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2020年も残すところ10日。ランニングの観点から、この激動の1年をルックバック。トップアスリートの進化から、一般ランナーの行動変容、マーケットのトレンドまで、多角的な視点で2020年を振り返ります。

“現代のランニングバイブル”を目指した『mark』12号が完売

昨年9月に発売された『mark』12号は、「WHOLE RUNNING CATALOG ランニングのすべて」と題してランニングを大特集。その特集内では東京オリンピックのマラソン日本代表選考レースのMGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)の展望も取り上げたが、MGCの後も売れ続け、今年に入って早々に完売。mark史上最速でのこととなった。

これには近年のランニング人気の高まりもあるが、やはり新型コロナ禍に運動不足を解消しようと、ランニングに興味を持つ人が増えたことが一因にあるだろう。ランニング雑誌やランニング関連の書籍は数多く出版されているが、『mark』がこの号で目指したのは“現代のランニングバイブル”。最新の知見を交えつつも、「ペースと心拍数」「ゆっくり走る」「スピードトレーニング」「補給」など全9章構成で、“ランニングの基本”を紹介した。Doスポーツとしても、競技スポーツとしても、ランニングの楽しさを伝える1冊だった。

大迫が自身のマラソン日本記録を更新&オリンピック決定

Photograph:AFLO

3月1日の東京マラソンは、東京オリンピック男子マラソン代表の最後の1枠がかかったレースだった。このレースで、圧巻の強さを見せ、代表の座をつかんだのが大迫傑(Nike)だ。

大迫は、MGCでは本命視されながらも3位に終わり、即内定とはならなかった。代表最後の1枠は、福岡国際、東京、びわ湖毎日の3レースで、大迫が持っていた当時の日本記録よりも1秒速い2時間5分49秒を上回ることが絶対条件。該当の選手がいなかった場合は、MGCで次点の大迫が選出されることになっていた。つまり、東京を走らなくても、大迫は3枠目の最有力候補だったのだ。

だが、大迫は“待つ”という選択はとらず、東京マラソンに挑むことを決意。MGC後にはケニアでキャンプを行い、一回り成長。さらに強くなった姿を東京で披露した。中間点を過ぎて、一度は先頭集団から遅れながらも、終盤に巻き返し日本人1位の4位でフィニッシュ。自らの日本記録を21秒更新する2時間5分29秒で走り、文句なく、日本代表の座を勝ち取った(翌週のびわ湖毎日マラソンで、大迫を上回る選手がいなかったため、正式に内定)。普段はクールな大迫には珍しく、ゴール後にテレビのインタビューで涙をぬぐう場面もあった。

MGCでわずか5秒差で敗れたことでさえ、その後に続くドラマの序章に過ぎなかたようにも思える。東京オリンピックは延期となったが、大迫の物語は、まだまだ途中なのだろう。

新谷、田中ら日本女子長距離界がトラックで躍動

Photograph:AFLO
Photograph:AFLO

東京オリンピックを前に日本女子長距離のトラック種目が活気付いている。その中心にいるのが、新谷仁美(積水化学)と田中希実(豊田自動織機TC)だ。

今年32歳の新谷は、高校時代から第一線で活躍。2012年のロンドン五輪で10,000mで9位、翌年のモスクワ世界選手権では同5位入賞と世界大会でも結果を残したが、14年に足底の故障を理由に一度は引退した。だが、2018年に復帰。元男子800mの日本記録保持者である横田真人コーチの指導を受け、今年は1月にハーフマラソンで1時間6分38秒の日本新、9月は5,000mで日本歴代2位の14分55秒83と好記録を連発した。そして、12月4日の日本選手権10,000mでは18年ぶりに日本新記録(30分20秒44)を樹立して優勝し、五輪内定を決めた。記録だけでなく、圧倒的な強さも見せつけた。

一方、田中は5,000mを主戦場にするものの、今季は課題としていたスピードを強化するため800mや1,500mなど中距離にも積極的に出場した。3,000mは18年ぶり、1,500mは14年ぶりに、2種目で日本記録(3,000m:8分41秒35、1,500m:4分05秒27)を樹立。800mでも国内トップ級の選手と互角に渡り合った。そして、12月の日本選手権では、廣中璃梨佳(JP日本郵政グループ)と好勝負を繰り広げ、ラストスパート対決を制し、五輪内定を勝ち取った。田中は21歳、廣中は20歳と1歳違い。今後、競り合っていくなかで、さらに記録を伸ばしていきそうだ。

新谷が競技から離れていた時期、高速化する世界の壁に、日本の女子長距離陣は跳ね返されることが多かったが、ようやく光が射してきた。

ナイキ エア ズーム アルファフライ ネクスト%が世界のルールを変えた!?

