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レースプランと実際のレース展開、レースにおけるマフェトンの効果

「レースが終わってからしばらく経ちますが、どうしてこれだけの結果を得ることができたのか、いまだにうまく解釈できていないんです」。

初100mileレースは必ずといっていいほどトラブルが起きる。エネルギーの補給、疲労のケア、体温調節、ウェアリング……。大したことないと踏んで放置していた傷が、気付けば取り返しのつかない傷となり、DNFへとつながる。トップランナーですら初100mileでは安定したパフォーマンスをキープし続けることは希だ。4ヶ月間、思い描いた通りに準備ができたとはいえ、レースでも同じように、思い描いた通りの展開で進めることができるのか。「エアロビック心拍数を守って走れば、ガクッと落ちることはない」。実際のレースではどうだったのか。

「順位は別として、ターゲットタイムは23時間でした。前年のリザルトを見て、友人がそれくらいで走っていたので、そのタイムを目標にしました。とはいえそれがかなり厳しいタイムであることは理解していて、

・プランA:23時間
・プランB:24時間
・プランC:25時間半

と3つタイムテーブルを組み、それに合わせて区間ごとの目標タイムも設定しました。もともと膝に疲れが溜まりやすい方なので、本番を迎えるまでの1番の不安は膝が練習に耐えられるかどうか。レースでもいつオーバーヒートするのか、それによってはレースプランを変えざるをえないと思っていたので、幸いにも何事もなくゴールまで行けたので、それはホッとしました。

『100miles 100times』のpodcastで前年の『信越五岳』のエピソードを聞いていたので、レースプランとして黒姫のエイド(102km地点)までは抑えて走ることをレース中はずっと意識していました。そこからが気持ちよく走れる区間という話だったので、ペーサーと合流できることも考え、黒姫から先をしっかり走れるように。

今回補給に関してはジェルが中心です。正確ではないですが、黒姫までは1時間にひとつ、黒姫からは30分にひとつ。もともと胃腸トラブルは少ない方ですが、それは僕がレースでガンガンジェルをとるタイプではないことが関係していると思います。これまでの基本はエイドにあるものを食べながら、たまにジェルを摂るスタイルでした。細かな管理をしながらレースに出たのは今回がはじめてです。

やはり初100mileで怖さもあったので、練習ではリアルフードだけで走るパターン、ジェルだけで走るパターン、どちらも何回か試しました。8時間くらいまでのアクティビティであれば、大して変わらないというのが、体感として理解したことです。正直どちらでもいいと考えていましたが、リアルフードのみのトレーニングの際に、本当にインシュリンショックっておこるのか実験しようと思って、お腹が空いたタイミングであえてバカ喰いしてみたんです。案の定すぐ眠くなりましたね(笑)。それ以前にジェルの方が安定性が高いかなというのも感じていたので、最終的には今回はジェルを中心に選びました。リアルフードはオプションとして、疲れたら気分転換に摂るように。

レースの前半はずっとMag-Onを摂取。後半味が濃く感じて、摂り疲れる感じがしてからはMedalistを挟むようにしましたが、結果、胃が気持ち悪くなって補給ができなくなるようなことはありませんでした。ただ、稀にあるんですが序盤の段階で偏頭痛が発症して、アパ(アパリゾート妙高:55km地点のエイド)で30分ほど仮眠をとりました。あまり刺激を与えてはいけないと思って、その前後3時間ほどは、ジェルを摂っていません。もしかしたらそれが後半にポジティブに作用したところもあるかもしれないですね」。

20190929214827

レース中携行したタイムチャート表。3パターンのタイムチャート以外に、各区間の獲得標高、距離、それに各区間のポイントなどを記入。

バンフ:22km地点  33位
兼保林道入口:38km地点  23位
アパリゾート上越妙高:55km地点(IN) 22位
アパリゾート上越妙高(OUT) 40位
国立妙高青少年自然の家:72km地点(IN) 28位
国立妙高青少年自然の家(OUT) 26位
池の平スポーツ広場:88km地点  16位
黒姫:102km地点(IN) 14位
黒姫(OUT) 14位
笹ヶ峰グリーンハウス:115km地点(IN) 13位
笹ヶ峰グリーンハウス(OUT) 13位
大橋林道:130km地点  11位
戸隠スキー場:142km地点(IN) 11位
戸隠スキー場(OUT) 11位
飯綱山登山口:152km地点  8位
飯綱高原ハイランドホール:160km(GOAL) 8位

矢崎さんの順位推移は上記の通り。偏頭痛を起こし仮眠したアパリゾート上越妙高以外は、順位を下げることなく距離を重ねるごとに順位を上げている。特に国立妙高青少年自然の家から池の平スポーツ広場までの区間、ゲレンデの“チャンピオンコース”を直登し、直下してくるいやらしいこの区間でのジャンプアップは見事というしかない。そして後半本気のギアが入る。13位で通過した笹ヶ峰グリーンハウスの時点で10位とは約33分。大橋林道では20分、戸隠スキー場をアウトする時点では15分まで詰める。とはいえこの時点でもまだ10位と15分差、最終的な順位となる8位とも21分強の差があった。残りは20km弱。勝負できる山はあとは瑪瑙山ひとつだけ。LIVE速報をチェックしながら、流石にここから上は難しいと見ていた。しかし最後のひと山で3人をパス。池の平から先の追い上げも見事なら、最後の“まくり”を見せた戸隠スキー場以降は“スーパー”と言うしかない。

