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今、陸上競技で日本の“お家芸”ともいえる種目が競歩だ。特に男子はオリンピック、世界選手権で連続でメダルを獲得中だ。では、男子は世界レベルだが、女子はどうか……? 

ドーハ世界選手権では、メダルには届かなかったものの、岡田久美子(ビックカメラ)が6位(過去最高タイ)、藤井菜々子(エディオン)が7位とダブル入賞を果たしており、女子もまた着実に世界との差を縮めてきている。

“世界を目指せる” 恩師の一言で競歩を始める

押しも押されもせぬ日本女子競歩界のエースが岡田久美子だ。現在、28歳。競技者として最も脂に乗っている時期を迎え、昨年(2019年)は20㎞競歩(1時間27分41秒)、10000m競歩(42分51秒82)、5000m競歩(20分42秒25)の3種目で日本記録を塗り替えた。

onyourmarkの読者にはランニングに親しんでいる人も多いと思うが、岡田の20㎞競歩のペースを、フルマラソンの距離に換算すると3時間一桁台となる。それだけで、いかに速いペースで歩いているかがお分かりだろう。しかも、

①いずれかの足は地面についた状態でなければならない
②前脚が、接地の瞬間から垂直の位置になるまでの間に、膝が伸びていなければならない

という厳しいルールに則り、歩型を維持しながら歩かなければならないのだ。

「マラソンなどは“速い者が勝つ”種目ですが、競歩は、ただ速いだけではなくて、ルールに則った歩きをしっかり身につけた選手が上位にきます。技術を高めることが必要ですし、集中力と忍耐力とを兼ね備えた、トータルで強い選手が勝つんです。そういったところを見て欲しいと思います」

と、岡田がその魅力について話すように、競歩は実に奥深い種目なのだ。先頭でゴールしても、その後に失格などということもありうるのだから。

競歩を始める理由は人それぞれだ。たとえば、競歩に縁のある土地柄(優秀な指導者がいる、大会があるなど)、インターハイなど対校戦の点数稼ぎ、長距離選手の故障時の補強として……といった理由がある。岡田の場合は、熊谷女子高(埼玉)時代に指導者に勧められたことがきっかけだった。

「まさか自分が競歩をやるとは思っていませんでしたが、競歩が強い高校だったので、みんな、1回は歩かされるんです。初めて私の歩きを見てもらった時に “これは世界を目指せるんじゃないか” って言われて、半信半疑でしたが、始めることにしたんです。“優勝”とか“世界”っていう言葉に弱いので(笑)」

本当は長距離走をやるつもりで陸上部に入ったが、勧められるがままに競歩を始めると、あれよあれよという間に日本のトップに駆け上がった。インターハイでは2008年、09年と3000m競歩で2連覇(ちなみに、高2時には“ランナー”として全国高校駅伝に出場している)。世界ジュニア選手権でも、08年に8位入賞、10年は銅メダルを獲得した(ともに10000m競歩)。当時から、ペースアップしても、上下動が小さいことが持ち味で、これまでに失格したことは一度もないという。

大学時代に味わった苦悩が再び成長する糧に

順調に競歩人生を歩んできた岡田だが、大学生になって思わぬ挫折感を味わうことになる。

日本インカレの10000m競歩で4連覇を果たすなど大学生相手には勝ち続けたが、シニアのカテゴリーになるとなかなか勝てなかった。「当たり前に出られると思っていた」オリンピックや世界選手権は遠くにあった。

だが、思うような実績を残せなくても、岡田は前を向いた。「現実を突きつけられたのが大学時代。でも、夢を見ることもできました。良いことばかりではなく、つらいことのほうが多かったんですけど、その経験を積めたことが今に生きている。ジュニアの時の成功と学生時代のつらかった経験と、その両方が今の私を作っていると思っています」

また、苦しかった時期は自分自身の体と向き合う機会にもなった。高校時代は体重を気にするあまり食事制限をし、月経が止まっていたが、オリンピック種目のロードの20㎞競歩に取り組むようになり、体づくりのために食事面を見直した結果、月経が再開した。体重が増えて記録が伸び悩んだ時期もあり、“高校までの選手だったね” などという心ない声が聞こえることもあったが、今すぐ結果を出すことに躍起になっていた高校時代と違って、将来を見据えられるようになった。

「大学時代は自分の体の変化に対応していくのが難しい時期で、ぽっちゃりしていたんですけど、そのおかげで今健康だし、体重も絞りやすいので、4年間は無駄じゃなかったなと思っています」

そして、2014年にビックカメラに入社すると、再び結果が出始め、シニアでも日本代表に選出されるようになった。

常に上を目指すために必要なものを選びとる

岡田を突き動かすのは向上心だろう。

2015年北京世界選手権、16年リオ五輪、17年ロンドン世界選手権と世界の舞台に立つことができたが、入賞は叶わなかった。すると、さらに上を目指すために、18年からフィジカルトレーニングに取り組み始めた。そして、低負荷高回数のメニューで背筋や腸腰筋等を鍛え、ドーハ世界選手権の快挙につなげた。さらにドーハの後には、今度はオリンピックでメダルを獲得するために、バーベル等を利用したフリーウエイトにも取り組み始めた。

「あれっ、競歩選手? って思われるようなトレーニングをしていますが、そのおかげで10000mの日本新を出すことができたし、スピード強化につながっていると思います」と、手応えを得ている。

また、今年1月からはアディダスとスポンサーシップ契約を結び、自身が履くシューズにもこだわりを見せる。「SL20は踵が厚くクッション性もあるので、低速の練習で脚作りを行うときに履いています。競歩は踵から接地するので、クッションを感じることで、接地の意識づけにもなります。アディゼロRCは底が薄めで、少し硬くて、形状的にもスピードを出しやすい。スピード練習やペースを上げて距離を歩く時に履いています」
と、ペースや練習の目的に応じてSL20とアディゼロRCとを履きわけている。

今年2月16日の日本選手権20㎞競歩では、雨が降る悪条件のため自身の日本記録更新はならなかったが、6連覇を果たし、きっちりと東京オリンピックの内定を得た。

岡田に、勝ち続けられる理由を尋ねると、次のような答えだった。

「とにかく心がブレないというところが、自分の強さかなと思っています。身体的には筋肉も骨も普通で、“素材がいいね”などと褒められたことがないし、アレルギーもあって、湿布やテーピングをできないんです。でも、これをやると決めた時には集中力があり、自分が信じたことをやり切ることに対してはブレません。それが、勝ち続けてきた、1つの要因だと思います」

東京オリンピック開催の延期が議論されている最中にあるが、メダル獲得という目標に向けて、岡田は今も準備を進めている。その心がブレることはない。

岡田久美子

岡田久美子

1991年10月17日、埼玉県出身。上尾東中時代は800mと1500mで全国大会に出場。熊谷女子高に進学し競歩を始めると、3000m競歩で2連覇を果たす。また、世界ジュニア選手権では10000m競歩で08年8位入賞、10年銅メダルと二大会連続で活躍した。立教大を経てビックカメラに入社し、2015年から日本選手権20㎞競歩6連覇中。日本代表としてオリンピック、世界選手権に出場し、19年ドーハ世界選手権では20㎞競歩で6位入賞を果たした。