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時差ぼけが治りにくくなったり、夜中に目が覚めやすくなったり。40代ともなれば体内時計はいち早く錆びつき始め、心身にも不調が現れるように……。体内時計はどうして老化するのか、そして老化を止める手段はあるのか。加齢と体内時計の関わりを探ってみよう。

加齢は体内時計にも様々な影響を及ぼす。よく知られているのは睡眠・覚醒リズムだ。ヒトが齢をとると早寝早起きになるのは、体内時計の老化に伴い生体リズムが実時間より前進するため。そして残念ながら、体内時計の老化は40代から始まっている。時間医学に詳しい大塚邦明教授(東京女子医科大学 東医療センター名誉教授/医学博士)に、老化のシステムを解説してもらおう。

「目から入ってくる光情報は、視覚とは別に光感受性神経節細胞でキャッチされ、体内時計を調節します。光感受性神経節細胞に存在して光の受容を行うのはメラノプシンというタンパク質ですが、身体の中で最も早く老化が始まると言われており、40代から減少し始めます。メラノプシンは青い光に最も反応を示すので、このタンパク質が減少すると体内時計がリセットされにくくなるのです」

そもそも、体内時計の老化は2つの理由によって引き起こされる。1つは、体内時計を司る時計細胞、それに含まれる時計遺伝子そのものが加齢とともに減ってしまうため。それでは時計遺伝子がなくなるとどうなるのか。時計遺伝子を取り除いたマウスとそうでないマウス、それぞれに放射線を浴びせてがん細胞を作る実験では、時計遺伝子のないマウスはそうでないマウスよりがん細胞が作られやすく、がんの進行も早かった。時計遺伝子のないマウスががんになった後、遺伝子操作により時計遺伝子を増やしたところ、なんとがん細胞は消失したという。ヒトの場合も高い確率で同様の結果を示すのではないかと考えられており、現在も時計遺伝子を治療に応用する研究が進められている。

2つ目がメラトニン分泌量の減少だ。メラトニンは思春期前をピークに減少し、70代ではほとんど分泌されなくなる(※)。この2つのことから体内時計が老化し、生体リズムが狂うのだという。

※参照記事:心地いい眠りをもたらす、リラックスタイムの過ごし方

体内時計の老化を防ぐメラトニンとサーチュイン

大塚教授によれば、齢を重ねることを防ぐことはできないが、体内時計の老化を遅らせることはできるという。

「体内時計を老化から守るためにはまず、メラトニン分泌を促すような環境を作ること。朝は太陽の光を浴び、昼間は活動的に動き、夜はブルーライトを避けてリラックスして過ごすこと。そしてもう一つは、『抗老化遺伝子』と呼ばれるサーチュインを活性化することです」

サーチュインは生体リズムを整え、腹時計のリズムを強くすることで免疫力を高め、血管の老化を抑えるという遺伝子だ。サーチュインを活性化させると考えられているのが、ポリフェノールの一種で、チョコレートや赤ワイン、イタドリ(山菜として食べられる多年生植物)に多く含まれるレスベラトロール。活性化されたサーチュインが体内時計の振幅を大きくすることで、加齢に伴う時計遺伝子の減少を補う効果が期待されている。

サーチュインを活性化するもう一つの方法は、食事量を7割程度に抑えること。食事の量を控えめにするとサーチュインの働きは1.5倍近くも活発になるのだとか。

理想は山小屋の生活、規則正しさが運命を変える

とはいえ、私たちの身体の運命を握っているのは遺伝子だけではない。遺伝子解析が飛躍的に進んだ現代においても病気を完全に治したり、防ぐことには成功していないという事実がそれを表している。

「私たちがどう生き、どう老化するかは、遺伝子以外の要因も大きいと考えられています。例えば、赤道で生まれたショウジョウバエを北極圏に持って行く実験では、ハエはすぐに北極のリズムに同調しました。つまり遺伝子の性質だけに規定されることなく、多様性を獲得する仕組みがあるのです」

同様に、私たちの身体の中の時計遺伝子も周辺環境と相互作用しながら様々な生命現象を引き起こしている。老化によって時計遺伝子が減少しても、山小屋で過ごすような規則正しい生活を送ることで生体リズムが整い、健やかな毎日を送ることができる。

高齢者のメラトニン量
高齢者、特にアルツハイマー型の認知症患者はメラトニン分泌量が著しく低いことがわかっている。メラトニンを充填することで認知機能が改善する場合もあり、睡眠障害による脳の機能低下への効果が期待されている。

サーチュイン
マサチューセッツ工科大学のレオナルド・ガレンテ教授が発見した、活性酸素の除去や老化の抑制などに関わる遺伝子。サーチュイン遺伝子による抗老化効果は酵母やショウジョウバエで報告されており、ヒトに対する研究も進められている。

腹時計
腹時計の影響は体内時計よりも強いと言われ、体温や脈拍のリズムですら食事の時刻で変化する。腹時計は体内時計とは別に存在することはわかっているが、その正体は未だ謎に包まれたまま。衰弱した病人に栄養を補給する際、経管栄養(胃と腸を介して栄養物を投与する方法)ではサーカディアンリズムが現れるが、点滴栄養に変わるとこのリズムが消えてしまうことから、小腸の前半部分にあたる空腸にサーカディアンリズムを作り出すセンサーの役割があると考えられている。

※2016/4/15発売「mark06 理想の24時間」転載記事