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“異色のセカンドキャリア”と言って間違いないだろう。浦和レッズ一筋16年、日本代表としてオシムジャパンでは“水を運ぶ人”として活躍した鈴木啓太。引退後、解説者としての姿を見てきたサッカーファンにとっては、いずれサッカーに直接携わると予想していた人が多いはず。しかし鈴木はその、すでにあるレールに乗ることを選ばなかった。引退した2016年1月の引退に先駆けて、AuBを設立。かねてから構想していた腸内細菌研究の道へ足を踏み入れる。なぜ腸内細菌の研究だったのか?その背景には2つのルーツがあった。

母親の教え

「母親が調理師で、子供の頃から『腸が大事』『便を見なさい』と言われて育ちました。具体的な話はなかったんですが、今考えると“食べる物が人を形成する”、“口に何を入れるかがとにかく大事”というようなことを日常で植え付けられていたように思います。お菓子を食べるなんて記憶には数える程度。

おやつに出されていたものは、納豆とか海苔とか梅干しとか小魚、あとは枝豆とか。極力自然に育てられたものを食べる生活でした。サプリメントを取り入れるようになったのも当時では早い方だと思うんですが、高校生の頃。実際に食事によって、自分の身体に変化があったかなんて子どもの頃は考えもしなかったですし、わからないですが、『スポーツ選手は鉄分が欠けてはいけない』とか、母親が“ちゃんとした食事”を考えて出してくれていたっていうのは多分にあると思うので、中学生や高校生の頃には自分からそういうチョイスをするようになっていましたね。

子どもの頃に食べた味ってやっぱり残るんですよね。そこでしっかりした食生活をしていれば、後々大人になってから選ぶものも周りと比べて大きく違うようになるんだと思います。母親はそれを分かっていて、舌を使って勉強させてくれていた気がしています。

でも、プロに入るまでそこまで気を使っていたわけではありません。少し話は変わりますが、25歳になるときに、一時期豆乳が身体にいいという話があって、自分も摂るようにしたんですが、飲むと喉が痒くなる症状が出ることに気づいて。自分にもアレルギーがあるんだなと。食事で失敗したことといえばそれくらいなんですが、そのあたりからより自分の身体の細かい変化に目を向けるようになりました。

そんな経験もあり、現役時代に心がけていたのはバランスよく栄養を摂ること。それから自分の身体にあったものを摂ること。5大栄養素であり、よく言われる30品目を、一度の食事でたくさんの食材を食べる。それから冷たいものは積極的には食べない。そして自分の身体が喜ぶものを食べること。

今、〇〇アレルギーとかグルテンフリーとかよく言われてますけど、これまで食に目を向け続けてきて、人それぞれに、合う食べ物、合わない食べ物があることがわかりました。僕は幸運なことに食に意識を向けた生活が自然と身についていた。そのおかげで長く現役生活を送ることができたと思っています」。

きっかけはアテネ五輪アジア最終予選

2004年3月に行われたアテネ五輪アジア最終予選UAEラウンド、同じグループのライバルであるUAEとの対戦直前、当時の日本代表メンバーのほとんどが下痢症状に見舞われて体調不良で苦しみ本来のパフォーマンスを発揮できないなか、鈴木は問題なくプレー。天王山と目された試合で力を発揮している。母親の教えとともに、鈴木にとってこの時の経験が現在の事業を始めるきっかけとなっている。

「いくらスキルを磨いたところで、試合でパフォーマンスを出せなかったら意味がないと思ったんです」。

鈴木のキャリアは“光”と“影”の連続だ。アスリートは皆そうといってしまえばそれまでだが、そのコントラストは他者と比べても色濃い。

アテネ五輪予選ではキャプテンを任されながら、本大会では選考漏れ。それでも2007年、AFCチャンピオンズリーグに優勝し、FIFAクラブワールドカップでも3位になり、日本代表にも選出され、当時の日本代表の監督、イビチャ・オシムによって日本代表のキープレイヤーに。冒頭でも述べたように“水を運ぶ人”としてチームのキーマンとして評価される。

しかし、その激しい運動量でチームに貢献するプレースタイルをクラブと代表両方で続けるのは容易ではなく、2010年のワールドカップまでの道のりの間に、体調を崩し徐々に代表から遠ざかる。そして不整脈の発覚。引退を決意する。

