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今となっては、なぜエントリーしたのか思い出せない。しかし、200kmの個人タイムトライアルレースがこの春3月20日にあると知って、まだ寒い冬に出場を決めたのだった。起伏の少ない毎日に、何か冒険的な挑戦をしてみたくなったのかもしれない。

レースの名前は、しろさとTT200。茨城県城里町にある自動車のテストコースを貸し切って開催されるという。200kmをノンストップで自転車で走れる環境なんて、この日本ではそうそうあるものではないから、それだけでも走る甲斐はある。一周5.66kmを35周(!)というレースは、すでに精神面でのタフさを予告してはいるけれど……。

200kmという距離だけで言えば、サイクリングを趣味にしている人なら、走れない距離ではない。実際に僕も、数ヶ月に一回はそれぐらいのロングライドを楽しんでいる。でもロングライドとは、そう、楽しむもの。途中で寄り道をしたり、仲間とおしゃべりをしたり、峠道をマイペースで登ったりと緩急があるからこそロングライドは充実の1日になる。

それをレースで、ノンストップで、しかも制限時間8時間という条件で、果たして走り切れるのか? これは紛うことなき挑戦である。ちなみに先月の総走行距離は、Stravaが告げるところによると234km……。ひと月分を、1日で走るというわけだ……。

アイアンマンに訊く、200km個人TTの走り方

まったく未知のレースでは、どんな準備をしたらよいのか、どうやって走ればいいのか見当もつかない。しろさとTT200の大会主催にはKFC トライアスロンクラブやTriathlon Luminaの名前があることから、どうやらトライアスリートの出場を多く見込んでいるようだ。だとすれば、やはりトライアスロンバイク(=TTバイク)で出場するのが礼儀というものだろう。F1マシンのような風体のバイクに、前々から乗ってみたいと思っていたのだ。

昨年TTバイクを刷新したばかりのドイツの自転車メーカーCanyon(キャニオン)が、以前のグラベルバイクに続いて新型バイク〈Speedmax CF 8 DISC eTap〉を貸してくれることになった。身に余る高級バイクだが、お言葉に甘えて乗らせてもらうことにする。が、馴染みのないTTバイク。そのセットアップや走らせ方についてはわからないことだらけだ。ロードバイクと似て非なるレースマシンを目の前に呆然となる。

スパルタンなCanyonの〈Speedmax CF 8 DISC eTap〉

餅は餅屋。そこで今回は、ロングエンデュランスライドのスペシャリストであるプロトライアスリートの篠崎 友さんに、あれこれ根掘り葉掘りうかがった。

篠崎 友
モンスタートライアスロンクラブ・BIKE&HIKE所属のプロトライアスリート。大学1年生からトライアスロンを始め、今年で20年目のキャリアを誇る。現在はアイアンマンを舞台に国内外のレースで活躍中。ロードレースでは実業団で走っていた経歴をもち、バイクパートを得意としている。モンスタートライアスロンクラブの代表を務め、トライアスロンを生涯スポーツとして、安全に身近に感じてもらえるよう活動を行っている。@shinotri

OYM:ロードバイクに乗ったことはあるのですが、TTバイクとの大きな違いはどこにあるのでしょうか?

篠崎:フレームがエアロ形状だという言い方はしますが、一番の違いは、ポジションです。サドルを装着する前後位置が違うんです。流線型のフレームによる空気抵抗の低減が目につきますが、それよりもサドルが前に出た、前乗りポジションになるところが最大の違いです。

TTバイクは単独走行を想定しているものですので、集団走行には向かない点には注意が必要です。

OYM:なぜそんなにも前乗りのポジションなのでしょうか?

篠崎:前傾を深くとるエアロポジションではDHバーを握りますが、その際の窮屈さをなくすためにサドルが前に出ています。さらに、このポジションでは出力が出しやすいんです。デメリットとしては、ハンドルに体重が乗りやすくなるので、足が疲れるとハンドルで体重を支えることになります。その時には、手にも肩にも負担がかかります。

篠崎さんから、DHバーを握る際のポジションについて教授を受ける。「腕の幅が狭い方が空力が良くなり、速くなります」

OYM:出力が出る、ということですが、ポジションが変わるとペダリングも変わりそうですね。

篠崎:簡略化して言うと、サドルが後ろにあるロードバイクは、太腿を前に振り出した状態でペダリングをする。サドルより前ですべてのペダリングが完結する感覚です。サドルの上に重心があり、前傾することでペダルに重心を持っていくんです。お尻で自転車をコントロールしやすいのがロードバイクです。

一方のTTバイクは、サドルが前に出ているため、シッティングの状態で自然とペダルの上に体重が乗る前提です。横から見た時に、ロードバイクのポジションは腰を起点に上半身と太腿が前に出る「く」の字になりますが、TTバイクではペダルの上にお尻が来る、そんな位置関係になります。ペダルに力を載せやすいんですが、足の筋肉が疲れた時に、体重を支えきれず腕に負担がかかってきます。

