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アウトドアライターであり、自身もUTMBやトルデジアンのようなビッグレースから、はたまたピレネー山脈1000km踏破といったオリジナルのチャレンジにも挑戦するなど、アウトドアライフにいそしむ中島英摩さん。数か月前までサブ4もしたことがなかったが、2020年1月の勝田マラソンで、突然3時間10分27秒を記録。さらに、その翌週に初のウルトラマラソンを9時間52分40秒で走り、男女総合3位、女子優勝という好成績を収めた。 “ゆっくり長く”が得意な彼女が、なぜここ最近でめざましく速くなったのか。連載という形で紹介してもらうことにしました。第一回のテーマはスピードへの挑戦。

マイ・ルーティンをぶっこわす2020

わたしはルーティンが好きだ。毎年、年始に「やること100」というのを決めていて、もう10年以上続けている。1年間のうちにやろうと思うことをリストアップして、やっては消していくというもの。包丁を研ぐとかカーテンの裾を詰めるとかそういう細かいことから、転職するとか独立するみたいな壮大な目標までなんでもあり。この自分ルールのおかげで、やろうやろうと思ってやっていなかったことが消化されていく気持ちよさや、夢とか希望みたいな漠然としたものを身近な目標として達成にする後押しになったりして、結構調子よく続けてきた。

でも、今年は違う。今年は、「やること1」にしたのだ。100じゃなくて、1。来年は何をしようかと考えていたある日、ふと気付いた。もしかすると、100に注ぎ込んでいたものを1に集約したら、とんでもないパワーが発揮されるんじゃないかって。できないできないと思っていたことができるようになるかもしれない。今の自分が、1年後には、とんでもなく変わっているかもしれない。

運動神経が超悪かった大人になるまでのわたし

恥ずかしい話なんだけど、わたしは体育の成績がめちゃくちゃ悪かった。勉強もたいしてできなかったけれど、運動神経についてはとことんダメだった。サッカー、バレー、バスケ。色んな種目をやらされるけれどひとつもできなかった。お腹がいたいとか風邪をひいたとか授業を見学する理由ばかり探していた。

「昔は50m走〇秒台で走れたんだよ」

みたいな会話を時々耳にするけれど、自分が何秒で走っていたのかなんて覚えていない。それくらい興味がなかったし、覚えておくのも恥ずかしいような記録だったのだと思う。目立つわけでもなく地味なわけでもないわたしは、かけっこで一等賞になるようなクラスの人気者に憧れていた。自分の好きを伸ばしても、結局は総合評価でしかない学校。好きなことはたくさんあったけれど、やらされることの中にはどうがんばっても「できない」ことが多く、自分に自信が持てなかった。

得意を伸ばすことで自己肯定ができるようになった時に出会ったランニング

人生を一変したのは20代の頃のこと。社会人になると評価がリセットされて、クラスの代わりに会社の同期がみんなよーいドンで一斉に走り始める。学歴という後ろ盾はあれどできない人はできないし、今までがどうであれ成果を出せば周りからの見る目は簡単に変えることができた。貪欲に働けば働くほど認めてもらえて、しかも給与という形で自分に返ってくる。努力が面白いと思えるようになり、得意を伸ばすことで自分の活かし方がわかってきた。できることが増えて俄然人生が楽しくなってきた。

ジョギングを始めたのは、ちょうどその頃。はじめはスニーカーにスウェット上下で走り始め、3km走るのにも息が上がった。5km、10kmと距離が伸び、20km走る頃にはすっかり走ることにハマっていた。やればやった分だけが呼吸が楽になり、足も軽くなり、走れる距離が伸びていく。もしかするとこれは、得意かもしれない。成長が手に取るように感じられて夢中になった。

部活経験のある人で、ランニングが好きじゃないという人は多い。「罰としてグラウンド〇周!」みたいな指導をするからじゃないだろうか。走ることへのイメージが良くない。でも、超文系人間のわたしには全く関係がなかった。走ると頭も身体もすっきりする。どんな悩みでもたいていどうでもよくなる感覚が最高に気に入って、マラソン大会に出るわけでもなくただただ走り続けた。

できるようになるほど不安になる、自分を確かめたくて挑戦が暴走していく

4年経った頃に、知人の誘いでトレイルランニングを始めた。これまた運命の出会いで、1年も経たないうちにどっぷりハマってしまった。トレイルランニングと言っても10km程度からたくさんのレースがあるが、わたしはそのへんをすっ飛ばして1年目から100km超のレースにチャレンジした。長距離ほど、足が速い人が途中で潰れたりして、自分が完走できて「勝つ」ことができる。年齢・性別・経験がどんなに違っていても同じ土俵でレースに挑む。自分でも「できる」のが面白かった。当時20代はめずらしく、いつのまにか「エマちゃんは(若いのに)強いね」と頻繁に言われるようになった。どこまで行けるのかどんどん興味が沸き、100km、120km、160km、330kmと走りまくって、あっという間に長い距離を走る強い人というイメージがついた。

