fbpx

1枚のデザイン画と“コロンコロン”
デザインチーム、開発チームの“エナジーセービングファミリー”

“エナジーセービングファミリー”を実際に現場で開発、デザインに当たったメンバーは創作の過程をどのように感じていたのか。原野さんに話を伺った後、構造設計をリードした阪口正律さんを中心に5人の話を聞くことができた。当時のことを阪口さんはこう振り返る。

「まず走ることと人間の身体の動きに対する概念を一度捨て去って、ゼロから見直しました。それから、脚のどの部位がもっともエネルギーを消費するのか。大腿四頭筋なのかハムストリングスなのか、ふくらはぎなのか。本来私たちは本社開発チームとは別の軸で動いているのですが、〈METARIDE〉プロジェクトは本社チームとの共同開発。お互いにリサーチを重ねる中で、膝、股関節以上に足関節が最も負担がかかる部位であること、また、足関節を必要以上に動かさなければ、エネルギーロスを大幅に減らせることがわかりました。

その答えはいかなる造形なのか、そこからシューズの開発に移るのですが、この点に関しても既成概念を一度壊して考えました。“靴”って聞いて、当たり前になってるイメージがありますよね。それも一度ゼロから考えようと。それから、8つの機能はもちろん必要な要素なのですが、それとは違う視点、靴がなければできない動き、靴によって人の動きがより効率的になる動き方、それはどういった動き方なのか、“靴”にするためにはどんな構造で、どういう形でなければいけないのか、そのあたりを突き詰めることから取り掛かっています。

このシューズには7回テスティングステージがありました。2ヶ月に一度のペースで改良を重ねた事になります。そのテスティングスパンは通常のシューズ開発の倍以上の速さです。テストを繰り返しながら、答えが少しずつ見えてきました。身体が自然と前へ前へと進むシューズ、“エナジーセービングファミリー”の特徴でもあるつま先が反り上がる形状にたどり着きました。計算上は何度も『これでいける』と思っていたのですが、実際はテスティングから見えた課題に対する改善の繰り返し。様々の機能とのバランスを取りながら、何度も計算し直して、完成へ近づけていきました」。

(上)〈METARIDE〉開発の舵を取ったフットウエア機能研究部フットウエア機能開発チームの阪口正律さん。〈GEL-KAYANO〉のアッパーにロッキンチェアー状のソールをつけたもの(中)や、前足部にボリュームをもたせたもの、ヒール部分に大きくボリュームを持たせたものなど「既成概念を壊して考えた」サンプルが資料として残されている。

〈METARIDE〉のデザインを担当した西村裕彰さんはこう回想する。

「『今までを壊すようなものがつくりたい』。それが出発点でした。ISSの研究とは当初は別々で進んでいて、一度ISSのチームと情報を共有し合う場があり、そこで『意外と同じことを考えているね』という話になって、タスクフォースで業務を進める形になりました。まず僕が考えたのは、日本のランニングシーンにはまだ辛いイメージを持っている人が多いということ。僕は自転車に乗るんですが、自転車であれば思っている以上に遠くへ行ける、早く走れる、その感覚が楽しい。そのイメージをシューズに落とし込むことを考えました。

今回は他部署の人間が集まって1つのものをつくるタスクだったので、共通言語があった方がいいだろうと、僕が描いたわけではないですが、3Dのデザイン画、ヴィジョンとなるモデルを作り、みんなの見える場所において目指すべきゴールを共有して進めました。“コロンコロン”という擬音もそう。ロッキングチェアのような滑らかな感覚を、何か共通言語があった方がイメージが掻き立てられるであろうと、よく使うようにしました。ヴィジョンとなるモデルは特に軽量化のヒントになったり、そもそものシルエットのヒントにもなったので、つくって良かったと思っています」。

(上)本社のパフォーマンスランニングフットウエア統括部デザイン部に所属し、デザインチームをリードした西村裕彰さん(左)と、〈EVORIDE〉のデザインに携わった北本桂士さん(右)。(中・下)アシックス史に残る名作となった〈METARIDE〉の道しるべとなった足とロッキンチェアを組み合わせたイメージの模型と3Dで起こしたデザイン画。実際に〈METARIDE〉を体感すると、ここからブレずに形になったことがよく分かる。

〈GLIDERIDE〉の開発チームとして、また〈EVORIDE〉のデザインチーム、開発チームとしてそれぞれ携わった石指智規さん、北本桂士さん、立野謙太さんは〈METARIDE〉との比較を交えつつ、それぞれのモデルの魅力を以下のように表現する。

「〈METARIDE〉はすべて新しい視点からつくったシューズ。履き心地もこれまでのシューズとはまったく違います。初めて履いた人にとって違和感を感じるくらい違うもの。しかしそれが魅力であり、それは受け入れられたと思っています。〈GLIDERIDE〉はその違和感を取っていく、感覚的な部分を追求して、多くの人が履けるシューズとして打ち出したモデルです」。(石指)

「総合的に〈METARIDE〉〈GLIDERIDE〉を踏襲しながら、〈EVORIDE〉は軽さにフォーカスしたモデルです。先の2モデルのようにソールを2層構造にすると、クッション性は向上するが、重たくなる。軽量化を追い求めながら、コンセプトである“コロンコロン”は〈METARIDE〉〈GLIDERIDE〉からしっかりと受け継いでいます」。(立野)

「お客様の捉え方はさまざまだと思うんです。〈EVORIDE〉は〈GUIDESOLE〉の特徴“コロンコロン”を表現しつつ、“LIGHT WEIGHT CUSHION”をキーワードに開発したモデルです。〈METARIDE〉〈GLIDERIDE〉より軽量で、かつクッションを備えていながら、安価(¥11,000)で、エナジーセービングファミリーの感覚を手軽に味わってもらうことができます。(北本)

共に本社に所属し、〈GLIDERIDE〉の開発に携わった石指智規さん(上)と、〈EVORIDE〉の開発に携わった立野謙太さん。(下)左から〈METARIDE〉〈GLIDERIDE〉〈EVORIDE〉。つま先に向けての反り上がりが共通する3作。同じカラーということもあってよく似て見える。が、実際に履くとそれぞれまったく異なる感触を得られる。

3モデルを履き比べると〈METARIDE〉はやはり他の2モデルに比べ断然ソールの厚みを感じ、一瞬走り出すのを躊躇するほど、高いところに立った感覚を覚える。しかし、走り始めると〈GUIDESOLE〉がブレを抑えてくれるのか、まっすぐ足が出る。大げさに言えばテーピングで固定されたような感覚だ。重さはやはり感じるが、スピードを出すというよりはゆっくり走る長く走ることを徹底的に研究した結果が見えるシューズだ。特徴が最も出ている。

〈GLIDERIDE〉は〈METARIDE〉に比べると俄然軽く、クッションはより効いている印象。歩くこと、立っているだけでも“コロンコロン”を感じられるのが〈METARIDE〉なら、より“走る”の点で楽しさを探したシューズが〈GlIDERIDE〉と言えるだろう。走行の安定性は〈METARIDE〉同様に高く、ある程度スピードを上げたトレーニングでも違和感なく走ることができる。

〈EVORIDE〉は“コロンコロン”を残した上で、余分を限りなく削ぎ落としたシューズ。レース用、スピードトレーニング用として考えるのがいいだろう。ただ〈METARIDE〉〈GLIDERIDE〉同様、普段履きとしても楽しい感覚は味わえるシューズだ。

次のページ アシックスが描く未来図