OYM:今回乗る、Canyonの〈Speedmax CF 8 DISC eTap〉について教えてください。

篠崎:2021年の11月に発表されたバイクですが、ディスクブレーキになったことがトピックです。全部で3モデルあるうちの、3番目のグレードになります。上位2グレードとはフレーム形状が異なり、ハンドル周りも専用品ではなく汎用品がセッティングされています。とはいえ、エアロ効果は、2020年前半までの最上級モデルCLXと同等であるというデータが出ています。価格を抑えて空気抵抗を低減している、というのがポイントだと思います。

ディスクブレーキになったほか、工具ボックスなどもBB周りに置かれ、重心が低くなったというCANYON SPEEDMAX CF

2021年モデルの特徴として、ディスクブレーキ化もそうですが、重たいものを下部に持ってくることで低重心化をしている。安定性が上がり、登り坂でのダンシングでも走りやすいです。TTバイク初心者の方にも、お勧めできる乗りやすいTTバイクです。

OYM:納車のタイミングで言うのもアレですが……、今週末レースなのですが、今からできることはありますか?

篠崎:よく休むこと(笑)

今日はニュートラルなポジションに設定したので、そこから少しずつ煮詰めていって安定感を増すポジションを探しましょう。力みなく握れるハンドルの角度や、握り方など、より上半身が楽なところを見つけましょう。結局のところ、ずっとDHポジションをとっているのが一番空気抵抗がなく速いですから。DHバーを持てなくなってしまったら、200km、長く感じると思いますよ(笑)

DHポジションで肩に力が入りすぎないように、バンザイをした腕をそのまま下に持ってくるイメージで肩をリラックスさせる

OYM:例えばこれがもしレースまで3ヶ月あるとしたら、どんな準備ができたでしょうか?

篠崎:バイクの操作スキルを磨きましょう。距離は長くなくていいので、こまめに外で乗ってTTバイクに慣れたいですね。自転車ごとにクセも違うので、その操作感をつかんでおければ、レースの時の不安がなくなります。

それに加えて、筋力面でのトレーニングですね。3ヶ月あれば、短い距離で出力を挙げた練習をしたいですね。狙うレースが200kmであっても、200kmの練習を何度もするというよりは、実際のレースペースを短い距離でも身体に染み付ける。スピードを安定させましょう。

レース前にできることは、ポジション出しを煮詰めていくこと

OYM:その「レースペース」ですが、200kmを走り切る上での適切なペースはどうやって決めたらいいのでしょうか?

篠崎:FTPの70%が目安です。アイアンマンディスタンスのトライアスロンで180kmのバイクを漕ぐペースですね。追い込める身体を持っているプロ選手だとそれが80%に近づくと言われています。でも今回のレースは200kmもあるので、70%でスタートして50km地点・100km地点で体力の余裕と相談しながら出力を上げ下げするのがいいと思います。最初はある程度余裕をもってスタートするのが大事。

OYM:土曜日に200kmのレースを控えて、前日の金曜日はどう過ごせばいいでしょうか。

篠崎:ロングのアイアマンに近い距離のレースですね。乗れるのであれば、前日に軽く乗っておいた方がいいと思います。5kmぐらいでもいいので、身体をほぐしてあげるのと、バイクに異常がないかを確かめます。

前日にこれを食べろ! というものはありませんが、摂るのを避けた方がいいものはあります。食物繊維や肉などの、胃もたれを起こしがちなものは控えましょう。昔はカーボローディングと言って、1週間くらい前から炭水化物を減らし、レースの3日前からドカっと摂取することで身体に蓄える方法もありましたが、免疫力を落としたり、思うように身体に吸収されないなどで今では下火ですね。

食事管理をストイックに行うことは、その管理の内容よりも、そのストイックな準備をすることで気持ちが落ち着き、レースに集中できる、という側面も強いと思います。そうやるとより緊張してしまう、という人は精神的にいつも通りの状態でいられるよう普段通り過ごしましょう。

篠崎さんにポジション出しと、バイクの最終調整をしていただき、準備は万端!

OYM:当日の朝は、何を食べてレースに臨めばいいでしょうか。

篠崎:トライアスロンのレースだと、当日朝はジェルだけで済ませてしまうこともあります。というのも、トライアスロンの朝は早くて、レース会場入りが5時というタイムスケジュールなので。今回はもう少し余裕があるので、そこまでシビアではないと思います。食事としては炭水化物をお腹いっぱい食べる、というのは避けたいですね。満タンになると吸収に負担がかかるので、腹七分目の中で気持ちご飯多め、くらいのイメージでいましょう。

OYM:目標タイムは6時間半。この長時間を走り切るための補給食はどうしたらいいでしょうか。

篠崎:自分が200kmを走るとしたら、途中で休憩をしないことを考えると全部ジェルにするのが簡単ですよね。何も考えなくていい、という意味で。ただ普段ジェルを摂り慣れていない人だと受け付けないということになりがち。普段ロングライドをされている方であれば、いつも食べているものにするのもアリです。コンビニの薄皮あんぱんが良いなら、それが良いです。オーバーペースでレースをしていると、途中で何も食べられなくなっちゃう、ということもあるので、自分のコンディションとして物を食べられる状態でレースを進めるのが重要です。

