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御歳82歳。60歳を過ぎてからランニングを始め、フルマラソン完走回数はすでに35回を超える。コツコツと走り続け、今ではウルトラトレイルにおける世界的な基準値とされる100マイルも完走するほどランニングは、月岡さんのライフスタイルに切り離せないものになっている。なぜ80歳を超えても走るのか?走れるのか?楽しみは?なぜ60歳を過ぎてからランニングを始めたのか?『mark』vol.12掲載分を再編集した今回は、世界が不安定な“今”、どんな考えを持って過ごしているのか、改めて聞いています。

スキーと仕事によって鍛えられた丈夫な体

「若いうちは気づかなかったですけどね。今でも足腰が丈夫なのは、スキーをしていたことが大きいんだと思います。長野の山の中で育って、物心ついた頃には滑っていましたから。遊んでいるうちに自然に鍛えられていたんでしょう。最近は行けてないけど、昔は大回転の大会にも出たりしていたんですよ。ランニングに関してはね。実は20代の頃から走ってはいたんです。その頃の仕事はタクシーの運転手。時間に余裕があったから、気分転換に体を動かすために、暇を見つけては走っていました。私たちの時代は中学を卒業したら集団就職するのが一般的で、ずっと働きづくめでね。空いた時間があっても特にやることもなかったし、すぐにできることといったら走ることくらいだったから。

30歳で建設業に就いて、35歳の時に独立したところまでは良かったものの、2年目に取引先との関係で大きな不渡りをくらってしまって。それからが大変でした。私はもう倒産するしかないと思っていたんだけど、でも、ありがたい話で、そういう時って周りの人が助けてくれるんですね。私を助けるために優先的に仕事を回してくれる人がいて、それでもう働くしか道がなくなって。それからは働いて、働いて、働いて終わる毎日でした。借金を返し終える頃にはもう60歳。本当仕事していたことしか思い出せない大変な時間です。

その間はもう走るどころではありませんから、でも、今思うとそれはそれで良かったと思ってるんです。毎日仕事を続けなければいけなかったこと、力仕事を続けて体が鍛えられたこと、そのおかげで今楽しく走れてるんだから。自分がよくやったとかではなくてね。応援してくれた人たち、それに、丈夫に育ててくれた親に対して感謝しかないですよ」。

60歳を過ぎてから始めたランニング

「返済を終えて仕事に余裕が生まれたことで、また走りはじめました。もう何年振りかもわからなかったけど、仕事ではないことで、身体を動かせるのがもう楽しくて仕方なかった。でも、すぐに近くの市民マラソンにエントリーして、走ったんですけど、10kmを走りきるのが精一杯。こうなるとね。やっぱりもっと走りたいって言う気持ちが生まれてくるんですよね。毎日走るようになって、10kmを余裕を持って走れるようになった頃、ハーフマラソンの大会に出ようと思って大会を探していたころに、ちょうど第1回の東京マラソンの開催が発表されて、エントリーしたら運よく当選したんです。それが初めてのフルマラソン。69歳でした。

なんとかサブ5でゴールできたし、あんなに応援してくれる人の中を走ると、自分が主役になったような気になって、やっぱり嬉しい気持ちになりますよね。あまりにも楽しい体験だったもんだから、以来全国各地のマラソン大会に出るようになりました。もう40本くらいになるかな。最近は遠くには行けてないですけど、今年も1月の勝田全国マラソンを走りました。コロナウイルスの問題があって、それ以降予定していた大会はキャンセルが続いていますけど、マラソンの年齢別のランキングを見るのは好きだから、年に一本は必ず走るようにしています。負けず嫌いなんですよ(笑)」。

フルマラソン以上の世界へ

フルマラソンを完走すると、月岡さんはさらに長い距離、いわゆる“ウルトラ”の世界へ挑戦するようになる。月岡さんの“ランニングの楽しみ方”の指針は早く走る事ではなく、“できるだけ長く”走ること。表彰されることや褒められることも小さなの喜びとしてあるが、何より自分の体が楽しいと思うことをすることだ。山に囲まれて育ったアイデンティティが引き寄せたか、運命か、ここで月岡さんはロードのウルトラマラソンではなく、トレイルランニングの世界へ足を踏み入れる。

「一緒に東京マラソンに参加した友人から、ウルトラマラソンを走った話を聞かされたんです。フルマラソンより長い距離のレースがあるなんて、当時は思いもしなかったし、すぐには自分が走るなんて考えもしなかったんですが、フルマラソンを走ってももっと走れる感覚はありましたし、フルマラソンより長く走ってられるんだなあと思ってね。私も走りたいと思うようになりました。

でもウルトラマラソンの大会を調べてみると、どの大会も制限時間が14時間くらいなんですね。私にはその制限時間は厳しすぎる。無理だと思って諦めかけていたら、新聞で、日本で初めてのトレイルの100kmを超えるレース(OSJおんたけウルトラトレイル100k)が開催される記事を見つけました。制限時間は20時間。当時はトレイルランがアップダウンがあるレースだなんてことも知らなかったから、20時間もあれば走りきれるだろうと思って、迷うことなくエントリーしました。

