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アシックスから今年の東京マラソンに合わせローンチされ、瞬く間に完売となった『METARIDE』。その『METARIDE』に続く“RIDE”シリーズの新モデルとして、『GLIDE RIDE』がデビューする。今回は発売に先立ち、アメリカはユタ州ソルトレイクシティ、ボンネビルソルトフラッツで行われたユニークなグローバルローンチイベント<ETERNAL RUN>をレポート。『GLIDERIDE』のテクノロジーとともに、アシックスがこのシューズに込めたメッセージをお届けしよう。

『ETERNAL RUN』ランニングの全く新しい楽しみ方

ソルトレイクシティと聞いて真っ先に思い起こすのは、2002年の冬季オリンピック開催地ということだろうか。東部・中部・山岳部・太平洋の4つのタイムゾーンが存在するアメリカ(アラスカ・ハワイを含めると6つ)で、ソルトレイクシティ(ユタ州)は、カリフォルニア州やオレゴン州のある太平洋ゾーンにほど近い、山岳部ゾーンに位置する。冬季オリンピックが開催されるだけあって、サマータイムが終わった11月からは最低気温が氷点下10度を下回ることも少なくないそうだが、9月上旬の日差しは強く、日本同様に暑い。しかし、カラッとしているため、ゆっくりとしたペースで走るのであれば、不快に感じるほど汗を掻くこともない。脱水には注意が必要だが、ダウンタウンから3、4キロ離れれば、信号に遮られることもほとんどないし、すぐ近くにはトレイルもある。走る環境としては悪くない印象を受けた。

なぜ今回ソルトレイクシティでイベントを開催することになったのか。前日までに受け取っていたインフォメーションは、新作となるランニングシューズ『GLIDERIDE』を履いて国立公園の中を走るというのがひとつ、そして、事前に計測した身体測定結果をもとに“自分なりのゴールを想定して走る”こと、の2つのみ。アシックスがこうした大掛かりなイベントをすることは多くはないだけに、ただグループランをして終わることはないことは察しがついたし、ブライスキャニオンやザイオンのようなダイナミックな国立公園で走ることで、シューズの特徴がより見えてくるのだろうと想像したが、詳細な内容は最後までシークレットのままだった。
そしてイベント前日、以下の内容が明かされた。

・参加者によるレースであること

・身体測定結果を元にした1マイルあたりの設定タイムを維持して走ること

・設定タイムの平均ペースよりも3回大幅にペースダウンしたら失格であること

走る場所はボンネビルソルトフラッツ。アンソニー・ホプキンスが主演を務めた映画『世界最速のインディアン』のロケーションとして使われた塩の平原である。ボリビアのウユニ塩湖に比べればサイズ的には小さいが、約260㎢、直線距離で20kmはゆうに走れる。

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イベントのために特設されたベースキャンプを拠点に、どの方角へ走るかは自由で、設定ペースより速くても構わないが、自分のペースを守り、どれだけ長く走り続けられるか、それが今回のルールであり、テーマであることも伝えられた。<ETERNAL RUN>の名の通り「ゴールは自分で決める」(体力次第ではあるが)好きなだけ走れるイベントというわけだ。参加者の中で誰が1番長く走れるかを競い合うわけだが、自身のペースを守り続けるという点で、自分自身と向き合うレースであること、違うレベルのランナーがそこに焦点を当てたうえで、結果として順位も争うスタイルが、新しいランニングの楽しみ方に思えた。何より塩湖の上を走ることなどそうそうない。『GLIDERIDE』との関係性はまだ見えなかったが、期待感に胸が踊った。

広大な塩湖を好きな方角へ走る

早朝3時半にホテルを出発し、2時間。まだ夜明け前で、さながら宇宙ステーションのような存在感を放っているベースキャンプに到着すると、1リットルのハイドレーションとそれを収納するためのザック、それに失格のアナウンスが届くようにイヤフォンとモバイルフォンが配られた。出走するランナーは全部で22名。1991年に東京で行われた世界陸上1万メートルで優勝したこともあるリズ・マッコーガンや、BYU(ブリガムヤング大学)で全米選手権を制し、アシックスと契約したばかりのクレイトン・ヤング、それに元サッカー選手でイングランド・プレミアリーグで活躍したウェイン・ブリッジやNFLプレイヤーのアンドリュー・イーストなど、多彩な顔ぶれのアスリート陣に、インフルエンサーやメディア関係者がスタートラインに並ぶ絵は新鮮だった。

