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国立障害者リハビリテーションセンター研究所運動機能系障害研究部分子病態研究室と東京大学などとの共同研究グループが発表した研究結果に注目が集まっています。軽いジョギング程度の運動中に頭部に伝わる適度な衝撃が健康維持・増進効果に重要である可能性を示すというものです。

そもそもこの研究が行われた背景は超高齢化社会において、加齢性の疾患・障害や生活習慣病に「適度な運動」が有効であることが示される中、その「適度」が定義されていないということや、有効とされる有酸素運動の本質が身体機能の維持・改善において本当に有益なものなのか、などといった疑問を呈したことから端を発しています。

そこで研究チームは運動による脳機能調節効果における運動の本質の少なくとも一部が、運動時(具体的には足の着地時)に頭部に加わる力(衝撃)であることを明らかにし、それによる脳内の組織液の流動による神経細胞の機能変化を個体レベルおよび分子・細胞レベルで検証しました。

注目の研究内容のポイントは

まず、軽いジョギング程度の運動を1日30分間、1週間続けたマウスでは前頭前皮質※1(大脳皮質の一部)において高用量のセロトニン※2により誘導される幻覚反応が抑制されたということです。

ちなみに、ジョギング程度の軽い運動をしている動物(マウス、ラット)では、前足が着地する毎に頭部に約1Gの衝撃が加わっていることもわかりました。また、今回の実験で人間においても、軽いジョギング程度の運動中は、足の着地時に頭部に約1Gの上向きの衝撃(加速度)が加わることが確認されています。

それを踏まえ、麻酔したラットの頭部を1Gの衝撃がリズミカルに加わるように、毎秒2回上下動させると(これを受動的頭部上下動と名付けた)、脳内の組織液(間質液※3)が秒速約1 ミクロンで主に前後方向に流れ、これを1日30 分間・1週間続けると、1週間運動を続けたマウスと同じく、前頭前皮質におけるセロトニン誘導性の幻覚反応が抑制されたということ。

1日30分間・1週間の運動を続けたマウスと、1日30分間・1週間の受動的頭部上下動を与えたマウスでは、幻覚反応に関係する前頭前皮質の神経細胞におけるセロトニン2A受容体※4が細胞表面から細胞内部に移動(内在化※4)しており、セロトニンに対する応答性が低下するという結果になりました。

脳への衝撃

脳への衝撃

今回の研究結果の意義は運動の脳機能調節効果の背景となるメカニズムの発見という点です。

運動により頭部に適度な“衝撃”を与えることが、脳、さらには身体の健康維持に役にたつ可能性が考えられるようになり、「適度な運動」で生じる組織液の流動を意図的に操作・調節することが脳機能低下さらには全身の臓器の機能低下の治療・予防法の開発につながることも期待されます。

<用語解説>
※1 前頭前皮質:大脳皮質の一部であり、大脳の前方部に存在し、前頭前野、前頭連合野とも呼ばれる。反応抑制、行動の切替え、計画、推論などの認知・実行機能や、情動・動機づけ機能とそれに基づく意思決定過程を担い、さらに社会的行動・葛藤の解決や報酬に基づく選択など、多彩な機能に関係しているので、脳の最高中枢であると考えられている。

※2 セロトニン:必須アミノ酸であるトリプトファンから生体内で生成される生理活性物質。血管の緊張を調節する物質として発見されたが、脳内セロトニンは、生体リズム・神経内分泌・睡眠・体温調節などの生理機能と、気分障害・統合失調症・薬物依存などの病態に関与しているほか、感情的な情報のコントロールや精神の安定にも関与している。

※3 間質液:組織・臓器の実質以外の部分は間質、間質に存在する体液(組織液)は間質液と呼ばれる。間質液は、細胞外液のうち血管内を流れる血液とリンパ管の中を流れるリンパ液を除く液体であり、量は血液の4倍を占め、細胞外液としては圧倒的に最大量である。

※4 受容体および受容体内在化:受容体(レセプター)とは、細胞外に存在する(あるいは細胞外に供給される)様々なシグナル分子(神経伝達物質、ホルモン、種々の生理活性物質等)と選択的に結合し、そのシグナルを伝達するタンパク質で、細胞に存在する。細胞の表面(細胞膜)に存在するものが多いが、細胞内(細胞質あるいは核内)に存在するものもある。細胞の表面でシグナル分子と結合する受容体の場合、細胞内に移動、すなわち内在化するとシグナル分子と結合できなくなるので、そのシグナルを伝えることもできなくなる。セロトニンには数種類の受容体が存在しており、セロトニン2A受容体はその一つ。内在化したセロトニン2A受容体は細胞外にセロトニンが存在してもそのシグナルを伝えることはできない。

国立障害者リハビリテーションセンターによるプレスリリース
http://www.rehab.go.jp/hodo/japanese/news_2019/news2019-03.pdf

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