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MTB XCO(マウンテンバイク クロスカントリー・オリンピック)は、1996年のアトランタ大会から正式種目となった比較的歴史の浅い競技である。クロスカントリー、という種目名が示すように、野を駆け山を駆け……な持久力の試されるハードな競技。登りをプッシュできるパワーと、下りをスムーズにこなすテクニックが求められる。
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80年代後半に日本に本格的に紹介されたMTBが隆盛を極めたのは、90年代。夏場のスキーゲレンデを用いたクロスカントリー競技はその中核を担ってきた。

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世界水準のコースが日本で初めて作られた

XCOは、かつては2時間半を走る時代もあったが、近年はコースが高速化し、競技時間は1時間半ほど。持久力よりもパワーとテクニック重視のライディングが要求されるようになった。猛スピードで激坂を駆け上がっていく様や、下りでメイクする華麗なジャンプは、TVやメディア、観客にとっても喜ばれるものだ。映画も短縮化の傾向がみられる昨今、ライブ映像で観るスポーツとしても短いフォーマットが世相を反映していると言える。

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東京五輪を見越して先日発表されたXCOのコースは、自転車ファンに驚きをもって迎えられた。それは、国内で唯一となる世界基準のコースだったからだ。1周4km、下りは大きな岩をダイナミックに配し、ビッグジャンプを生むドロップオフが作られた。ひと昔前なら、ダウンヒルのコースかと見間違う、日本のXCOコースには見られない難易度だ。そして登りは、短いながらも急峻で、パワーを要求されるセクションが高頻度で現れる。五輪ということで、日本庭園を模した橋や、セクション名称(天城越え、なんてのもある)という「お化粧」も施された。

本番と同じコースを走れるとあって、今回のテストイベントには、世界の名だたる選手たちがエントリーした。男女ともに世界王者を筆頭に、世界ランキング3位までの選手がスタートラインについた。それは、このスポーツのファンにとっては夢のような光景だ。五輪を見据え、男子は23カ国から、女子は25カ国からとインターナショナルな顔ぶれ。男子はスタートラップを加えた6周25.3km、女子は5周回21.3kmで争われる。

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日本で行われる久々の世界的なMTBレース

今回のテストレースにあたり、主催者は約2,000人の観客を受け入れた。MTBレース現地観戦の楽しさは、自由にコースに沿って好きなポジションで観られること。コーステープを隔てたすぐ近くに選手たちの息遣いが聞こえる。この距離感は生で観戦する醍醐味だ。そして主催者にとっては1周4kmのコース周辺、広大な伊豆サイクルスポーツセンターの敷地内を観客がどう動くかも、重要なテストとなる。本番はその5倍、10,000枚のチケットが用意されているという。

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個人的には、MTBのレースを観に2,000人が集まったことに驚いた。日本におけるMTB人気は、2000年代に入り下降線を辿ってきたと言わざるをえない。2000年代初頭にMTBを始めた私自身、周りの人たちが2度だけ日本で開催されたワールドカップ大会を最後の灯火のように懐かしむ声をよく聞いた。このテストレースは、新潟県・新井リゾートでの98年と01年ワールドカップ以来の、世界的なMTBレースということになる。

2020年の戦いの舞台となるコースは、峻厳であった。午前の女子エリートの前に、2名の有力選手の未出走(DNS)の報せが届く。リオ五輪の金メダリスト、ジェニー・リスベッズ(スウェーデン)と2018年の世界王者ケイト・コートニー(アメリカ)。なんと大会前のコース試走で激しく落車し傷んだのだという。名実ともに世界屈指の選手たちが手を焼くとは。

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全日本チャンピオンの今井美穂(CO2 Bicyle)も、試走の最初の一周には2時間半かけたという。「ふらっと来て、すぐに走れるようなコースじゃない」

いつもはモニターの向こう側にある世界が……

午前11時、5周回で争われる女子レースがスタート。レースが始まってもなお、このコースは牙を剥いた。現世界チャンピオンであるポーリーヌ・フェランプレヴォが開始早々に落車。鼻を折る重症を負いレースを降りる事態に。自転車の世界では世界チャンピオンの選手は虹色のジャージ、マイヨ・アルカンシェルを着用する。フェランプレヴォの虹色を楽しみにしていたコース脇のファンやアマチュアカメラマンにとっては、残念というより他にない。だが、僅かな時間ではあっても、確かに走るアルカンシェルを日本で見ることができたのだ。