OYM:例えばジェルだけ持つとして、どれくらい持てばいいのかもイメージがつかないのですが……。

篠崎:消費カロリーから逆算しようと思っても、摂取するカロリーをエネルギーとして吸収できる身体になっていないと計算が立ちません。ですので、吸収できるスピードからの計算をしています。自分の場合はパワージェルだったり、カーボショッツだったりと100-120kcalのジェルをだいたい30分に1本くらい摂っています。6時間だと、12本。多いですね(笑)

でも今回のレースは、スタート前にカロリーを摂れるのでもう少し減らせると思います。トライアスロンの場合はバイクの前に1時間以上のスイムがあるので異なってきますが、しろさとTTはカロリーを消費していないところからのスタートという面で、ジェルの本数は減らせそうですね。

OYM:とはいえ10本近いジェルを運ぶのは大変そうです。選手たちはどうやって携行しているのでしょうか。

篠崎:自分の場合は、ジェルボトルを作っています。絶対に落としてはいけないボトルです(笑) あとは水分のボトルだけになるので、荷物的にはコンパクトになります。

OYM:水もどれぐらい運べばいいのか、不安があります。

篠崎:200kmということで、水ボトルは4本もあれば足りると思います。スタートが8時で、朝のうちは暑くはないでしょうから前半はそんなに水はいらないかと想定しています。1本500-700mlのボトル4本で2Lもあれば。気温が上がってしまったら、エイドに置いたボトルを追加する形で対応しましょう。水も30分に一回摂るイメージです。

ポイントとしては、ジェルを摂るタイミングと、水を飲むタイミングをズラすこと。ジェルと水を同時に摂ると、ジェルを吸収するのに時間がかかってしまうんです。ジェルはジェル、水は水、と分けるようにしています。ジェルと水を30分置きに摂るので、ジェルとジェルの間15分に水を挟む、というペースですね。

OYM:長時間のレース、それもTTバイクのポジションで後半に疲れがきそうですが、走り方でできる疲労軽減のポイントはありますか?

篠崎:DHポジションをとったままできることとしては、前をみながら首を左右に傾けることで伸ばしてあげる。下を見ると危ないので左右だけにしましょう。あとは、空気抵抗は増してしまいますが、ブルホーンのポジションに体を起こしてあげて、ヨガやピラティスの「キャット&カール」のように背中を猫背にぐーっと伸ばして、その後逆に反ったりする。ずっと同じ姿勢で固まりがちな上半身を、大きな動きでほぐしてあげましょう。

30kmほど、慣れないTTバイクでライド。短い時間だったが、確かに腕や肩に少し疲労を覚える

OYM:FTPの70%というペースの目安がありましたが、パワーメーターがない場合の走り方として留意できることはありますか?

篠崎:やはり余裕を持って走ることですね。周りの景色や他のライダーがちゃんと見えているうちは、大丈夫です。100kmが中間地点ですが、そこで「ま、まだ100kmもある」と思うようならかなりオーバーペースだと思います。その時点で、「お、あと100kmか。少しペースを上げてみよう」と思えれば理想的ですね。

OYM:今回はクローズドのサーキットで他のライダーとの混走になりますが、気をつけることはありますか?

篠崎:自転車の個人タイムトライアルというと、ツール・ド・フランスや世界選手権というような、一人一人が孤独に黙々とペダルを踏む、というイメージがありますが、今回は200kmという長丁場のレース。実際の速度域もそこまで速くないと思います。速い人で40km/h前後、多くの方は30km/h台で走るレースになるでしょう。1周5.66kmを35周するため、だんだんと一体感というか、「みんな頑張っている、みんな仲間!」という感覚になってくると思います(笑) 追い抜き・抜かれの際に声をかけ合ったりしながら、ちょっとしたコミュニケーションをとりながら走ることで安全にもつながります。そういう雰囲気になるといいですね。

少しの間お話をうかがっただけでもたくさんのノウハウとTIPSが出てくる長距離タイムトライアル。付け焼き刃でなんとかなるとは思えないけれど、篠崎さんのお話を聞いていると、楽しんで頑張ってきたい、と思えたのでした。次回はレースのレポートをお届けします。果たして200kmを完走、そして目標タイム6時間30分に迫れるのか!?



BIKE & HIKE
今回お話しをうかがった篠崎さんも週に3回店頭に立つバイクショップ。CanyonのSpeedmax CFの組みつけも担当いただきました。トライスロンのアドバイスはもちろん、店内にはオリジナルのスチールフレーム工房もある、宝石箱のようなショップ。
住所︰東京都世田谷区深沢5-2-9 ニューライフ等々力1F.
電話: 03-3705-2345
web︰bikehike.jp