませんでした。来年絶対リベンジしようと決めました」

結果的に、この年の冬に行われたシクロクロスの全日本選手権で初優勝、翌2018年のMTB XCOでも全日本チャンピオンに輝いた。シクロクロスでも、MTBでもトップ選手に上り詰めた。五輪を目指すのはある意味で自然な流れでもあったが、小学校教諭として働きながら五輪代表の座を勝ち取ることが容易でないことは承知していた。

「オリンピックを目指すことにしてからは、楽しさよりも、競技に集中してやってきました」

MTBの五輪代表選考は、2019年の5月から2020年の5月まで、1年間の選考期間中に開催される公式レースでの獲得ポイントで競われた。レースは世界中で開催されており、効率よくレーススケジュールと遠征のプログラムを組んで、着実にポイントを溜めていくのが代表内定への正攻法だ。

しかしフルタイムワーカーの今井に、そんな時間的リソースは無かった。出場するレースを絞り込み、走るレースでは着実に成績を挙げてポイントを加算していく。ひとつのミスが大きく響く、そんな失敗のできないヒリヒリとしたレースをこなす日々が続いた。

今井がこの間にレース出場のために赴いた国は、レバノン、マレーシア、トルコ、ギリシャ、タイ。のべ9度の海外遠征を行なった。平日を小学校の教壇で過ごす教員が、週末に遠征できる範疇とはとても思えない。2019年9月のリザルトを見ると、15日にトルコのレースを走り、22日に新潟県でレース、そして29日には再びトルコのレースを走っている(!)。

現実的に走った五輪プレレース

そんな過酷なスケジュールの真っ只中にいる今井の姿を2019年秋に、五輪本番のコースを使用し行われたプレレースで見た。東京五輪のMTB XCOは伊豆・修善寺の特設コースで開催されるが、この時が本番コースの初お目見えであり、世界中のトップライダーが翌年の本番を見据えて来日した。そしてその難易度の高いワールドクラスのコースに、多くの選手が手を焼いた。今井もまた、その1人だった。

オリンピックプレレースを走る今井。初めての世界レベルのコースに苦戦しながら、同時にその翌日から始まるギリシャ遠征のことも考えていたという。2019年10月6日。

「こんなコース走れないと思いました。それまでも海外のレースを走って難しいと感じることはありましたが、プレレースを走ってみて、縦の動きやジャンプが絶対的な課題となりました」

プレレースは、完走39名中35位という結果だった。トップの選手からは周回遅れにされた。結果だけ見ると惨敗だが、リザルトだけでは見えない内情もこのレースにはあった。

「実は翌日にはレース出場のためギリシャに飛ぶことになっていて。周りは同一周回での完走とか、日本人選手の順位を気にしていたようですが、自分の中ではそんなに走れるとも思っていませんでした。それよりも、オリンピックに出場するためにより大事なことを考えていました」

その時コーステープの外から見ていた僕は、今井の精彩を欠いた走りにやきもきしていた。こんなにも世界のトップとの差があるものか、と。実際のところは、安全牌をとってのレースだったということだ。だが僕がそうだったように、多くのファンやメディアは、自分の見たいようにしかレースを見ない。これがオリンピックとなれば、より広範な人たちがレースを見るのだからなおさらだろう。

「あまりMTBレースを知らない人からしたら、オリンピック=金メダルとか、よい成績を出して当然というところがあります。でも実際に自分のレベルと世界のレベルとを考えれば、完走することが最低で最高目標です。そのギャップは感じますが、ベストを出すためだけに今練習を重ねているところです」

東京オリンピックのコースは、日本国内で唯一の世界基準のXCOコースだと言われる。激しいドロップオフをいかに攻略するかは、すべての選手にとっての課題となる。2019年10月6日。

難易度が高いコースを攻略するために、スキル面でのトレーニングも数を増やしている。プレレースでは安全第一で走れても、本番はそうはいかない。

「オフシーズンを使って、課題の縦の動きを練習していて少しずつ掴めてきました。出来なかったことができるようになるのは誰にとっても嬉しいことですし、自信がついたというか、オリンピック当日が楽しみになりましたね」

教員という仕事が「すごく好き」

若手選手たちの台頭著しい女子MTBレースにおいて、今井はフルタイムで働きながらも五輪代表の座を勝ち取った。そのハードな日々を聞くと、教員を辞めるという選択肢はなかったのか、気になった。

「ないですね。子どもと『出来た!』という時間を共有する中で教わることがたくさんあって、それが楽しくて、私はすごく好き。だから辞めようと思ったことはない。子どもがいるから頑張れるし、支えてもらうことがいっぱいあるから、やっぱりいい仕事だと思います」

今井自身も、課題としていた下りやジャンプといった新しい動きを身につけ、選手としてはまだまだ成長過程にいる。自分が新しいことを学び、挑み続けることで仕事にもいい影響があるようだ。

「大人になってからだと、身体を動かそうとしても頭で考えちゃって難しいことがたくさんある。でもそれは子どもたちにとっても同じで、逆上がりや跳び箱が苦手な子に、『勢いをつけてぽんっと飛ぶんだよ』、なんて教えていたことを反省しました。30歳を過ぎて自分も新しい挑戦してみて、それじゃダメだったんだなと気づかされました。もっと細かく丁寧にアドバイスをしなきゃいけないと心掛けるようになりました」

スーパー最強な状態で

東京オリンピックのMTB XCO女子レースは2021年7月27日、15:00に号砲が鳴る。このスタートラインに立つ今井美穂は、どんな今井美穂なのだろうか。

「最強でありたいですよね。大事に大事に準備をやりきって、これ以上ないっていう身体の状態とパワーで。すべてにおいて完璧な準備をして、『スーパー最強』な状態でスタートラインに立ちたいな。その一瞬のために、できることをすべてやり切って臨みたい」

スーパー最強。ちょっとキッチュな表現だけれど、“フロム富岡の元気印”な彼女の口から発せられると、それ以上ないほどにぴったりな言葉だとも思わされるのだった。そんな今井美穂の姿を7月に見るのが、今から楽しみでならない。

今井美穂

1987年生まれ。群馬県富岡市出身。学生時代までは七種競技の選手として活躍。卒業後は教職の道へ進み、小学校教諭として働く中で自転車競技シクロクロスを始め、2017年・2020年シクロクロス全日本選手権で優勝。シクロクロスのトレーニングに始めたMTB XCOにも適性を見せ、2018年・2019年・2020年の全日本選手権で優勝。五輪代表選考期間中も着実に成績を残し、東京オリンピック日本代表に内定した。4年生の担任を持つ現役の小学校の先生。