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これからのスポーツライフスタイルのあり方を探る企画『In Quarantine』。第四回は大迫傑や小池祐貴など日本を代表するトップアスリートを影で支える、アスレティックトレーナーの五味宏生さん。独立のタイミングでのオリンピック延期発表や緊急事態宣言がありながら、“GOMIトレ”のスタートや書籍の刊行など自発的なアクションを続ける五味さんは、自粛生活期間についてもポジティブに捉えています。

onyourmark(以下OYM):緊急事態宣言とほぼ同じ時期にフリーへと転身されたわけですが、独立はいつ頃から考えていたのですか?

五味:大学側に伝えたのは半年以上前になります。本来であれば今頃はオリンピックへ向けて合宿への帯同が続いている予定で、学生たちを見る時間はほとんど取れなくなると想定できたので、このタイミングで一区切りつけることにしました。学生スポーツに関わる年数もだいぶ長くなっていましたし、外部の仕事もかなり増えていました。オリンピックに向けて専念する意識が強くなったのが大きな要因ですね。

OYM:この時期での独立は仕事への影響が大きかったのではないですか?

五味:ありがたいことに、フリーになるにあたって、チーム単位でも、個人でも、年間を通して見ていくような長期的なプランで取り組む仕事を割と多くいただけていたので、仕事のボリュームが急激に減ることはありませんでした。安全と認められた場所であれば、会社の方から合宿を許可されるチームもあって、現地へ出向くこともありました。この事態になって、予定されていた合宿がなくなった分、大迫くんと市民ランナー向けの指導(GOMIトレ)も始めることができましたし、一般の方を見るような、各地を飛び回っていたら舞い込んでいなかったはずの仕事が増えたので、幅は広がったと思っています。割合としてオンラインでの仕事はだいぶ多くなりましたね。トータルで見て、マイナスになったということはありません。

OYM:このタイミングでオンラインでの指導を始めたわけですが、感触はいかがですか?

五味:これまで全く手をつけてこなかったですが、トレーニングの概要を理解してもらう上で利用するのであればオンラインも問題ないという印象です。市民ランナーの方への指導では良いフィードバックも多くもらえましたし、一般的な需要はあると感じています。ただ、結果をしっかり残すため、ランニングであれば足が速くなるための要望に答えるためには、やっぱり直に見させてもらいたい。例えば細かな骨盤の動きだったり、着地のタイミングの姿勢だったり、どの筋肉に一番力が入っているかとか、映像上で見て判断できる部分もありますけど、実際に見るのとではやはり全く違うので。

OYM:大迫くんとのオンライン指導を楽しみにしている人は多いと思いますが、今後も継続していく予定ですか?

五味:続けていく方向で大迫とも話していますけど、形態をどうすべきかという点で煮詰めているところです。前回はトレーニングの種類や意味を知ってもらう意味で、1対15とかでやってみたんですけど、「エクササイズを一緒にしましょう。はい今日はここまで」って感じで、本当に紹介だけで終わってしまう。オンラインであっても1対1とか、もう少し一人一人が求めている要望に答える形、具体的な問題に対してアプローチできるようにしたいなと話しています。期待していただいている実感はあるので、もう少し待っていてください。僕らにとっても、みんなにとっても満足できる形が見えたらアナウンスします※現在はアプリ <SUGURU OSAKO>内でプレミアム会員になると受講できるようになっている。

OYM:書籍 『陸上競技の筋力トレーニング』(ベースボールマガジン社)も発売しました。自粛生活の影響もあって家トレが注目されましたが、刊行するに至った経緯を教えてください。

五味:あの本のコンセプトは、中学生や高校生が特別な器具がなくても鍛えることができるトレーニングを知ってもらうために作ったもので、「走っているだけでは強くはならない」というメッセージです。陸上競技を続けて身体を鍛えていく上で、これだけのトレーニングがあることを知ってもらうためであって、内容的にそこまで深くはありません。同業者の方に自信を持って「読んだらいいことあります」と言えるものではありません。

