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何かにハマるには衝撃的なきっかけがあるもの。現在はフリーのライターとして活動する礒村真介さんもまたトレイルランニングとの出合いによって、人生を大きく変えたひとり。ランニング経験も浅かった礒村さんが急激にトレイルランニングにハマった理由とは? トレイルランニングの魅力とは? 4回の連載エッセイでお届けします。

始まりはギアのかっこよさ

あくまで持論だけど、ドラクエやファイナルファンタジーにハマった経験のある人はみな、トレイルランにもハマる可能性がある。一見すると両極端にあると感じるかもしれないけど。だからゲーマーあがりの人は心して読み進めてほしい。もしかしたら一年後、僕のようにこうひとりごちるかもしれないから。

「山に行くつもりじゃなかった」って。

トレイルランに出合ったとき、僕は某男性向けモノ&ファッション情報誌の編集部にいた。ペーペーだった。21世紀あたまの雑誌編集部はまだまだ徒弟制度の名残りがあった。働き方改革ってなんのこと? 徹夜上等な職場環境で、はたから見れば“真っ黒”だった。でもこの仕事では、大好きな服やスニーカー、小物や雑貨を、とにかくたくさん目にすることができた。誌面に載せるアイテムを決めるのはエキサイティングなのだ。

大きな特集をつくる前日には、時計の針が0時を回るころに、会議室いっぱいにひろがったアイテムの海? 山? が現れる。その中でひときわ僕の目を引いたのは、アウトドアメーカーが作り始めていたトレイルランニング用のシューズやザック、シェルジャケットだった。リーマンショックの影響か、機能性の高いアウトドアアイテムが街着としても市民権を得はじめようとしていたころだ。

じつは少し前から筋トレ&ランニングをやっていた。「服が似合うカラダになりたい!」と思ったことがきっかけだったが、やればやるほど“できることが増える”感覚にハマった。理系人間だったから、おおむね計算通りにコトが運ぶこの感じは嫌いじゃなかった。

当時は東京マラソンがスタートして、某女性誌が「走る女は美しい」という特集でヒットを飛ばして、ランニングが盛り上がりそうな兆しがあった。でもまだ、マラソン用のシューズやウェアは率直にいってカッコよくはなかった。それに引きかえ、トレイルランニングシューズの見栄えがすることといったら! アウトソールはラグが深く、アーシーで無骨な色味が揃っている。ジャケット類はカラフルで人目を引く。そう、はじめは見た目から入ったのだ。

それらに身を包んで近所をランニングするようになると、ほどなくしてこんな思いが湧き上がってきた。「このアウトソールが本領を発揮するであろうシチュエーションで真価を試してみたい」。誰かに何かを伝える編集者として、わりとまっとうで教科書的な好奇心だと思う。

そして意外と大きかったのが、男子的に「山」はカッコいいと思っていたこと。タオルを頭にかぶった垢抜けない学生山岳部(失礼!)のイメージはなく、当時流行っていた漫画『岳 みんなの山』で描写されていた、アメリカのクライマーみたいな、自由でクールな雰囲気を抱いていた。

そのときデザイン的にいちばんイケていた(と個人的に思っていた)のは、北欧デザインの雄、Haglöfs(ホグロフス)のトレイルランニングアイテムだった。そのHaglöfsが、あのOSHMAN’S(オッシュマンズ)と一緒に初心者向けのトレイルランニングセミナーをやるらしい。

これだ!

集合場所は完成したばかりのOSJ材木座クラブハウスだった。タッキー(滝川二郎さん:POWER SPORTS代表取締役)がいた。Haglöfsには嵐洋くん(田中嵐洋さん:現ゴールドウイン ザ・ノース・フェイス事業部 クリエイティブチームリーダー)がいた。そして三浦務さん(現コンサベーションアライアンスジャパン代表理事兼トレイルランナーズ協会(JTRA)副会長)がビーチクルーザーでフラッと遊びに来ていた。

今思えば、このメンツは相当に濃ゆい。

童心に還ることができる遊び

果たして、はじめてのトレイルランはめちゃくちゃに楽しかった。不規則なリズムで土の道を駆ける。そこには根っこや石コロがころがっているから、ときにステップを調整して、ときに左右にスイングして、障害物を避けなきゃいけない。上りはひとまず早歩き(トレラン用語でパワーハイクといいます)。いったん走る動作をやめることができるので、いい具合に一息つける。

そして下り! 近いのはサーフィンや、ジェットコースターで駆け下りる感覚、しかも自分の身体を乗り物にして。エイヤコラッと地面を蹴る必要がなく、タイミングよく重心の位置を動かしていけば半自動でスムーズに前へと進む。走るというよりは「落ちてるだけだ、カッコつけてな」(by『トイ・ストーリー』一作目のバズ・ライトイヤー)の名セリフが脳裏をよぎる。

そして視線の両端を緑まぶしい木々が後方へと流れていく。天気がいい日に、風を感じるリラックスしたペースで自転車を漕ぐと、左右の景色が後ろに流れて爽快さが倍増しになると思う。あれに似た気持ちよさかもしれない。

あるいは細田守監督のアニメ映画『おおかみこどもの雨と雪』で、主人公たちがおおかみの姿になって雪山を疾走するくだりがある。あの名シークエンスの気持ちよさもかなりいい線いっている。自然のなかで、3次元的な動作でトレイルに身をまかせるアスレチックな面白さといったら。

そういえば子どものころはフィールドアスレチックが大好きだったし、放課後は裏山で秘密基地ごっこに夢中になっていたっけ。

いい歳こいた大人が一瞬で童心に還れる。ロードで2時間も走ろうとすれば、ちょっとした気合いを入れなきゃ走りきれないのに、気がつけば数時間、15kmの初トレイルランが一瞬で終わっていた。

これがトレイルランニングか。

脚には筋肉痛の予感がただよっていた。でも、クタクタになるまで身体を動かすのは、心底楽しい。というか子どものころにだけ感じることのできた、心いっぱい混じりっけなしのワクワク感がまた味わえた。見るもの&なすことの大半がまだ「未経験」だらけで、退屈なんて感じる暇がなかった、あのころのあの高揚感が。

「世の中にこんなに楽しいことがあるなんて」

村上龍がエッセイで「大人が夢中になれるほどの面白さを得るには、真剣に遊ばなきゃダメだ」というようなニュアンスのことを言っていた。だから全力で小説を書くのだと。龍先生、自分、そのことが少し分かったかもしれません。

そしてギアだ。トレイルランニングシューズのゴツゴツとしたアウトソールはたしかに土のサーフェスでもよくグリップしてくれる。マラソンは心肺機能の優劣がモノをいうかもしれないけれど、トレイルランはギアでの工夫の余地がある。装備を充実させれば(ギアに頼れば)、強く、速くなれるんじゃないかという夢がある。う〜ん、ナイス。

控えめにいって、はじめてのトレイルはまるで遊園地のようだった。なんだ、最高じゃないか。

礒村真介

礒村真介

モノ&ファッション情報誌の編集部に在籍中、ギア選びから傾倒したトレイルランや山の魅力にどハマりし、フリーのライター兼エディターに。アウトドア関連各誌での執筆のほか、東京のトレイル&ランニングショップ、Run boys! Run girls!のトレランチームでコーチを務める。トレイルランナーとしては、初めて開催された2012年のUTMFで9位に入賞。そのほか、100マイルを中心に国内外のレースで多数入賞を経験している実力者。