でも、強いと言われるたびに違和感があった。走るスポーツなのに、「速い」じゃなくて「強い」とは何なんだ。走るのが遅いから、関門に引っかかりそうになりながらギリギリゴールを何度も経験してきた。冷や冷やするレースはドラマティックだし、ライターとして寄稿をすると「親近感が沸く」と言われて喜んでもらえた(別にウケを狙ってギリギリにゴールしてたわけじゃない)。長い距離を走れるようにはなったが、周りから「すごいね」と言われれば言われるほど、自信を失っていた。全然走るのが速くないのに、本当にすごいのかな?

わたしがそう言われる時は、いつだって「そんな風に見えないのに、すごいね」という前置きがあった。確かに、たいして努力もしていない、楽しくやってきた。あたかも簡単に達成したかのように言われるとちょっとムッとするけど、でもストイックな人に比べればずいぶん怠け者だと思う。自信がないから、「強さとは何か」を確認したくて、「できるようになる」を積み上げたくて、次々と挑戦をする。新しいことにチャレンジして、できることを増やしていく。どこまでできれば自分を認められるのかわからないけれど、それでも新しい刺激や新しい自分に出会いたくて、色んな山を走り、色んなレースに出た。マイペースを保ちながら。

「かけっこが速い」のは、きっとだれもが永遠の憧れ

もともとかけっこが速い人にはわからないかもしれない。足が速い子は格好良かった。「だれもが」は言いすぎかもしれないけれど、多くの人が一度は憧れる存在なんじゃないかと思う。風を切って走る姿に見惚れた。ボテボテ走る自分の姿が不格好だとわかっていたから恥ずかしくて堪らなかったけど、だからと言って別に速く走れるようになりたいわけでもなかった。だって、別の世界の生きモノだと思っていた。

だから、ランニングを始めた時も、トレイルランニングにハマってからも、速く走ろうだなんて一度も考えたことがなかった。早くなくたっていい、強ければいい、楽しければいいんだ。

強さとは何かを確かめたい中毒に陥っていたわたしは、2019年は気が済むまでとことん走ろうと決めて、年間で9つものレースに出て、総距離約1,000kmを完走した。うち、100km以上のレースは7本だった。12ヶ月のうちに100km以上を7本も走ればさすがに自分がどこまでできるかが把握できて、やっと自信がついてきた。100km、100マイルなら、完走はできるだろう。経験を積んだおかげでペース配分やエイドワークといったレースマネジメントが得意になり、走るのが遅いわりには「ギリギリエマちゃん」がギリギリじゃなくなった。関門に恐れて逃げ回ることもなく、時には上位に食い込むことまであった。2019年は9レースのうち、4つで入賞を果たした。

「エマちゃん、速い!」そんなコメントがSNSに投稿されているのを見て、思わず“スクショ”した。いままでビリから数えた方が早かったわたしが、突然、壇上に上がってみんなの前でメダルを首からかけられたり、拍手を送られたりして、何が起こっているのかよくわからなかった。だけど、身体が震えるくらい嬉しかった。涙が出た。何日もメダルや賞状に頬ずりして、枕元に置いて抱きしめた。

足が速いだなんて、我が人生でまさか、そんなことが起こるんだ!自分を追いかけ続けていたら、いつのまにか「かけっこが速い」あの子の背中が見えてきたのだ!人生36年目にして、かすかに見えたんだ!

「もっと速く・・・・・・、速く走れるように、なってみたい!」

決めた。2020年、やること100もいらない。1つでいい。
わたしは、やること100リストに書き込んだ。
“速く走れるようになる”

中島英摩

中島英摩

京都府生まれ、東京都在住。登山やトレイルランニングの取材・執筆をメインとするアウトドアライター。テント泊縦走から雪山登山まで1年を通じて山に通うほどのこよなく山を愛する。トレイルランニングではUTMBやUTMF、トルデジアンなどのメジャーレースでの完走経験を持つ。昨年11月のつくばマラソンで初マラソンにチャレンジ。3時間27分40秒で完走。今年1月の勝田全国マラソンで3時間10分27秒に大幅更新。翌週に奄美大島で行われた100kmレース「奄美ハナハナウルトララン」で優勝するなど、目下絶好調。

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