世間一般的には「ランにはこのトレーニングが不可欠」「ランニングのためのトレーニングのメソッドはこれ」と言い切るようなものが求められていると思いますが、トレーナーの視点として、ランニングであれ別の競技であれ、筋肉は全般的に鍛えなくてはいけません。鍛え方の答えはひとつじゃないんですね。僕がこれまで関わってきたトップアスリートに共通するのは、「こうなりたい」というイメージを強烈に持っているところです。おそらくそのイメージを持ち続けていないとトップに残れないことを知っている。自分のどの部分が足りないのか、理解するところから始まって、その足りない部分を補うためには何をすべきか。答えを常に探しています。

本の中ではウォーミングアップ、コアトレーニング、上半身、下半身のトレーニング、ランニングの動作につなげるトレーニングに分けています。今まで知らず知らずに行っていたトレーニングが「あ、このトレーニングは前面を鍛えるトレーニングだったのか」とか、「自分は後面の筋肉ばかり鍛えていた」とか、気づいてさえくれればしめたもので、この本の役割は終わりだと思っています。今自分が見ているトップアスリートにも、ベースのトレーニングとして使ってはいますが、トレーニングに対する考え方の幅を広げるというか、自分で考えて、自分なりのトレーニングを見つける手助けになってくれればありがたいと思っていますが、どうでしょうかね。需要があれば嬉しいですが。

OYM:話は変わりますが、現在は、1週間をどのようなスケジュールでお仕事されていますか?

五味:関わらせていただいている実業団をほぼ週に1回ペース、1週間の内、5,6日はどこかのチームか、個人かを見ています。チームの場合であればひとつの実業団で7人くらいを、ポイント練習ではない日のだいたい14時以降に、1人1時間ずつ。チームによってはやはり感染のリスクを避けるために、オンライン上になりますが、スケジュールを調整してくれるので大きな問題なくやれています。

OYM:オリンピックの開催も1年延期、競技場に観客を入れての大会の開催もまだしばらくかかりそうな状況ですが、今置かれている状況をどのように捉えていますか?

五味:まず考えたのは、僕が見ている選手にとってプラスになるのか、マイナスになるのか、ということです。大迫のように自分に足りない部分ややるべきことに的確な理解ができている選手にとっては、オリンピックの開催が今年であっても来年であってもあまり関係ないことだと思います。力量的にも。

一方で、まだ世界のレベルに対してギャップがが大きい選手、女子800mの北村夢(エディオン)とか、男子1500mの戸田雅稀(サンヴェルクス)のような選手にとっては、世界に近づける時間をもらえたことになります。世界に視点を向けた場合、断然時間をもらえた方がプラスです。出ることだけを目指していた選手が1年もらえたことで、目標を準決勝進出へ設定し直せるかもしれない。この1年間をどう使うかですが、足りない部分を補う時間に当てられると考えるべきですし、自粛期間にしても、リセットするための長めの休みと考えれば、メンタルのリフレッシュもできて、もう一回ギアを入れ直すのに良かったと思います。大会自体がなくなって、目標の見つけ方が難しかったと思いますが、ホクレンディスタンスのように開催する大会も少しずつ決まってきているので、これからまた波をどう作っていくか、サポートしていくだけですね。

OYM:自粛期間中に考え方の変化もあったと思うのですが、制限された環境での新しいトレーニングアイディアは生まれましたか?