体調コントロールがいかに大事か。年を追うごとにその思いを強くするキャリアだった。

この道は社会課題の解決、サポートにつながる

「引退をするシーズンの前年に不整脈が見つかりました。プレイするのがなかなか難しくなった。それでも1年続けるんですが、その間にサッカー関係者に関わらず様々な人と話す機会があったんです。

その中で便を調べている方とお会いする機会を得ました。僕が現役時代に行っていたのは“お腹の状態を整える”くらいのレベルの話。その方から腸内細菌を調べる話をお聞きし、直感的に“アスリートの腸内細菌を調べたら何か面白い発見があるのでは?”と思ったんです。ビジネスをやりたいなという思いは現役時代からありましたし、現役を退いたらどういう形であれ、スポーツ界に貢献したいと思っていました。ただ、自分が腸内細菌の研究をするとは想像すらしていなかったですね。

AuBは何か明確な道筋があってスタートしたわけでもありません。ただ、根拠はありませんが、この研究の先に必ず面白い発見があるという自信がありました。それに、これは社会課題の解決、サポートにつながるんじゃないかという思いもあった。考えを膨らませていくうちに、アスリートに限ったことではなく、一般の人のためにも役に立つ発見を得られると思ったんです。世の中に意味のあることができるんじゃないかと」。

“アスリート菌”は必ずあると信じて

引退した2015年から昨年までの4年間で、鈴木はサッカーやラグビーなど27の競技、500人以上のアスリートから1000を超える便サンプルを受け取り、アスリートと一般の人の腸内環境に、どのような違いがあるか、大学や専門機関とともに研究を開始する。その狙いは一般の人にはない菌がアスリートには必ずあるという仮定を立証するためだ。

「アスリートは体が資本。人にもよりますが、一般の人に比べると何倍もコンディションに気をつけて暮らしています。僕に限らず、アスリートの多くは食事にも気を使っている。“アスリート菌”は必ずあると思ったんです。アスリートを対象にしたエビデンスを集めることで、それが将来有益なデータベースになり得ると強く感じました。腸内環境を可視化、数値化すれば、それはきっとアスリートの体調管理、パフォーマンス向上に役立つはずだと。

そもそも腸内細菌の研究は一般的には病気の人と一般の人を比べて、『この菌の量は変わらないけど、こっちの菌が少ない』というような、ネガティブな要素を確認するための発見が多いものなんですね。逆に我々がしている研究はポジティブな発見をするものです。例えばこのアスリートは疲れにくいとか、疲労が溜まらないとか。怪我の治りが早い人、筋肉がつきやすい食生活を送って運動をしてしっかり筋肉がついている人。逆に同じ食生活送らせても筋肉が全然つかない人もいます。また別のケースで言えば、鉄分を摂取してもなかなか血中の鉄分が上がる人となかなか上がらない人がいたり。

見えてきたアスリートの腸内環境

今では特に『筋肉をつけたい』とか、『持久力をつけたい』とか、アスリート別の研究を中心にしているんですけど、研究を進めていくと、アスリートの中でも身体的な特徴のある人、能力の高い人の腸内がどのようになっているか、少しずつその特徴が見えてきました。

ただ最初からこうしたアスリートに寄った研究をしていたわけではありません。当初は普通の人とアスリートがどう違うか、幅広い視野でデータの比較をしていました。そこで最も特徴的な違いだったのが酪酸菌の量だったんです。アスリートの方が酪酸菌が格段に多いことがわかりました。その量は一般の人に比べてだいたい二倍くらい。

酪酸菌が果たす役割としては、便通が良くなるとか、免疫力に関係した働きをしているとか、他の病原菌を入りにくくするというような働きをしているなどさまざまで、誰にとっても数が多いほうがいいもの。

そしてもうひとつ、アスリートの腸内を研究していて見えてきた特徴が菌の種類の多さでした。だいたいひとりのお腹の中に重さにすると1.5kgから2kgの菌がいると言われているんです。その数は100兆個とか500兆個とも言われていて、種類も何兆個といる。逆に病気の人は菌の種類が少ない。

『酪酸菌は多いほうがいい』『菌は多種類持っていた方がいい』、それが我々が出した結論です。

筋力、持久力、メンタルコントロール、コンディショニング、アスリートにはそれぞれの目的があるけれども、まずは腸内環境を整える為、酪酸菌であり菌の多様性を増やすこと。それが我々の目指すべき指針となりました。

