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ライター、礒村真介さんが経験したトレイルランニングの初期衝動を綴る『山に行くつもりじゃなかった 僕らが山に行く理由』第三回となる今回は思い入れの「ハセツネCUP」の攻略法とその魅力について。確かに、トレイルランニングはRPGに似ているかも。

トレイルランニングは「自分サイズの冒険」だ

トレイルランニングのオモシロは「攻略」するところにある。同じ有酸素運動、同じ「走る」でも、マラソンとはそこんところがもう、全然違う。

ひとくちに10km走るといっても、トレイルランには「累積標高差」が関係してくる。アップダウンの激しいコースほど時間がかかる。フラットな10kmなら1時間で行けても、累積標高差が1,000mもある急峻な10kmなら3時間はかかるかもしれない。

だけど、高いところまで登れば見える景色も段違いだ。マラソンの大きな魅力はやりきったときの達成感にあると思うけど、「登る」という要素がプラスされるトレイルランでは、その達成感の大きさがハンパない。「自分の足でこんなところまで来れちゃったんだ」と驚きも生まれる。道中何度も、小さな「クリア」が積み重ねられる。山頂を踏んだり、峠を超えたり、名所にたどり着いたり。ラスボス以外にも倒すべきモンスターはゴロゴロしてる。

サーフェスの違いという要素もあって、足元がゴツゴツとした岩だらけのトレイルならさらに難易度が上がる。で、そこをスムーズに攻略できたときがまた楽しい。自然のなかのフィールドアスレチック感覚だ。

トレイルランを始めると、多くの人がじきにレースにも出てみたくなる。僕がまず「出たい」と思ったのは、前回書いた「ハセツネCUP(日本山岳耐久レース)」だった。冒険的で挑戦的な山遊びだからこそ、レースという場で腕試し(いや、脚試しか?)をしてみたい。もしかしたらコテンパンにされるかもしれないけど、「攻略」してみたいのだ。それが冒険の魅力だから。

装備を揃えて冒険に挑む

遊びに行くにも、レースに出るにも、まずは装備を揃えなきゃいけない。ここがまたドラクエっぽい。

まずはトレイルランニングシューズだろう。想像してみてほしい。小学校の上履きや、コンバース・オールスターのようなフニャフニャ靴だと、急な坂道ではまったく踏ん張れない。トレイルの凸凹から足裏を守るためにも、「イージスの盾」となるガッチリしたシューズが安心だ。

だけど登山靴のようにドッシリしすぎてもダメ。ランシューのような軽さも両立できていないと楽しくない。そこがムツカシくも面白いところで、単純なグラム数での「軽い」「重い」以上に、実際にトレイルを走ったときに軽やかに駆け抜けられるかどうか。付け加えるなら、泥に強いアウトソール、濡れた岩場に強いアウトソールなど、ルートやコンディションによっても向き不向きがある。水系のモンスターには「サンダー」が効くのだ。

気温の変化に対応するためのカットソー、雨風を完全シャットアウトするジャケット、予備の装備やドリンクを持ち運ぶためのコンパクトなバックパック。機能や耐久性はキープしつつも、やっぱりできるだけ軽いほうがいい。アウトドアギアの進歩はトレイルランニングシーンがいちばんエキサイティングだ。GORE-TEX(ゴアテックス)社の最新マテリアルはまずトレイルランニング用に投入されるし、HOKA ONE ONE(ホカ オネ オネ)の厚底シューズはヨーロッパアルプスの岩場を快適なクッションで“いなす”ために発明された。

ちなみにハセツネCUPは総距離71.5km、累積標高差約4,500mのモンスタースペックで、制限時間が24時間もある。トップランナーでもないと前半のうちにナイトセクションに突入するため、長い時間ヘッドライトをつけて夜のトレイルをぶっ飛ばすことになる。飲み物はハイドレーション、あるいはソフトフラスクといった揺れにくい容器に入れて持ち運ぶ。軽くて、かさばらず、口に入れたあと即座にエネルギーへと変わる食糧もキーになる。元気なときには問題なく食べれても、疲労してくると舌&胃が受け付けなくなる味があって、それを事前に対策して用意する。もはや脚が速いだけじゃ不十分で、創意工夫のしがいがある。

熱血するって心の底から楽しすぎる

ハセツネCUPは速い人も遅い人も同様にキツい。トレイルを駆けることそれ自体は楽しくても、フィジカル的にもメンタル的にもタフな冒険には変わりなく、「熱血」しないととても乗り越えられない。「もう座りたい」「寝そべりたい」、その誘惑に逆らって、底力みたいなものをベッドから叩き起こす。何から何までを出し切ってくぐるフィニッシュゲートは格別だ。心の底から熱血するって、大人になってからそうそう味わえるもんじゃない。

夜の山道を、ライトの明かりを頼りに、何十kmも走る。その非日常感がデタラメすぎて、レース中にふと我に返ると笑けてしまう。前にも後ろにもヘッドランプの明かりが連なる。お互いの顔は見えないけれど、このキツい登りを同じ星空の下で攻略しようとしている。

あるアメリカ人プロトレイルランナーが日本のレースに参戦したときのこと。「competitorという言葉のcomは、ラテン語のcum=共に~、一緒に~というフレーズが語源なんだ」と、だから競争相手ではなく、「一緒に走る」意識でいるんだと言っていた。トレイルランニングレースの競争相手は、敵じゃなくって仲間。あるいは同志、共犯者だ。競うべきは「止まりたい」と命令してくる自分自身。It’s You vs You。そしてそれぞれのゴールにたどり着く。

ドラクエやファイナルファンタジーだって、ラスボスを倒すというエンディングは一緒でも、そこに至るまでの道のりはプレイヤーによってまちまちだ。同じイベントをクリアしているようでも、途中でどんなモンスターに苦労したのか、どんな謎解きにつまずいたのかはみんな違って、それぞれのストーリーがある。自分だけの体験がある。トレイルランニングもかなり、いや、すご~く、似ている。

装備を集め(ギアを集め)、敵に合わせて技を変え(ギアを選択し)、経験値をためるとパラメーターがあがり(始めのころは走りこんだ分だけシンプルに速くなります)、距離が長く難易度の高いルートやレースに挑める。仲間と知り合って、一緒にパーティを組んでクリアするのもよし。「ダンジョン」を攻略するにはどこで補給できるか、もしものときに途中下山できるエスケープルートがとれるか、事前の下調べがまた楽しい。

ハセツネCUPのハイライトはゴール会場にある。走り終えたばかりの共犯者たちが、頬を蒸気させ、その夜の冒険のストーリーを語り合う。トレイルランナーたちのおよそ半数は夜が明ける前にゴールする。その顔は秋の闇夜のライトに照らされ、心なしか目がうるんで見えて、浮かび上がる表情はたまらなくチャーミングだ。

秋の夜長に、東京のはずれの山奥で人知れず開かれる不思議な旅路のアフターパーティ。始発電車が動き出すのはまだ少し先だ。汗と泥のしみ込んだ靴下を脱ぎ終えたら、さぁ、また別の仲間を出迎えにいこう。今宵の冒険譚を共有するために。

礒村真介

礒村真介

モノ&ファッション情報誌の編集部に在籍中、ギア選びから傾倒したトレイルランや山の魅力にどハマりし、フリーのライター兼エディターに。アウトドア関連各誌での執筆のほか、東京のトレイル&ランニングショップ、Run boys! Run girls!のトレランチームでコーチを務める。トレイルランナーとしては、初めて開催された2012年のUTMFで9位に入賞。そのほか、100マイルを中心に国内外のレースで多数入賞を経験している実力者。