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自らを“マウンテンランナー”と称する志村裕喜。2019年夏、アメリカ・コロラド州ユーレイ周辺を走る100マイルレース〈OURAY100〉に挑んだ。ベースの標高は3,000m、そして獲得標高13,000mという極限の山岳レース。100マイルの道のりに密着したドキュメントを前後編でお届けする。

実家の農園のブドウがたわわに実る秋。志村裕貴は高くなった空を見上げていた。その空の向こうに思い返されるのは、はるかアメリカ・コロラド州での忘れられない夏の100マイルだ。

ouray100

サッカー少年だった志村がトレイルランニングを始めたのは、地元山梨で開催される日本最大級のレース、ウルトラ・トレイル・マウントフジ(UTMF)がきっかけだ。弟が参加したそのレースを何気なく応援に行ったことが彼の人生を変えた。フィニッシュ地点にあった、身をボロボロにしつつも満ち足りた表情でゴールするランナーの姿、そしてそれを祝福する人々たちが織りなす独特の雰囲気。志村は魅了された。

農園の裏には、幼い頃から遊び場の山がそびえる。トレイルを走ることはごく自然なことだったと述懐しつつも、志村のランナーのマインドはトレイルランナーとは少し違う。「自分はトレイルランナーというより、“マウンテンランナー”ですね。レースで1秒を競うよりも、山をどれだけ楽しめるかに重きを置いています」

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2019年7月、志村は大きなチャレンジをしに旅に出た。行き先は、アメリカ・コロラド州。そのロケーションとコースプロファイルでカルト的な注目を集める〈OURAY100〉を走り切ったら、その先に何が見えるのか。マウンテンランナーとして、見ておかなければならない光景があるという確信めいた思いで、機上の人となったのだった。

山間の小村ユーレイを行き来する100マイル

コロラド州といえば、全米一標高が高い州であり、世界各地からランナーやサイクリストが集まるアクティビティ天国だ。マラソンランナーの合宿地で名高いボルダーは、アスリートや研究施設も多く、エンデュランススポーツの聖地と言っていい。だが、今回のレースの舞台は州南西部の小村ユーレイ(Ouray)。アメリカ人でもどこにあるのか知らないような、ひっそりとした山間の保養地だ。

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しかしトレイルランナーにとって、この一帯は決して見ず知らずの地ではない。150名ほどしか参加できない小規模レースながら世界屈指のランナーを魅了する〈ハードロック100〉は、まさにこのエリアが舞台で、ユーレイもルートに組み込まれている。その過酷さで知られるハードロックと同じ地域を走るということは、必然〈OURAY100〉のコースもタフなものとなる。ハードロックの影に隠れた、カルト的な山岳レース、それが2014年に始まった〈OURAY100〉なのだ。

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そのルートマップを見れば、「カルト的」という言葉がすとんと腑に落ちる。サン・フアン山脈に100マイルのループを描くハードロックと異なり、〈OURAY100〉のルートはいくつもの支流をもつ一本の川のように見える。その支流が行き着く先は山頂、つまり往還型の山岳コースということになる。

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トレイルランニングの魅力のひとつに、走りながら刻々と変わる景色と出会えることがある。〈OURAY100〉でもそれはもちろん変わらないが、登ってきたルートを折り返して下る、のみならずひとつの山を登り向こう側に降りてからもう一回戻ってくる、なんてことはざらだ。山頂を踏むことがどれだけランナーの士気を高めるかは容易に想像ができるが、一度降りてまた登ってこなければならないことのメンタル的な辛さも容易に想像がつく。中盤には一周13.8kmのコークスクリュー・グレッチの周回が設けられるが、これも半時計回りをこなして戻ってきたかと思えばもう一周、今度は時計回りに走らされる。いかに効率よく距離と獲得標高を稼げるか、その答案用紙に描かれるのはこんなルートだろう。

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そしてその結果、〈OURAY100〉という距離164km(102マイル)、獲得標高13,000m(42000フィート)の山岳レースが出来上がる。2019年のUTMFが距離165kmで獲得標高7,942m、UMTBが171kmで10,000mということを対照すれば、そのタフさも理解できるというものだ。だがこの理解は、あくまで机上のものだ。もうひとつ、考慮しなければいけないことがある。

それは、〈OURAY100〉が高所の100マイルレースであるということだ。UTMF、UTMBともにスタート地点の標高はおよそ1000mなのに対し、〈OURAY100〉のスタート地点であるユーレイのフェーリンパークは2,350m。UTMBの最高標高地点グランコル・フェレが約2,500mであることを考えると、常にUTMBの最高標高以上でレースをする感覚だ。〈OURAY100〉の最高標高地点フォート・ピーボディは4,066m。言うまでもなく富士山よりも高い。

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平均して標高3,000mを100マイルも走るということ。高地に慣れていない者ならば、少しでもこの標高を走れば途端に息が上がる。そして心拍がいつまでも落ち着かないことに気づかされるだろう。走り慣れたランナーであっても、いや、であればこそ、一気に心肺レッドゾーンに突入するその唐突さにリズムを失い、苦しめられることになる。爆発寸前の心臓を抱えながら、乳酸の回復しない足を引きずりながらの100マイルは、その過酷さにおいて比肩する大会は見当たらない。コースプロファイルを見ただけでも、これだけの昇降を繰り返すのかと言葉を失う。

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酸素が薄いという事実は、アタマでわかったところでどうなるものでもない。カラダをアジャストして行く以外に方法はない。すなわち、〈OURAY100〉を走る上で高地順応が重要なファクターとなる。志村がスタート1週間前と早くにコロラド入りしたのもそのためだ。もっと言えば、志村はコロラドに来る前から入念な〈OURAY100〉対策を続けてきた。

「昨年末に〈OURAY100〉に出ることを決めて、準備を続けてきました。今シーズンだけで5回は富士山に登りました。何回も来るもんだから、山頂の山小屋のご主人に覚えられたくらいです。あとは八ヶ岳を縦走して距離と獲得標高をシミュレーション。でも、40時間は未知の世界です。目標は35時間ですが」

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高地を見越して、登山家の三浦雄一郎氏が率いるトレーニング施設ミウラ・ドルフィンズで低酸素室トレーニングも積み上げてきた。終わった後には動けなくなるほどの厳しい練習を。35時間という目標は、昨年ならば3位に相当するタイムだ。UTMBの優勝タイムが20時間台であることを考えると、やはり長い時間を山の中で過ごすレースとなることは間違いない。でもそれゆえに、志村はこのレースに惹かれたのだった。

「このレースは、“マウンテンランナー”向けだなって思ったんです」

生粋の山育ちの血が騒ぐ。

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