結果、見事に完走できたんです。70代なんて私1人だから、年代別で1位になって、テレビにも新聞にも取材されて、それでまた嬉しくなってね。ハセツネ(日本山岳耐久レース)とかOSJが主催してる奥久慈とか安達太良とか、どんどん大会に出るようになりました。長い時間体を動かすのは苦じゃないんです。最初のうちは今日は体が重いと思っても、走っていると体がリラックスして楽になってくる。ランニングはそういうところが面白いですよね。その感覚を味わって『ああ、自分は長い距離が向いてるんだ』と思いました。上りは全然走れないけど、下りが好きでね。スキーで滑って降りるのもいいんだけど、自分の足で走って下れるって、こんなに楽しいことを1日中させてもらえるんだからね。やめられないですよ。

今はもう80も超えましたし、早くは走れないから制限時間に引っかかることもよくあるけど、制限時間がなければいくらでも走れるし、走りたいですよ。それはレースに限ったことではなくてね。ここ5,6年、1月1日に箱根湯本まで走って、箱根駅伝を応援しているんです。僕の家から箱根までは大体110km。ちょうど箱根駅伝と同じくらい。旅をするようなものです。その距離を自分の足で行けるって思っただけで楽しくなります。ほかにも夜通し奥多摩のあたりを走って、明け方に朝陽を見たりしながら、『次はどこへ行こうか』なんて考えて。準備をするのが楽しい。

日本山岳耐久レースの優勝メダルや、井原知一さん主催のT.D.T.完走バックルなど、大切にしている勲章の数々。「このために走ることはないけどね。もらえるとやっぱり嬉しいものですよね」。

私は常に体を動かしていないとダメな性分なので、仕事がなければ、走りに行くか、ジムに行くか。ゆっくりできる日も、1日ゴロゴロすることなんてもう何十年としていません。以前あるイベントで『80歳になったら本気を出します』と言ったんです。しばらく仕事が忙しくて走る時間をとれずにいましたけど、余裕も出てきたから、これから本気を見せていきますよ。100マイルはもう少し速く走れると思ってるし、またシャモニーにも行きたいと思っていますから。CCC(UTMBのレースのひとつ)くらいなら、ポイントも少ないから、まだチャンスはあると思っているんです」。

「もう一度あの舞台には立ってみたい」ちょうど10年前、トレイルランニングの最高峰<UTMB>に参加した際の1枚。前列左から3人目、力強く拳を突き上げているのが月岡さん。

今の世界の状況を受けて

2月の初め、月岡さんがアルペンスキーへ遊びへ行くというので、同行させてもらった。山へ向かう車中では取材では語られなかった、仕事に追われた毎日のことも教えてくれたのだが、月岡さんはどの話も最後には「今が一番楽しいからいいんです」と全部笑い話にする。新型コロナウイルスによるパンデミックが、人々の生活に大きな影響を与えている今日。月岡さんはどのような考えを持って暮らしているのだろうか。

「1年のうち大きく分ければ工場で仕事している時間が半分、もう半分は現場に出て行っての仕事ですが、息子が仕事を引き継いでくれるようになって、現場に出ることはも減りました。新型コロナウイルスの問題もあって、仕事が少し減ってはいますね。良いか悪いかは別にして、自由な時間も増えました。

新型コロナウイルスのことに関しては私がどうこう言ってもね、未来の想像なんてつかないような状況ですから、なるべく気にしないようにしています。なるようにしかならないと思いますから。私の場合は、工場で仕事している分には人と会うこともほとんどないから、余計に気にしすぎることはありません。でも、『自分がかかってはいけない。周りに害を及ぼさない』ということは気をつけて行動していますよ。余計なことはしないで、できることをするだけです。知り得た情報で正しいと思うことは生活に生かしながら、できる範囲でね。もらった仕事を精一杯やって、空いた時間でできるだけ身体を動かしてね。今は近所を20kmくらい走るのが習慣です。

この後いつ事態が収束するかはわかりませんが、毎年もう少し暖かくなってきた時期に春スキー(バックカントリースキー)へ行っているので、今年も2泊か3泊か、行ければいいなと思っています。宿に泊まれるかはわからないから、もしダメなら車中泊ででも。一番は周りに迷惑をかけないことですからね。その心がけは持った上で、ランニングも山遊びも、“普段通りに”と考えています」。

上・中/晴天に恵まれた、昨年秋の鳳凰三山で。下/82歳というのが信じられないほどのスキーの腕前。上級者コースも難なく滑る。

月岡金男

1937年生まれ。長野県出身。60歳で本格的にランニングを始め、69歳の時に初マラソンを完走。その後トレイルランニングと出会い山の魅力に目覚める。現在はレースにはあまり出ず、時間を見つけてはトレイルランニングやアルペンスキー、バックカントリースキーへ山で遊ぶ生活を送る。

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