そこでサプリ(AuB BASE)の開発の話です。僕はサプリ屋さんになりたかったわけではなく、アスリートのサポートをするためには、きちんと自分たちで研究をして、何か成果として形にできるまでは、商品は作らないと決めていました。協力してくれるアスリートにはそのフィードバックを渡すこと、可能な限り食事での改善のアドバイスをしてやってきたんですが、食事だけで改善できないアスリートがいました。ある時、酪酸菌が少なくて身体に筋肉がつきにくいデータが何人かのアスリートから見えてきて。彼らから『何か補えるものはないですか?』って聞かれたんです。AuB BASEを作ったのはそんな選手達の声が大きかった」。

オリンピック金メダリストをはじめとする500人以上のアスリートの腸内環境(腸内細菌やその群である腸内フローラ)の研究から生まれたAuB BASE。腸内フローラをサポートする酪酸菌が3粒で3000万個摂れる。90粒入り。

全てのスポーツの“水を運ぶ人”へ

「AuB BASE」は鈴木が研究開発メンバーとともに“アスリート菌ミックス”と銘打った腸内細菌素材を開発し、その素材を基にしたもの。アスリートに限らず一般の人にとっても腸内環境をアスリート並みに良くしてくれる、プレバイオティクスとプロバイオティクスのバランスを研究し尽くしたサプリメント。気になるのは今後。また新しい製品を開発するのか、それとも何かまた違った研究を続けるのか。

「腸内に菌が増えることによって便通もよくなりますし、様々な病気に感染しにくくなります。人によっては花粉症がだいぶ抑えられたり、免疫力が上がります。免疫力は過剰に強くすればいいというものではないのですが、菌が多いことで過剰に働いてる状態を抑制する効果もあります。AuB BASEはおおよそ腸にいいものは全部詰め込みました。ようやくひとつ形にすることができました。

多くの方に協力していただきここまでこれたわけですが、またプロダクトになるのか、次はサービスになるかもしれません。

我々の主はやっぱりアスリートたち。『日本代表になりたい』『オリンピックで金メダルをとりたい』『世界一を獲りたい』と思って日々トレーニングしている人を支えたい。繰り返しになりますが、いくらスキルを磨いても、試合当日に自身のベストパフォーマンスを出せなかったら意味がありません。その助けとなることをしたい。

それと同じように、我々はアスリートという特殊な人たちの身体の研究を通して、全ての人たちの生活の導線に入っていきたいと考えています。応援する側の人の健康、地域の人たちの健康、もしくは自分のお父さんお母さんの健康、次世代アスリートのため、子どもたちのためになることをしたい。アスリートの人たちのやってきたことを、僕らは形にする、で、社会に貢献できるような物を作るっていう、そういうイメージなんで、AuBが主語にはならないですよね。やっぱりアスリートっていうものが主語であるべきだなって思ってますね。

誰しもが、“勝負の日”にベストパフォーマンスを出したいですよね。身体的な能力じゃなくても、例えば営業職の方が大事な商談に日に、徹夜明けのやつれたコンディションの悪い状態で行くのと、体調が整った状態、自分の体にストレスを感じない状態で迎えるのでは、パフォーマンスは違うと思うんです。大事な日にこそハイパフォーマンスを出せたら気持ちいいじゃないですか。

コンディショニングって大事なこと。AuB BASEを飲んですぐに身体が劇的に変わることはありません。でも菌を増やすことが良いことなのは間違いないこと。腸内環境を良い状態に保つことを多くの人に意識してもらいたい。

現役の頃に一度、無観客試合を経験しました。お客さんがいなければプレーする意味ってないんですよね。スポーツの何が良いかと言われれば、誰かが誰かのために生きていること。その感情によって、みんな熱くなれる。その輪の中にいるためにはやっぱり健康であることがいちばんなんですよ。みんなが健康でいられるように、僕らはそのためにできることをしていきたいですね。

鈴木啓太

元プロフットボールプレイヤー。現役時代は16年間、浦和レッズ一筋。06年、07年には日本年間最優秀選手に選出され、日本代表としても活躍。引退の前年に、AuB(株)を設立。腸内細菌研究のベンチャーとして始動。2019年にサプリメント『AuB BASE』を発表。今年から読売ジャイアンツの栄養サポートをするほか、現在は京セラ、京都サンガF.C.とともに腸内フローラに関する共同研究も開始。

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