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Briefing_01#
Start line sunrise#
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ガイドラインもレーンもないため、スタートすると見事なまでに思い思いに散らばっていく。前を走るランナーについていこうとしても、気がつくと少しずつ逸れているから面白い。サーフェスの感覚は雪の上を走るのに近く、アウトソールに塩がつかないように、なるべく轍の上を走った。エイドステーションも数箇所用意されてあり、給水が可能。走り続け1リットルのハイドレーションを飲み干してしまった場合も、モバイルフォンからベースキャンプに連絡すれば、すぐに補給部隊が駆けつけれるようにスタンバイしている。事前に配られたランニングウォッチ『GARMIN 245 MUSIC』はアプリケーション『GARMIN CONNECT』、『Runkeeper』と連動させてあり、そのGPSデータをスタッフが管理。砂漠のような環境でありながら、行方不明になる心配は無用とのことだ。確認すると画面は心拍数の画面に固定されていて、走行時間や距離は見ることができない。

ペースを維持して走ることの楽しさ

渡された設定ペースは1マイルあたり8分15秒(1キロあたりに換算すると5分10秒程度)、設定ペースより落ち始めるとすぐアラートされ、ペースを上げるよう指示される。逆に設定ペースよりやや速いペースで安定して進めていると、“GOOD JOB”のメッセージが入る。心拍数でだいたい135前後、マフェトンペースよりもやや低い、LTゾーンギリギリのペース。楽に走れる。自分の走りに集中し続けるためのサポートは徹底されていた。あとはこの景色をどれだけ楽しめるか。ひたすらまっすぐに歩を進めた。

Landscape sunrise wide shot#
Alex Stumpenhagen wide shot with mountain view# どれくらい走ったか、前に見える岩場まですぐ着くものと思われたが、なかなか近づいてさえこない。30分は走ったはず、1時間も過ぎているかもしれない。周りで確認できるランナーは1人だけになり、振り返るとベースキャンプがどこにあるかもわからなくなっていた。そのうちにサーフェスがウェットなエリアに入り、塩がアウトソールにどんどん吸着、足取りが重くなる。問題ないと思われた設定ペースで走るのが難しくなり、1度、2度、3度、立て続けにアラートが入り、ストップのアナウンスが入った。確認すると実際には1時間足らず。少なくとも2時間は走れるだろうと見込んでいただけに「もっと走りたかった」というのが正直な感想だったが、1時間の間、高揚し続けた、楽しい時間だった。

一番長く走り続けたランナーはリズ・マッコーガン。約4時間で23マイルを走った。「フルマラソンでも3時間かかったことはないし、今までで一番長く走ったわ。自分がどれくらい走れるのかわからなかったけど、面白いイベントだった」。

2位にはウェイン・ブリッジ。「初めてこのシューズでこんなに長く走ったけど、このサーフェスでも安定していて問題なく走り続けることができた。後半きつくなってきたけど、楽しかったよ」。他の参加者も2人同様に、純粋に“楽しかった”と発していたのが印象的だった。

Liz McColgan finish flag#

今回のイベントの優勝者、リズ・マッコーガン。

Wayne Bridge - finish flag#

シカゴマラソンでフルマラソンを走る予定のウェイン・ブリッジが2位に。

“速く”よりも“長く” エナジーセービングをブランドのもうひとつの軸に

「もっと走りたい」。もしかしたらそう思わせることが狙いだったのか。今回のイベントを手がけたアシックスのプランナーであるフォオナ・バーウィックにイベントの狙い、なぜこの場所だったのか、話を聞くことができた。

「『GLIDERIDE』は“長い距離をイージーに走れる”というのがコンセプトのシューズなのです。そのベネフィットをどうすればより理解してもらえるか。考えていくうちに3つのキーワードが閃きました。“NO FINISH LINE”、“BIG SPACE”、“YOURSELF”。誰と戦うでもなく、自分のレースができる環境を用意することが答えになる、と。その観点が軸となり、ロケーションを探し、ローンチするタイミングの気候などを考えた結果、最終的にこの場所を選んだのです。

