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今年1月「2020年は自身のプロジェクトをできるだけ 1回の旅に集約する」と発言し、山の環境保護への取り組みを表明していたキリアン・ジョルネが、この9月、環境保全団体KILIAN JORNET FOUNDATIONを立ち上げた。奇しくも新型コロナウイルスで掲げた「1回の旅」すらままならなかった今年、キリアンはどんな思いで財団を始めるに至ったのか。今回は2020年4月に刊行したonyourmark発の雑誌『mark』13号の特集『生きるためのアウトドア』で取材した内容に追加インタビューを敢行し再編集。マウンテニアリングの世界で最も注目を集めるアスリートが、今、思うこと。

コロナ禍で変更を余儀なくされた2020年の計画

onyourmark(以下OYM):あなたは今年に入って、自然環境についての自身の向き合い方についてコメントを発表しました。山と自然を守ることについて強く意識し始めたのはいつからですか?

Kilian(以下、K):「私はずっと山と自然に囲まれた人生を送ってきましたが、気温の上昇にともなう氷河の縮小のように、人間が自然を破壊するような行動や、悪影響を及ぼしている様子を数多く目にしてきました。

自分が遊ばせてもらっている環境に敬意を払うよう努めてきましたが、山に何も残さずに帰ること、リサイクルを徹底すること、持続可能な家に住むことなど、一見は普通に思える身の回りの細部のことにこれからはもっと注視していきたいと思っています。ライフスタイルを変える必要がある」。

OYM:同じく今年1月に発表した『プロジェクトにおける移動経路と頻度を集約させること』は、日本でも環境問題に対するメッセージとして大きく受け止められています。あなたの影響力は日本においても大きい。その考えに至った経緯を教えてください。

K:「私はこれまでに世界中のあらゆる場所へ旅に出ました。レースだけでなく撮影や会議なども含めると数え切れません。何年かは5大陸すべてでレースをしていました。

レースのため世界中を飛び回ることはトップアスリートとしてはごく普通のことと考えることもできます。これらすべての活動の機会を与えてもらえたことにとても感謝していますが、今、私は頻繁に移動を繰り返し活動することが環境破壊に加担していると理解するようになりました。

この遊び場を楽しみ続け、将来の世代にも同じ環境を残すためにはライフスタイルを変える必要があるでしょう。私がすぐにアクションを起こせる、やるべきと感じたことが旅のカーボンフットプリントへと目を向けることでした」。

OYM:ホームマウンテンやお気に入りのフィールドで気候変動の影響を感じる場所はありますか。

K:「今はもうどこでも見かけますが、とくにアルプスの氷河を見ていると温暖化、気候変動問題を感じざるを得ません」。

OYM:今年そして来年予定していたプロジェクトについて教えてください。複数のプロジェクトを1回にまとめることを発表しましたが、もし新型コロナウイルスによる行動規制がなければ、どれくらいの期間、どこで、どんな旅、挑戦をしたいと考えていたのでしょうか。

K:「2020年はスキーマウンテニアリングのレースを1つと、アメリカでトレイルランニングレースにひとつ(パイクスピーク・マラソン)参加し、あとはヒマラヤへ遠征に出る予定でした。結局は一度も旅に出ることはできませんでしたし、今後もしばらくは難しいでしょう。ただ、状況が改善された後も、移動頻度や回数に関しては表明した通りの考えで取り組んでいきます」。

2017年に単独、無酸素補助・固定ロープ無しで、26時間という驚異的な記録で山頂を制覇した際に自身で撮影した時の1枚。この後一度下山し再度登頂、1週間で2度のエベレスト山頂制覇という前人未到のチャレンジも達成。アスリートとしてのチャレンジは自ら制約を設けながら「エベレストはまた必ずチャレンジする」と考えている。

新たなプロジェクト「KILIAN JORNET FOUNDATION」

OYM:9月には「KILIAN JORNET FOUNDATION」を立ち上げました。このプロジェクトは新型コロナウイルス感染症の拡大による生活の変化があって踏み切ることにつながったのでしょうか? それとも以前から考えていたことですか?