遡ること2019年10月、男子マラソン世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ(ケニア)が、非公式ながら42.195㎞を1時間59分40秒で走り、人類で初めて2時間の壁を破った。この時にキプチョゲが履いていたのが、前足部にエアユニットが搭載されたNIKE(ナイキ)の新作ランニングシューズのプロトタイプだった。このシューズが製品化されたのが、NIKE AIR ZOOM ALPHAFLY NEXT%(ナイキ エア ズーム アルファフライ ネクスト%)だ。

ただ、発売までは紆余曲折もあった。今年1月に世界陸連がシューズの新規定を発表。ソールの厚さを40mm以下にすることやカーボンプレートは複数枚を重ねてはいけないなど、細かく規程が定められたのだ。巷ではこれはNIKEの厚底シューズブームに端を発したことと騒がれた。しかし、この規定をオーバーしていると見られていたNIKE AIR ZOOM ALPHAFLY NEXT%は、見事に規定をクリア。2月末についに発売された。その後は周知の通り。多くの選手がこのシューズを履いて好記録をマーク、3月に東京マラソンで日本記録を樹立した大迫傑も、もちろんこのシューズだった。

使用感によって好みが分かれるのか、今もNIKE ZOOM X VAPORFLY NEXT%(ナイキ ズームエックス ヴェイパーフライ ネクスト%)を選ぶ選手も多い。また、トラックでも多くの選手が(日本国内は特に)“アルファフライ”を履き、好記録をマークしていた。しかし、世界陸連がシューズの規定を再び改定し、現在はソールの厚さが25㎜を超えるシューズは、トラックレースでの使用が不可となっている。

なお、“アルファフライ”は、アメリカ『TIME』誌の「THE 100 BEST INVENTIONS OF 2020」に、フィットネス分野で選出されている。2020年の箱根駅伝ではそのシェア率で話題をさらったが、2021年も同様のシェアを獲得するのか、注目されるところだ。

NIKE1強にマッタ!? カーボンプレートシューズが続々登場

NIKEのヴェイパーフライシリーズからカーボンプレート搭載シューズ、厚底シューズのブームは始まったが、他のメーカーも追随。開発競争は激化し、今年は様々なメーカーからカーボンプレート搭載シューズが発売された。

NIKE1強が続くなか、存在感を発揮したのはadidas(アディダス)だろう。2月にカーボンプレートを搭載したadizero pro(アディゼロ プロ)を発表したばかりだったが、立て続けに新作のadizero adios pro(アディゼロ アディオス プロ)を発表し、6月に両モデルを同時発売した。

adizero adios proの大きな特徴は、カーボンプレートではなく、⾜の中⾜⾻をヒントに調整された5本のカーボンバー“エナジーロッド”が用いられている点だ。このシューズを履いたペレス・ジェプチルチル(ケニア)が、9月、10月と2カ月連続で、女子単独レースのハーフマラソン世界最高記録を更新。さらに12月には、男子も、キビウォット・カンディエ(ケニア)がこのシューズで57分32秒の世界新記録を樹立した。かつて、2008年にハイレ・ゲブレセラシェ(エチオピア)がadizeroを履いて男子マラソンの世界記録を樹立して以降、adizeroシリーズは世界中のマラソンを席巻したが、今後は再び注目を集めそうだ。

ASICS(アシックス)は、弓状のソールに、軽量のカーボンプレートを搭載したレーシングシューズ、METARACER(メタレーサー)を6月に発売。箱根駅伝で真っ白なシューズが話題を呼んだMIZUNO(ミズノ)は、その製品版であるWAVE DUEL NEO(ウエーブ デュエル ネオ)を7月に発売した。反発素材にはカーボンではなく、オリジナルの樹脂素材プレートを用いるなど独自の路線を進んだ。他にも、NEW BALANCE、HOKA ONE ONE、On、BROOKS、SAUCONY、DESCENTEと、多くのメーカーが、カーボンプレートをミッドソールに用いたシューズを発売している。