五味:長距離を例に挙げると、集団で練習することが許されなくなって、1人で走ることしかできなくなりました。練習メニューを変更せざるを得なくなったと思えば、競技場が閉鎖され、競技場を使っての練習メニューが組めなくなりました。

今度は練習場所を探さなくてはいけなくなり、駒沢公園のようにフリーでトレーニングできる場所で、おおっぴらにスピードを出して走っていい状況でもなくなり、最終的には練習メニューの強度もランニングのスピードも落とさざるを得ない。

人様に迷惑をかけないように走ることを考えなくてはいけないような状況にまでなりました。選手たちのそんな状況を目の当たりにしていくと、ひとつひとつのトレーニング環境が当たり前にあるわけではないことを、この期間に痛切に感じました。

ただ、総練習の負荷が高められないこの環境は、逆にいえば僕の仕事の領域での負荷は高められるし、頻度も増やせます。ジムが使えない問題もあったので、自重トレーニングをベースにして、ジャンプやスプリントドリルで負荷をかけるトレーニングを増やしたり、トレーニングの組み合わせに頭を使いました。今の状況では個人のモチベーションによって大きな差が出ます。ランニングでの負荷は下げつつも、いつでもエンジン吹かせられる状態を維持しておくことに、意識を向けました。

OYM:オンラインのやりとりも増えてきた中で、今後のDoスポーツの価値をどのように見ていますか?

五味:大会やイベントはよりトレーニングの成果発表の場としての意味合いが強くなりそうですよね。開催されることが当たり前ではないことが分かりましたし、体を動かせることはありがたいことであって、これまで以上に多くの人が体を動かす時間を大切にしたいと考えるようになったと思います。スポーツ界全体で見ると経済が回っていないですが、スポーツの価値が高まったと感じていますし、この熱はさらに加速していくと思っています。

健康の観点で見た場合、本来アウトドアでの身体活動は生物であれば当たり前のことなんです。それがいつからか、人間はその活動を置き去りにしても生きていける奇妙な生物になってしまった。心身ともに健康でいるためには、良い食材を食べているだけではダメなんですよね。今回の自粛期間で、体内の循環機能が良くなるというだけではなく、身体を動かすことでメンタルをポジティブに保てることに、本能的に気づけた人は多いと思います。感染症の問題は長く続くと思いますけど、人間らしくあるために、みんなあの手この手で身体を動かすようになるでしょう。ゲームをしながら身体を動かすのもひとつの手だと思いますし、オンラインでレッスンを受けるのも手だと思います。感染症のリスクがなく遊べる場所もこれから開発されていくように思います。命が最優先であることは間違いないですが、同じくらいの感覚で、身体を動かすことを大切に考える人が増えていくのではないでしょうか。

OYM:まだ元どおりの環境には程遠い状況だとは思いますが、今一番何がしたいですか?

五味:世界のアスリートが集まるレースをまたライブで観たいですよね。僕は映画とか娯楽的なことには特に興味がありません。以前は世界を転戦する選手に帯同するのが当たり前のことでした。生で見るトップアスリートの身体の動きに興奮しながらここまで人生を進めてきて、日本のアスリートがどうすれば世界に近づけるかを考えるのが日常なので、それを奪われると、どうしたものかと思うばかりです。今では試合もなくなって、海外にもいつ行けるかわからない状況、大迫のところに行きたくても今は行けないですし、顔を合わせてコミュニケーションを取れる日が早く普通になってほしいし、早く世界のトップアスリートを観たいですね。レースでもトレーニングでも。

五味宏生

1983年、埼玉県生まれ。日本陸上競技連盟医事委員会トレーナー部委員・日本スポーツ協会公認アスレチックトレーナー。早稲田大学スポーツ医科学学術院(スポーツ科学修士)在学中に鍼灸按摩、マッサージ指圧師の資格を取得。日本陸上競技連盟医事委員会トレーナー部委員も務め、主に陸上競技のトレーナーとして、ケア、リハビリテーションからトレーニングまで、幅広くアスリートの活動をサポート。今年3月務めていた帝京大学スポーツ医科学センターを辞めフリーランスへ。現在は実業団を数チーム見るほか、大迫傑や小池祐貴、北村夢など日本陸上界のトップアスリートのトレーナーとして活躍。アプリ <SUGURU OSAKO>にて動画「GOMIトレ」を公開するほか、インスタグラム で積極的にトレーニング動画を発信。4月に著書 『陸上競技の筋力トレーニング』も発売。精力的に活動する。

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