「自分の設定したペースよりどの区間も軒並み10分くらい速く走ることができました。特に中盤、国立妙高青少年自然の家から池の平スポーツ広場までは予定より30分速かった。後からリザルトを見て驚いたんですが、この区間だけで見れば1位なんです。この区間も疲労をためないようにセーブしていたつもりだったので、ここで何人も抜けたのはメンタル面に大きな余裕を生んだように思います。あと一区間、黒姫まで行けばペーサーと一緒に走れるのはわかっていたので。

後半はペーサーのナミネムさんが逐一順位を教えてくれて、11位に上がった大橋林道のタイミングで「ここまできたらTOP10を目指そう」となりました。それでも、前との差が開いていたことも分かっていましたし、走れるパートなので、そう簡単には追いつけないだろうとも思っていたんです。そこから先は未知の世界。リミッターをはずして本気でペースアップしました。マフェトンを始めてから守っていたエアロビック心拍数をここにきてだいぶオーバー。攻めれるギリギリのラインで攻め続けました。戸隠スキー場から先は明らかに身体が重かったんですが、もろに反動がきた感じでしたね。心拍数を上げて走って筋疲労を一度溜めてしまうと、疲労が抜けにくくなるのを実感しました。

結果、瑪瑙山へ向かう途中で10位の選手を拾うことができて、元気になって8位まで上がりましたけど、今度は逃げなくてはならないプレッシャーとの闘いで、飯綱山登山口からの林道パートはペーサーについていくのに必死でした。結果として黒姫からゴールまでにかかった時間は7時間37分。トモさん(井原知一さん)がpodcastでこの区間を『7時間半でいければいい』と話していたので、もう言うことはないです。ペーサーと2人、最高のセッションができました」。

GOAL

ペーサーを務めたナミネムさんと、奥さん、娘さんとの充実のゴールシーンを捉えた1枚。撮影したのもSTSの仲間である山屋光司さんだ。

初100mileで8位。矢崎さんはこの結果をマフェトンがもたらしたものと捉えたのか。マフェトンは本当に超長距離のレースに有効なのだろうか。

「マフェトンに忠実に、トライ&エラーを重ねて、自信を持ってスタートラインに立つ事ができました。でも、トップ10に入れたことに関してはやはりまだ整理はついていません。マフェトンをしたから、ここまでの結果が出せたのかと問われると、どうなんだろう?と考えてしまいます。はじめての挑戦だったので、何が正解か、うまく説明ができないですね。

ただ、これからもマフェトンを続けていくかと問われれば、続けていきます。ただし、アレンジはしていかないといけないと考えています。一区切りついて思ったのは、マフェトンは時間がかかるということ。1kmあたりのペースを15秒以上あげれたわけですけど、とはいえトレーニングを全然していなかった人間が4ヶ月トレーニングしての上昇率なので、このまま同じことを続けたとして、限界は割とすぐ訪れると思うんです。そう仮定して、例えば1年後にもう一度『信越五岳』を走るとしたら、ここから先の半年間は高強度トレーニングを週に1度か2度入れて、VO2Maxをあげるトレーニングをします。VO2Maxを引き上げた状態で、レースの3ヶ月か4ヶ月前からマフェトンで仕上げていく。そのやり方が合理的なのかなと。

齋藤さんから言われていたのは『マフェトンはペースを上げるのが目的ではなくて、糖代謝より脂質代謝が優先になる身体を作るためのもの』ということ。それがウルトラトレイルにアジャストすると。ターゲットとするレースから遠い段階で脂質代謝を高めるのは悪いことではないですが、長期的にみたら効果は小さいと感じました。マフェトンに入る前に身体の質を一段、二段あげておくこと、それが大事かなと思っています。マフェトンのメリットは、時間がかかるけど、怪我のリスクなく、コンディションを高めていけること。ターゲットとするレースに向けて準備していく中で、怪我の心配をしなくていいのは大きいです。始めた当初は不安だったけど、実際に月間400kmを安定してこなすことができたわけですから。次に100mileを走るときも、仕上げはマフェトンで、と思っています」。

BACKLE&PRIZE

信越五岳トレイルランニングレースの表彰状と完走者に贈られるバックル。記録は21時間17分21秒。プランAとしていた23時間を大幅に上回った。

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矢崎智也

1984年、北海道出身。一児の父。上田瑠偉さん、大瀬和文さんらも参加しているSTS(スーパートレイルセッション)では代表を務める。今年5月からマフェトントレーニングを開始し、見事『信越五岳トレイルランニングレース』で8位入賞。次の目標をフルマラソンでの2時間50分切りに据え、ランニングに取り組む。

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