東京五輪を前に、世界の長距離界の勢力図に変化

Photograph:AFLO

本来であればオリンピックイヤーだった今年は、世界の長距離シーンにも大きな変化があった。最も目立ったのは、ウガンダのジョシュア・チェプテゲイだ。8月に5,000mで12分35秒36、10月には10,000mで26分11秒00と、男子長距離の2種目で世界記録を樹立した。両種目とも、もともとはケネニサ・ベケレ(エチオピア)が記録保持者だったが、それぞれ16年ぶり、15年ぶりに更新した。チェプテゲイは、昨年も、3月の世界クロスカントリーやドーハ世界選手権10,000mで世界の頂点に立っているが、ついに世界記録をも塗り替え、名実ともに世界のトップランナーになったと言っていい。東京オリンピックでも主役の1人だろう。

女子は、エチオピアのレテセンベト・ギデイが、5,000mで14分06秒62の世界新。こちらは12年ぶりの記録更新だった。実は、ギデイの女子5,000mと、チェプテゲイの男子10,000mの世界記録が誕生したのは、10月7日のスペイン・バレンシアで行われた“NN バレンシア・ワールド・レコード・デー”においてだった。ペースメーカーが付き、トラックの内側では青と緑のライトで世界記録ペースをサポートしたが、歴史的快挙であったのは間違いない。また、カーボンプレートシューズの項目にも書いたが、ハーフマラソンでも男女(女子は女子単独レースの)共に世界記録が誕生している。

勝負に目を向けても波乱があった。10月に延期され、周回コースで実施されたロンドンマラソンでは、メジャーマラソン10連勝中のキプチョゲが8位に終わり、連勝が途切れた。優勝したのはエチオピアのシュラ・キタタだった。

10月にポーランドで開催された世界ハーフマラソンは、19歳のジェイコブ・キプリモ(ウガンダ)が58分49秒の大会新記録で優勝した。ケニア、エチオピア勢が世界の長距離界を席巻しているなか、今年24歳のチェプテゲイとともにウガンダ勢が存在感を発揮した。世界の長距離の勢力図が大きく変わる兆しを感じた1年だった。

Stravaビッグデータから見えた、パンデミック下のランナー


世界195ヶ国、7,300万人以上のアスリートが利用しているソーシャルネットワークサービス、Strava(ストラバ)が、この1年間に投稿された記録を集計、分析した「Year In Sport 2020」を12月に発表した。

世界的なパンデミックの影響を受けたのは、アスリートにとっても例外ではなかったが、Stravaのビッグデータを読み解くと、新型コロナ禍において、前例がないほどの運動ブームが起きていたことが分かった。テレワークの推進などにより、何となく街中にランナーが増えていたことには気付いていたが、実際にデータでも証明された格好だ。

それは、日本国内のみならず世界的な傾向で(もちろんロックダウンがあった国、地域はその間は減少したが)、日本国内においては、3月上旬に屋外アクティビティがわずかに減少したが、3月下旬から徐々に活気を取り戻すと、5月にピークを迎えた。4月〜6月の屋外のランニングのアップロード数は、前年比で1.9倍に上った。

ランニングにおいて着目すべきは、ソロアクティビティの増加だ。多くのマラソン大会が中止、延期になったこともあって、42.195㎞のランニング記録の投稿は昨年に比べて減少したが、その42.195㎞のランニング記録のうち、ソロアクティビティの数字は圧倒的に増加した。昨年はわずか14%だったのに対して、今年は44%にまで上ったのだ。つまりは、多くのランナーが“ソロマラソン”に挑んだということだ。特に、4月から8月は、42.195㎞を走った人の5割以上(4月はなんと76%!)がソロマラソンだった。パンデミックの中でも日本のアスリートは、ポジティブに過ごしていたということだろう。