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レースは終始、スイスのヨランダ・ネフがリードする展開。パワフルなスタイルある走りでMTB、シクロクロスを両立するネフは、ブロンドのロングカーリーヘアも印象的で日本のファンにも知られた存在だ。その華奢に見える身体のどこに大きなMTBを振り回す力があるのかと疑問に思えるほど、スムーズなライディングを披露する。

日本に住む自転車ファンであれば、それはストリーミングの画面の向こうにいつも見ている光景だが、今日はそれが目の前にあるのだ。そしてその瞬間、東京にオリンピックが来ることが真に体感されたのだった。MTBは正確には伊豆だが……。

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少なからぬ日本のMTBファンがこの日、伊豆に集結したはずだ。自身もMTB XCOのレースを楽しんでいるという男性は、「本番のチケットは当たらなかったのですが、今日こうやって観ることで本番のTV観戦の楽しみが増しました」と目の前で展開された白熱のレースに興奮冷めやらぬ様子。一方で、観客の動線テストのために地元枠で参加した人々の多くはMTBのレースを観るのは初めてのようで、どこで観たらいいのか戸惑う姿も。

だが、未知のレースもいったん始まってしまえば、みな激坂を登る選手たちひとりひとりに声援を送り始める。選手の荒い息遣いが近くに聞こえるMTB XCOだからこそか、あるいはこれがスポーツを生で観るということなのかもしれない。そしてやはり、日本人選手への声援は自然と大きくなる。

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世界トップレベルのスポーツに宿る芸術性

そして始まった男子エリートレースは、ほぼ世界トップがフルメンバー揃うという豪華なもの。MTBのみならずロード、シクロクロスを含めたら最強と呼ぶしかないマチュー・ファンデルポール(オランダ)が直前で欠場を表明したことで、日本のファンは落胆したが、フタを開けてみればその不在を補って余りあるレースとなった。

世界チャンピオンの証である虹色のジャージを着るニノ・シューター(スイス)は前回リオ五輪の金メダリストでもある絶対王者。ジャンプセクションでは不要なはずのヒネリを入れるなど、魅せるレースをする心憎さがある。だが女子とは違い、レースは上位陣が終始グループで展開し、先頭を入れ替えながら推移していく。観る者にとっては、スリリングな攻防が楽しめるこれ以上ないショーだ。

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高台をうまく取り込んで高低差を生み出したコースは、場所を選べば遠目に選手たちの走りを観ることができる。米粒のような大きさであっても、その攻防が見えるのは楽しいし、下りでいかに選手たちが流れるように走っているかもよくわかる。そう、確かに過酷なエンデュランスの戦いではあるのだが、実際に現地で見てみると選手たちの滑らかで鮮やかな走りの方が印象に残る。無駄のない、スムーズな走りのフローは、ある種の芸術性を感じさせるくらいだ。

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レースはシューターが主導権を握り、徐々に先頭グループの人数を減らして行く。そんな中、最後まで食い下がったフランスのヴィクトル・コレツキー。MTB XCOではなかなか見られない最終ストレートでのスプリント争いに、会場のボルテージは最高潮に達する。そしてやはり、フィニッシュラインで両手を上げたのは虹色のジャージ、絶対王者だった。

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おそらくはこの日初めて自転車レースを観る人にとっても、高揚させられる刺激的な時間になったはずだ。世界トップレベルの選手たちによるパフォーマンスは、競技を問わず人の心を打つものだということを、会場の雰囲気は教えてくれる。もう一度、2020年にはこの空気を味わうことができる。五輪の意義というものが、少しわかった気がした。だが、このスポーツにおける本当の意義を真に語ったのは、レースを走ったばかりの選手だった。

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山本幸平 35位 8分38秒遅れ 同一周回完走

「五輪プレレースということで、たくさんの人たちに見てもらったと思います。世界のトップレーサーがこうやって日本を走るのは、今まで一度もなかったこと。今日、日本のMTBシーンが、世界基準のコースと走りを見たんです。ここからどんどんと、日本の若手が育ってくれたら嬉しいですね」

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山本幸平は、今回のプレレースで唯一完走を果たした日本人選手だ。34歳。北京、ロンドン、リオと三つの五輪を走ってきた第一人者は、来年の東京をキャリアの終着点に見据えている。長きに渡って海外に拠点を置き、ワールドカップを転戦してきた彼が東京五輪に懸けるものは、自身の成績そしてこの国のMTBの未来でもあった。

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このコースは、五輪後には一部を改修して常設コースとする計画があるとのこと。2020年の夏、ここでどんなレースが繰り広げられ、どんなドラマが生まれるのか。そしてその先にどうつながって行くのか。しっかりと見届けたい。