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恩師の悲願を叶える

 中村は駒大卒業後に富士通に進むが、その後も駒大を拠点とし、大八木弘明監督の指導を仰ぐ。

「大八木監督は真っ直ぐで情熱的。時には可愛らしい部分も見せてくれます。学生のみんなは監督の性格を徐々に把握して、学年が上がるごとに距離感も近くなっていくんですね。とはいえ練習中は一気に集中力が高まります。選手も緊緊張を持って接するようになる。ただ、中村くんは監督に対し物怖じすることもなく、普段と変わらない距離感で接していました。改めて写真にしてみると堂々としているようにすら見えますね」。

 水上さんには、学生時代から中村と大八木監督との関係性は特別なものに映っていたようだ。

真剣な眼差しで大八木監督を見つめかえす中村

 こんなエピソードもある。水上氏が写真集に収録する写真を大八木監督に見せに行った時のこと。

「セレクトしたものを順番に見ていって、中村君が一人で走っている写真が出てきた時、大八木さんが“中村だ”って言ったんです。しかも、すごくうれしそうに。他の選手の写真も“いいな”と言いながら見てくれていたのですが、それがすごく印象に残っています。大八木さんは選手ひとりひとりにものすごく目を配る方ですが、その大八木さんにとっても、中村君は特別なんだと思いました」

中村と大八木監督は二人三脚でMGCにたどり着き、そして東京オリンピック代表の座も掴んだ。平成の常勝軍団を築き上げ、数多の名ランナーを育ててきた名将にとって、オリンピアンを育成することは悲願だった。その悲願を愛弟子である中村がついに叶えたのだ。

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