K:「だいぶ前からいくつかの山を守るためのプロジェクトに関わってきました。正確ではないですが10年は経つかと思います。自分が信じているプロジェクトのサポートを続けているうちに、自分が主体となってプロジェクトを動かしたいと思うようになりました。

1月にアスリートとしての活動方針を表明していましたし、財団に関しても近いうちに表明する予定でいましたが、そんな時に新型コロナウイルスの感染が拡大し始めました。踏み切るに至ったという点では活動が制限されたことは影響していると言えるかもしれません」。

OYM:この財団におけるあなたの役割、立ち回りはどういったものになりますか?

K:「私のこの財団での役割は主にプロジェクトの立案と構築です。どうすれば山を守り、以前のような環境を取り戻すことができるか、根本的な問題にフォーカスし、その解決策を考えています。また、財団の顔となり行動することが自分の役目だとも感じています。積極的に表舞台に立ち、知ってもらう必要があることを広く世界に伝えられるように、発言していきたいと考えています」。

OYM:最初のプロジェクトは「氷河の後退の研究と調査」としましたが、なぜこのプロジェクトからだったのでしょうか? また進行中のプロジェクトについて教えてください。

K:「気候変動現象の中で最も目に見えるわかりやすい現象のひとつが氷河の後退です。この後退の研究が、地球の淡水の60~80%を占める氷河の保護プロジェクトにおける重要な鍵になると考え、最初に取り組むことにしました。まだ何も結果は出ていませんが、気候変動問題、地球温暖化の解決に必ず繋がるものと思っています。

また、2つ目のプロジェクトとして先日(10月20日)OUTDOOR FRIENDLY PLEDGEをスタートしました。このプラットフォームの目的は、地域社会において、より持続可能なアウトドアスポーツの実践を促すことです。

具体的には、アウトドアスポーツを通じて発生する汚染や温室効果ガスを対象とし、自然資源の管理改善、土地や生物多様性の保全、より持続可能な社会を提唱することを目標としています。そして、より持続可能な社会になるための知識を共に共有する場でもあります。我々の考えに賛同してくれるブランド、イベント、アスリート、連盟とはSDGs(Sustainable Development Goals<持続可能な開発目標>)の17の指針と独自の提唱を交え、それぞれの役割、2030年までに達成すべき目標を掲げました。この活動が世界的に浸透していくことを期待しています」。

OUTDOOR FRIENDLY PLEDGEのアスリート(個人)の10の目標

1:移動量を最大3CO2eトン(1年あたり)まで削減する。

2:コミュニケーションを目的とした炭素排出量の多い活動への参加を拒否する(ヘリコプターでの撮影、遠方からのカメラマンの移動、撮影のための遠方への移動など)。

3:すべての旅行のカーボンオフセット補償を行うこと。

4:地域のレースやアドベンチャーへの参加を促進すること。

5:政治的に積極的になり、気候変動と戦うための対策を講じることの重要性について、地域社会に主張し、環境に優しい慣行を採用することへ挑戦する。少なくとも月に1回は、そのことを聴衆に伝える。

6:毎年少なくとも1回は環境保護活動を行う。

7:環境への影響を最小限に抑えるため、スポーツを行う地域や季節ごとの制限について情報を得て、それを尊重し合う。

8:器具のリサイクル、再利用、削減、再利用を行う。スポンサーが付いているアスリートであれば、支給される製品の配分を活動に必要な最小限に抑える。

9:購入した機器のエコロジカルフットプリントを確認し、リユースやリサイクルで新製品に生まれ変わる製品を優先的に購入する。

10:何を食べるか、どこからエネルギーを得るか、どうやって移動するか、どこにお金を投資するか、気候に優しいライフスタイルを考え行動すること。

※1~3、10はSDGsの指針「13:気候変動への具体的な対策」、6,7は「15:陸の豊かさの保護」、8、9は「12:作る責任、使う責任」から。4、5は独自の提唱。

OYM:話は少し変わりますが、あなた自身の挑戦として内容自体が環境問題へのメッセージに繋がるようなチャレンジを行う予定はありますか? たとえば温暖化で積雪量が少なくなった山域でタイムアタックを行い、以前との違いを浮かびあがらせると、いったことです。

K:「まだわかりませんが、面白いアイデアですね! 考えてみたいと思います」。

OYM:気候変動に対する意識は子どもを授かったことでより高まりましたか?

