東京マラソンに合わせたポップアップストアをオープン予定だったTracksmithが、来日をキャンセルした。代わりにオンラインのみで販売される「東京コレクション」の売り上げの20%を、非営利団体Direct Reliefに寄付しコロナウィルス対策をサポートするという。来日を前にしたブランドへの独占インタビューとともに、Tracksmithとは何者なのかを解き明かす。
アメリカ、ボストン発のランニングアパレルブランドTracksmith(トラックスミス)。アパレルを始めとしたデザイン性の高さや、ドキュメンタリーを主とした美しいビジュアルによるストーリーテリングで独自の立ち位置にあるブランドだ。日本でも高感度なランナーが着用しているものの、英語webサイトによる直販のみという販売形態もありその認知度は高いとは言えない。
そんなTracksmithが、2020年の東京マラソンに合わせてポップアップストアを東京都内にオープンすることを発表。ブランドとして初の来日を控え、日本のランナーとの対面を心待ちにするCEOのマット・テイラー氏に、Tracksmithとは何者なのか、電話インタビューを行った。
既報の通り、東京マラソンは市民ランナーの部が開催キャンセルとなったため、市民ランナー向けのサービスを予定していた(後述)Tracksmithは来日とポップアップストアのオープンを取り止めた。東京マラソンに合わせた限定の「東京コレクション」はオンラインのみでの販売となり、その売り上げの20%を、非営利団体Direct Reliefに寄付し、コロナウィルス対策に従事する医療関係者をサポートするという。対岸の火事としてではなく、来日予定だった日本とブランドとして積極的に働きかける姿勢には頭が下がる。
Tracksmithは、「2021年に東京でポップアップができることを心待ちにしています。そしてレースキャンセルによって今年の目標が無くなってしまったランナーに幸あることを。無駄になるトレーニングなんてありません」とメッセージを発している。
上記のような姿勢もTracksmithがインディペンデントなブランドであることを示している。彼らが何を志し、日本のランニングをどう考えていたのか、インタビューをお届けする。
OYM:今はTracksmithの本拠地であるボストンにいるのですか?
テイラー:そう、今はボストン。先日まで春のコレクション撮影でアリゾナにいたんだけどちょうど帰ってきたところだよ。
OYM:Tracksmithはいつ始まったのですか?
テイラー:ブランドをスタートしたのは2014年の9月。だからもう5年と半年が経過したことになるね。
OYM:なぜ、Tracksmithというブランドを始めたのでしょうか。
テイラー:「私は人生をずっとランナーとして過ごしてきた。高校、大学そして大学を卒業してもね。スポーツマーケティングの仕事に就いて、あらゆるスポーツのビッグイベントで、大きな自動車企業のようなスポンサーと仕事をするようになった。そうやって仕事を積み重ねて行くうちに、ランニングにフォーカスしたいと思い始めたんだ。それこそが、私の情熱の源だったし、いち消費者としても、何がベストなものかわかっていたから。
Tracksmithの前にいくつかの新規プロジェクトを経験したことは役に立っていると思う。そこでストーリーテリングの重要さに触れた。それはウェブを中心に、短いドキュメンタリーの形式ストーリーを語るというもので、題材はアメリカの大学クロスカントリーだった。それから、ケニアの優れたマラソンランナーとのプロジェクトもあった。ケニアの高地イテンでアスリートと共に暮らし、アメリカのレース前にはボルダーで合宿をしたりね。その時私はプーマで働いていて、ランニングとトレーニングのブランドマーケティング部門にいた。自分の個人的な関心と経験とが、ビジネス上の関心と経験に緊密に結びついていたことになるね。
そんなだったから、ずっと自分の会社を始めたいと思っていた。ただアパレルやフットウェア、アクセサリーだけではなくメディアとテクノロジーを含んだビジネスだ。そうやって考えいくうちに、Tracksmithというブランドのヴィジョンが形になったんだ。まずはメンズアパレルでブランドをローンチし、その10ヶ月後にはウィメンズアパレルを発表した。ぜひ知っておいてもらいたいけど、今では売り上げの内訳男女比はほぼ50:50というところまできている。こんな風に、自分がランニングにおける消費者でありアスリートであり、またビジネス上の経験と知識があったことが、いまのブランドを作っていると言えるね」
OYM:Tracksmithのような、ビジュアルを重視したストーリーテリングを介して、ランニングそのものをプロモートするようなブランドはアメリカにすでに存在したのでしょうか?
テイラー:「いや、全く無かったんだ。そして今質問してくれたことこそが私にとってメインの関心事だった。いち消費者として他の色んなスポーツブランドにそういったものが感じられず、響くものはなかったね。子供の頃は、いろんなスポーツをやった。ナイキやアディダスといったブランドは、ただスポーツという意味ではその頃がピークだったと私は思う。アスレチック、トラック&フィールドという競技においても。
時代を遡ると、アメリカのトラック&フィールドはこうしたブランドが主役で、ある種の気高さがあった。だけどそれ以降、90年代と2000年代初頭に至って変動が起こった。ブルックスやサッカニー、アシックスといったブランドが90年代に成長するにつれ、ナイキのような大きなブランドは、より多くのお客さんにアピールするための拡大路線を取り始めざるを得なかったのだと思う。私がスポーツの魅力の大いに感じていた『コアなランニング』より、『健康』『よく生きること』にフォーカスが当てられるようになった。届けるべきメッセージは薄まり始めた。
だからこそ、そこにチャンスがあると感じたんだ。私たちは良質のマテリアルや生地を用いて素晴らしい製品を作っているけれども、プロダクトの側面はそこまで必須ではない。メッセージが重要だと考えた。低水準のビジュアルやストーリーで紹介されるスポーツをみるにつけ、そこに文化的な何かをもたらせると考えたんだ。だから写真やストーリー、フィルムそして製品のデザインにその考えが反映されていると思う。大手とは違ったやり方で、スポーツを気高いものにし、人々にアピールすることはできるんだ」