同時に、このシューズでなるべく長く走ってほしいとの思いから、エアロビック心拍数で走る設定にしようと考えました。このシューズのコンセプトでもありますが、それには、スピードを出して走ることよりも、自分にあったペースで走ることが大切であるというメッセージが込められています。

総括するにはまだ早いですが、今回参加したランナーがこのイベントの経験をいい形で持ち帰ってくれるという意味では、私たちの狙いは成功したのではないかと思っています。それにガーミン、ランキーパー、アシックス、3つのブランドが一緒になり、新しいレースのフォーミュラを作ることができました。大きなチャレンジでしたが、今後も時間や順位を競うだけのレースではない、アシックスならではのランニングを楽しむイベントを続けたいと考えています」。

『GLIDERIDE』の開発責任者であり、アシックス・スポーツ工学研究所所長の原野健一さんの言葉も同様のものだった。

「私たちが考えるイノベーションは2通りあります。ひとつはソーティやターサー、カヤノのように長く愛されるシリーズを進化させていくこと。これは変わらず重要なことだと考えています。もうひとつは今までにないものを作り上げること、今までにない体験を提供することです。

『METARIDE』はアシックスの70年にわたるイノベーションの集大成を意味するシューズでした。“より少ないエネルギーで、より長く走る”。エナジーセービングを最大化した、我々の科学技術の結晶のようなシューズです。『GLIDERIDE』はその技術をより多くの人に向けて作ったシューズ。走ることが習慣化していない人も、普段履きとしてだけ使用するにしても、履いていて疲れない、より長く、より楽しく履けるシューズということになります。

我々には“パフォーマンスを向上させること”、“ケガ予防すること”という絶対にブレない指針があります。パフォーマンスアップに特化したモデルを作る方が簡単なんですが、今回は逆の発想で、“裾野”となるモデルを徹底的に考えて作りました。多くの人がランニングを楽しみ、今までよりも長い距離を楽に走れる手助けになればと思っています。長く走ること、楽しく走ることは見方を変えれば速くなることにつながっていると思うんです」。

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GLIDE RIDE ¥16,000(税別)
https://asics.tv/2mIJyJn

イベント前日にはランニングドリルやストレッチ、ヨガ、プリミングなど、アシックスのコミュニティを率いる『FRONT RUNNER』によるワークショップが行われていた。それも「ケガをせずランニングを楽しむための要素を伝えるため」とのことだ。アシックスがランニングシーンに向けて今注力するのは“速くよりも長く”。エナジーセービングをブランドの新たな軸として開発を進める。

「エナジーセービング=アシックスと考えてもらえるようにしたいと考えています。この技術はパフォーマンスアップを狙うモデルにも利用できると考えていますし、また違った見方でシューズ開発ができる。オリンピックもありますし、『RIDEシリーズ』はもちろん、今後のアシックスに期待していただけたらと思います」。

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ベースキャンプではENERGY RESEARCH LABとしてランニングフォームチェックなどが行われた。

アシックスの“熱”を改めて理解するべく、イベント後、すぐにアスファルトの上で走った。正確にはまず歩いたのだが、ヒールの最後部から地面に着地すると、ぐにゃりと曲がり、クッションの効きが強いことが確認できた。そのまま地面を舐めるように前足部まで踏み込むと、ヒール部に埋め込まれている〈GEL〉が前足部へ連なっているような感覚を受ける(実際には〈GEL〉はヒール部分のみ)。

走り始め、まずはゆっくりとしたペースで感覚を確かめる。接地ポイントがブレても、ソールの吸収力とクッションが補正し、効率的な足運びへ導いてくれるため、意識がより着地の仕方、タイミングに向いていく。その点でランニングエコノミーを引き上げたい人にはオススメなシューズと言えるかもしれない。

ペースをあげると、反発とともによりクッションを感じられるが、接地にブレが生じると推進力は減る。しかし、スウィートスポットを捉えれば、前へ進む感覚はより生まれる。一般的にはファンランナーに向いているモデルということになるが、スウィートスポットを捉える感覚を養うという意味では、シリアスランナーでも、心地よい感覚を味わえるのではないだろうか。「より多くの人に履いてもらえるシューズ」の答えを見たような気がした。

今回の『GLIDERIDE』発売に伴い、『METARIDE』も新色が発売されるという。新たな軸、“エナジーセービング”を追求するアシックスの今後に注目したい。