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前回までのあらすじ】
太りはじめた僕は近所の区営ジムで筋トレをはじめる。そこで小太りの係員さんにダンベルの使い方を訊ねた。すると「あなたの筋肉の目的はなんですか?」と訊ね返された。そう、おじさんは小太りではなくマッチョだったのだ。マッチョおじさんに誘われ、僕は筋肉の講座を受けることになった。

これまでの記事
ギブ・ミー・マッスル EPISODE01 マッチョのおじさんに筋肉の意味を問われた

マッチョおじさんの筋肉話がノンストップ

ジムの入り口近くに机と椅子があった。ジム初日に設備の説明された記憶がある。マッチョおじさんは佐竹さん(仮名)という方で、週に2度この施設でバイトをしているとのことだった。佐竹さんは僕に筋肉について語りはじめた。

「皆さん、ひとくちに筋肉を鍛えたいとおっしゃいます。しかし、例えば肩の筋肉を私たち(マッチョ)は三角筋と呼ぶのですが、その三角筋にも前部、中部、後部と別れているんです。ですから、部位ごとに鍛える必要があるんですね。そして、その三角筋は胸に、広背筋にと関わり合っているんですよ……」と、筋肉話が止まらない。僕は「ダンベルの使い方」を聞いただけなのだけど、どうして筋肉の話を延々と聞いているんだろう。うんうんと頷きながら会話のリズムを変え、質問を挟んでいく。そう、僕はトレーニングに対して疑問がたくさんあったのだ。

「何時間くらいトレーニングをすればいいんですか?」

「長くやれば良いってありません。1時間以内で充分です」

「頻度はどんな感じですか?」

「週に1~2回がいいでしょうね」

「負荷はどう設定すればいいですか?」

「8RMか、私は5ですね」

「アールエムってなんですか?」

「えーっと、レペ……ティションマキシマムですね。つまり、もう8回で無理!って負荷が8RMです。私は5RMでやることも多いです。低負荷で延々やっている人がいますが、私に言わせればあれは無酸素運動の器具を使った有酸素運動です。意味がありません。高負荷できちんと休息を挟んで3セットですね」

一方的な筋肉スピーチが徐々にキャッチボールになってきた。佐竹さんの知識は筋肉の宝箱のようだった。

「で、僕はなにをやればいいんでしょうね」

佐竹さんの目が一瞬するどくなった。……話が飛躍しすぎたかな。

「まだ筋肉の目的を聞いてませんでしたね」

そうだ。僕の「筋肉の目的」を訊ねられていたんだ。僕は体重が増えてきたことや腰痛があったことなどを話した。ふんふんと佐竹さんはうなずく。

「体幹と大きな筋肉を付けてみるのはどうでしょう」と佐竹さんは言う。

「大きな筋肉ですか」

マッチョのおじさんが僕のメンターになった

佐竹さんは『トレーニング記録表』という紙を渡してくれた。マシン名が書かれ、その横に回数などを記録するようになっていた。

「全部する必要はないんです」。佐竹さんはチェストプレス、フライリアデルト、チンディップ、オーバーヘッドプレス、ロウと書かれた所に印を付け、肩後、広背、肩前、胸などと「マシンを使う目的」を書き添えてくれた。ほんとだ、この人「肩前」って分けて考えているんだな。時計を見ると、佐竹さんは20分ほどの筋肉の話しをしていた。

「じゃ、実際にやってみましょうか」と僕をチェストプレスマシンに誘う。これはバーを前に押すことで重りが上がりってチェスト(胸部)を鍛えるマシンだ。

「チェストプレスでは胸板を厚く逞しくすることができます。男は胸ですよ!」。佐竹さんのギアが少し変わった気がした。

「深く座って。そう、いいですよ。じゃ、胸を張りましょうか。もっと、もっと張りましょう。背中にアーチを作ってください。いいですよ。はい、そこでバーを押し出す。押し出しきると、負荷が逃げるので、ずっと負荷がある状態で。ゆっくり押し出し、ゆっくり戻す。はい、1回。2回目行きますよ~!」。佐竹さんのギアがどんどん上がっていく。

なんなんだ。同じマシンを使っていたのに負荷が全然違う。佐竹さんの言うとおりにすると、ずっと負荷がかかった状態でマシンを動かすことができた。回数を重ねるごとに、マシンの重みが増していく気がする。それに、これまでは「腕」でバーを押していたのだけれど、佐竹さんの指示する姿勢で押すと「胸筋」に効く。8RM+1分の休憩を3セットで胸がパンパンになった。これが、チェストプレスの真骨頂か。いままで、腕にしか効いてなかったな。

「すごいですね! 全然違う」。僕は感嘆の声を上げた。佐竹さんも嬉しくなったのか、次々と僕にマシンの使い方を教えてくれる。佐竹さんが推薦してくれたマシンを一通りこなした後は、いつもと違う自分になった気になった(なるわけないんだけど)。

ジムを出るとき、佐竹さんは満面の笑みで僕を送り出してくれた。出口で僕たちは立ち話をした。

「また声をかけてください。本当は、ここは教えちゃだめなんだけどね」と佐竹さんが笑う。

「ありがとうございます」

「あと、他のスタッフに聞いても無駄ですから」

「へ?」

「こいつら筋肉のこと全くわかってませんから、無駄ですよ」

「へ?」

「YouTubeを見てください。とにかくでっかい男たちのYouTubeを見てください! でっかい男のトレーニング方法は素人のアドバイスの何倍も効果があります。あはははは!」。

高らかに笑う佐竹さん。その背後にはほかのスタッフたちが無表情で立っていた。佐竹さん、筋肉を愛するが故に人付き合いは苦手と見た。他のスタッフとうまくいってないな……。

しかし、彼は僕の筋トレのメンター(指導者)だ。そして、間違いなく筋肉の賢者だ。佐竹さんのおかげで、気持ちが停滞していたジム通いも楽しくなる予感がしてきた。