バーチャルマラソンの増加

Stravaの項目でソロマラソンが増えたことに触れたが、今年はワールドマラソンメジャーズをはじめ多くのマラソン大会が中止、またはエリート枠のみに縮小開催された。その代替策として、増えたのがバーチャルマラソン(オンラインマラソン)だ。

日本国内で先駆けとなったのは3月の名古屋ウィメンズマラソンだろう。一般の部が中止になったが、エントリーしていたランナーは専用スマホアプリを使用して、各々がフルマラソンの距離を走り、大会を擬似体験した。その後、多くの大会が、中止・延期になった代わりにオンラインレースを実施した。バーチャルマラソンは、日本のみならず、世界中で開催されている。9月から11月にかけては、アボット・ワールドマラソンメジャーズ(AbbottWMM)のうち5大会がバーチャルレースを開催。それに伴った様々なチャレンジ企画も並行して行われた。

新型コロナ禍が沈静するまではこの様式がニューノーマルなのかもしれないが、バーチャルで開催されたとはいっても、結局いつもと変わらないコースを走った人が多かったのではないだろうか。マラソンの楽しみのひとつは、いつもとは違う景観の中を走ることもある。やはり開催地におもむいて、現地の景色を望みながら走りたいものだ。

新たな指導の形態 テクノロジーの進化でシューズがコーチに!?

今年はリアルなイベントが開催するのもはばかられ、クラブの練習会等も減ったからか、オンラインでのコーチングサービスの普及が一気に加速したように思う。新型コロナ禍が一因であることは間違いない。また、従来多かったランニングのプログラムを提供するサービスに加え、Zoomウェビナーを使ったフィジカルトレーニング等の実技指導など、サービスの幅も広がった。

テクノロジーの進化も目立った。昨年発売されたスマートフットウェアORPHE TRACK(オルフェ トラック)は、センサーを専用シューズにインサートすることで、アプリで自分自身のランニングフォームの分析ができるというものだったが、今年はさらに進化。ASICSとコラボしたEVORIDE ORPHE(エボライド オルフェ)も12月に発売された。単に走行データを分析してくれるだけでなく、それぞれのランナーの特徴に合わせリアルタイムで音声でのフィードバックがあり、足運びの指導、トレーニング方法の提案などもしてくれる。まさに、シューズがコーチ代わりとなる。

アメリカ・コロラド州ボルダーのLEOMO(リオモ)は、小型のセンサーを脚やシューズに取り付けることで、リモートでランニングフォームを解析するサービスを提供。動作解析をするには、これまではトレッドミルなどの上を走って室内で行わなければならなかったが、普段のランニング環境で解析できるようになったのは画期的だろう。また、これまでなかなか計測できなかった「腰の横ブレ」「足の蹴り上げ角度」「腿の振り出し速度」「膝下の振り戻し角度」などを数値化できたことも注目すべきだろう。

Allbirdsを筆頭にサステナブルへの意識を持ったブランドが増加

「サステナブル」「サステナビリティ」という言葉を聞くようになって久しいが、ランニング業界でもトレンドだ。“持続可能”を意味する言葉で、地球環境への配慮をした取り組みを修飾する言葉として用いられることが多いが、多くの大手スポーツブランドも、HPなどでその企業理念を覗くと、サステナビリティを意識した様々な取り組みを行なったり、プロダクトを開発したりしていることがわかる。

サステナブルへの意識を持ったブランドの本命とでも言うべきなのが、2016年にサンフランシスコで誕生したAllbirds(オールバーズ)だろう。今年1月には原宿に日本第1号店もオープンした。メインアイテムの「Wool Runners(ウールランナー)」や今年初登場したランニングシューズ、Tree Dasher(ツリーダッシャー)など、天然素材や再生ポリエステルを使用したアイテムがそろっており、環境に配慮したモノ作りは大きな共感を呼んでいる。

先日ローンチされたスポーツアパレルブランド、HERENESS(ヒアネス)も、サステナビリティにフォーカスした商品をラインナップしている。

サステナブルに注力するブランドは今後も増えるとみて間違いないだろう。また、来年はオリンピックの影響で運動意識を高める人が増えることが予想される。2021年のランニングシーンは今年以上に、メンタルとフィジカル双方から健康の価値を問う人が増える1年になるのではないだろうか。