K:「それは間違いありません。自分が素晴らしいと感じている世界を自分の子どもにも同じように見てもらいたいですし、自然の雄大さ、魅力を感じてもらいたい。ただ、気候変動の問題に関してここ数年で強く意識するようになったことに違いありませんが、これまで長い時間を山で過ごしているなかでずっと違和感を覚えていたことも事実です。私だけでなく、誰もがもう見過ごすことができない段階に来たと感じています」。

キリアンが目指す自然を守るためのアクション

OYM:今後もアスリートとしての挑戦、冒険の活動は続けられると思いますが、他に何か自然を守るためのアクションは考えていますか?

K:「私ももう若くはありませんし、子どもを授かり、人として成熟してきたと思っています。自分の影響力についても理解しているつもりです。すべての発言、行動に責任を持たなくてはいけません。同時に、気候問題に対する私なりのメッセージを、まだ自分のことのように感じられていない人たちへ、特に若者へ伝えていきたいと考えています。目にするものを共有したい」。

OYM:あなたはSNSを通じて素晴らしい景色、自然の魅力を発信し続けています。発信することに何か意識的な理由があるのであれば教えてください。

K:「私は幸運なことに毎日のように自然の美しさを目にすることができる環境にいます。目にするものを多くの人と共有したい。シンプルにただそれだけです」。

OYM:Instagramで紹介しているような自然の美しさ、尊さに気づいたのはいつからなのでしょうか。物心ついたときから、それともアスリートとして活動するようになってから?

K:「アカウントをいつ開設したか正確には覚えていませんが、昔から写真を撮ることに興味がありました。山と自然に囲まれて育って、美しい景色が当たり前の生活を送ってきましたが、SNSを通じて感動をシェアできるようになり、ナチュラルにこの自然を撮りたいと思うようになったのです」。

OYM:私たちもあなたと同じように美しい自然を後世に残したいと考えています。あなたが今思うことをメッセージとしていただけますか。

K:山を守るためにできることはたくさんあります。リサイクルできるものはリサイクルすること。ゴミをなるべく出さない工夫をすることや、効率的に移動すること。例えば自転車や自分の足で行動できる範囲であるなら車を使わないこと、遠出するにしても一台の車に乗り合わせたりすれば、排気ガスを減らせます。大きなことでなくて構いません。

規模は異なってもすべてのアクションが重要で、意味があります。『小さな行動は違いを生まない』と私たち一人一人が思ってしまえば、それがマイナス方向への大きな作用になります。一人一人が意識を持った行動をすることで、山と自然を守ることができると信じています。みんなで力を合わせて変えていきましょう」。

Kilian Jornet(キリアン・ジョルネ)

1987年10月27日、スペイン生まれ。スカイランナーワールドシリーズの6度のチャンピオンであり、UTMB(ウルトラトレイル デュ モンブラン)では歴代最多の3度の優勝、ほかウェスタンステイツエンデュランスラン、ハードロック100など権威ある大会を総なめにした歴代最強の山岳アスリート。また、マッターホルン、モンブラン、デナリ、エベレストの登り、下りのFKT(Fastest known Time)も保持する。2020年1月『プロジェクトにおける移動経路と頻度を集約させること』を発表。9月に兼ねてから構想にあった『KILIAN JORNET FOUNDATION』の立ち上げ、最も新しいところではアスリートとして24時間走の世界記録に挑むプロジェクト『PHANTASM 24』への挑戦を表明。アスリート以上の存在として、その一挙手一投足に世界が注目する。
KILIAN JORNET FOUNDATION:www.kilianjornetfoundation.org

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