勝敗だけに捉われないチャンピオン像を探る連載〈Be Your Own Champion “ルールは自分の中に。”〉第一弾で自身の考えるチャンピオンを語ったクライマーの原田海が、別種目の世界チャンピオンに同じ質問を投げかける。今回の対談相手はレスリングの高橋侑希。クライミングとは違う対人競技の世界チャンピオンは、何を語るのか。
なぜレスリングという競技を始めたのか?
原田「対人競技なので、僕はレスリングに本能で戦う競技、というイメージを持っています」。
高橋「僕のイメージは、「倒す」という感覚です。得点を重ねるか、駆け引きの中で相手を倒すか、になります。倒す場合は、相手の両肩を1秒でも地面につければ勝ちですが、トーナメント式なので勝利しないと戦い続けられない。勝つことが全てですね。
逆に僕はクライミングというと、映画〈スパイダーマン〉みたいな、さささっと登っていくイメージが強いです。クライミングの選手って街中を歩いていても、『ここ登れそうだな』って考えてそうですよね?」
原田「間違ってはないですね。日本ではあんまり見かけませんが、海外に行くとレンガ造りの建物も多くて、『いけそうだな』と思うことはありますね。同じチームの仲間とは登れるっしょ、なんて話しますね。やらないですけど(笑) どうやって登るかはだいたいわかりますよ」。
高橋「ここに指を置いて、ここには足、みたいな感じですね。面白い(笑)」
原田「高橋選手はなんでレスリングを始めたんですか?」
高橋「小学3年生の時に、新聞に『レスリング教室で体験』みたいな記事があって。その時は何もスポーツをしていなかったので、親とやってみようか、という話になって。そこからでしたね」。
原田「すごいですね。僕はレスリングをやろう、と思ったことがないので(笑)」
高橋「いや僕も、プロレスとレスリングはどこが違うんだろう? っていう疑問からでしたよ。両親もわかっていなかったし。体験だけ見に行こう、から始まってここまで続いています」。
原田「レスリングにはどんなスキルが必要なんですか?」
高橋「レスリングは、数値では表せなくて。陸上や水泳のように『何秒いくつ』のような基準が無いんですよね。相手がいて初めて成り立つ競技で、様々な要素があります。体力面、心肺機能もそうですし、試合に向かうための体重調整、それに戦術も。その中で一番何が大切かというと、技の組み立て方と相手との駆け引きです。一瞬一瞬において相手を上回っていることが重要なんです」。
原田「試合前に相手を分析したりもするんですか?」
高橋「そうですね、対戦する選手のビデオを見たり、どうすれば勝てるか、どうすれば得点に結び付けられるか、というのはよく考えます」。
原田「やっぱり対人競技ですね。相手のことをまず考えるというのが新鮮です。僕らは相手のことは全く考えないので」。
高橋「なるほど、そうですよね。レスリングはどんなに力が強くても、どんなに足が早くても相手に勝てなければ評価されない競技。相手に勝ってなんぼの世界です」。
1日で体重5kg増。レスラーの減量事情
原田「身体づくりで気をつけていることはありますか? 体重別に階級があると思いますが、体重の調整とかどうされてるんですか?」
高橋「3年前までは試合の前日に行われる計量をクリアすれば、翌日の本番までに何kg増えても大丈夫だったんです。そのルールの時は、体重を5kg減らして計量をパスしたら、翌日の試合当日には5kg戻して臨む、という感じでした。現行のルールでは、試合の朝に計量、その2時間後には試合が行われるので、それで自分の体重調整方法は変わりましたね。試合の1週間くらい前まで筋肉は維持しつつ、脂肪だけを落としていって、最後の1.5kgは水分、汗を出して計量をパスするんです」。
原田「そうなると、食事管理も厳しそうですね」。
高橋「そうなんです。でも僕甘いものが大好きで……(笑) 食べないのもストレスを感じるので、食べた時には炭水化物を減らすとか、なるべく調整します。お肉も基本的には脂質の少ないものを選びます」。
原田「試合がある時とない時で体重差はどれくらいあるんですか?」
高橋「普段は62kgくらいなのですが、試合は57kg級なのでそこまで減らします。5kgぐらい。それぐらいが限度かなと。だいたい一ヶ月くらいかけて、じわじわと落としていきます。いわゆるダイエットで落としていって、最後は脱水で一気に落とす、という感じです」。
世界の頂点から見える景色
原田「世界一、世界の頂点に立ってみて、どんなことを感じました?」
高橋「勝った時は実感がなかったです。世界一になったというよりは、ひとつの大会で優勝した、という感覚でしたね。フランスの大会だったんですが、日本に帰ってきてからメディアで取り上げてもらったのもあって、周りから世界一になったことが伝わってきた感覚ですね」。
原田「僕もそんな感じでした。大会はひとつの大会でしかなくて他とそう違うわけではないんですが、周りの声が……」。
高橋「すごいすごいって言ってくるので、あぁすごいことをしたんだなぁって(笑)」
原田「すごいわかります」。
高橋「もちろん、世界チャンピオンになるという目標はありましたけど、いざなってみると僕の場合、勝った瞬間に『あぁ、次の年も勝ちたい』って思ってましたね」。
原田「へぇ〜、もうじゃあ次のことが先に頭に浮かんで」
高橋「そう。異国の地で国歌が流れるのがなんだか不思議な気持ちがして。優勝した瞬間より、表彰台で国歌を聞いている時の方がよく覚えていますね」
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高橋侑希の考える、チャンピオン像
原田「今回のテーマはBe Your Own Champion、“ルールは自分の中に”というものですが、高橋選手にとってのチャンピオン像ってどんなものですか? チャンピオンとはどんな存在でしょう」。
高橋「さっきも話に上がりましたが、レスリングは相手に勝たないと評価されない競技です。だから相手に勝つことを前提にやっているんですが、僕の美学と言いますか、一番意識してるのは、チャンピオンになるための行動だったり、過程、プロセスを大切にすること。どんなに強い選手でも悪態をついたり、インタビューで不適切な発言をする選手は周りからも評価されません。周りの人たちが見てくれているから自分があるんだということを忘れないで、日々練習に励み、試合に向けて努力できる人がチャンピオンかなと」。
原田「チャンピオンかどうかを決めるのは周り、ということですね」。
高橋「そうですね。競技が全てじゃない。この生活があってのこの競技。強いだけでは真のチャンピオンではないですよね」。
原田「勉強になります」。
高橋「(笑) でもこれは僕の美学なので。逆に原田さんはどう考えてます? チャンピオンについて」。
原田「僕は試合の勝ち負けとか優勝者がチャンピオンとかではなくて、試合までの過程や、日々こなしていく練習があっての競技なので、1日1日をしっかりこなしていければ、チャンピオンになれると思います。」
高橋「クライミングは全て自分との戦いですもんね」
原田「はい。相手が登れても、自分が登れればいい話なので。全然関係ない」
高橋「相手が関係ないんですね。僕たちは、試合に行くまでの過程は自分との戦い。そして試合になったら相手との戦い。こういう競技ごとの感覚の違いも面白いですね」。