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ドッチボールクラブやバレーボール部と、スポーツに打ち込んできた小・中学時代。しかし高校からは帰宅部(軽音部)、大学在学中は、アンダーグラウンドなクラブカルチャーへと興味が移ってしまったという関田四季さん。スポーツとは縁遠い生活を送っていた20代半ばに、突如として始めたサーフィンのおかげで、今では都内から葉山に移住し、充実した生活を送っています。仕事を辞めて、都心から郊外へ。大きな決断に踏み切ったきっかけとは?

(写真 古谷勝 / 文 onyourmark)

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「大学は建築コースに在籍していたので、卒業後はインテリアメーカーの<IDEE>に就職しました。当時の<IDEE>は今ほどの大きな規模ではなかったんですが、オリジナルの家具だけでなく、北欧・アメリカ・東南アジアからの買い付けも多く、海の家から派生した<Sputnik>やDesignイベントを運営したり、<IDEE CAFE>をはじめ飲食も展開していて、単なる家具屋じゃなかったんですよね。むしろ、”カルチャー”だったり、”場所”を提供していくようなブランドだったというか。それで、私は海外の家具・建築のカルチャーに大きく影響を受けるようになったんです。そんな中で”Sprout”という西海岸のサーフカルチャーをドキュメントした映画に出合って。それまで、サーフィンは不良がすることだと思ってたし(笑)、むしろ毛嫌いしてた方だったんですが、一気に興味が湧いたんです」

その頃、ちょうど<Paul Smith Japan>への転職を決めると、サーフィン仲間が広がり、次第に週末サーファーへとなっていった関田さん。気づけば茨城・千葉へと足しげく海に通い、長期の休みはサーフトリップが中心になっていったそうです。ところが、結婚をして、子供を産んで、家族が増えていくにつれ、子育てと仕事の両立におわれる生活になってしまいます。サーフィンに対しても”もっと上達したい”から”気持ちよければいっか”というモチベーションに変化していきました。


「1人目の子供を産んだ時は、子育てと仕事をなんとか両立して、気持ちを繋いでいたんですけど、2人目を出産した時に、しんどいなって思って。仕事を辞めるって決断したんです。上の子にしわ寄せがきていたし、土日も仕事に出なければならないことも多々あったので。当時は駒沢に住んでいて、都市での生活が素晴らしいって思ってましたよ。通勤にも便利だし、学校も公園も近くて。だけど、仕事を辞めるって考えたときに、あまりにも便利すぎることが逆に良くないんじゃないかと思い直してしまったんです。そんな折に主人から、”葉山で住もうよ”って誘われて。結構思いきっちゃった方が、今の生活に対しても踏ん切りがつけれるって思ったんです」

そう決めて、海のそばに移住してから3年の月日が経ちました。サーフィンに行く回数は減ったものの、子供との時間も増え、都心で暮らしていたときよりもメリハリのある生活ができるように。いまでは、ギャラリーのマネージメントとインテリア関係の仕事を自分のペースでできる分だけやっていくようにしました。すると、物事に対して集中できる時間が増えたそうです。

「海に近いことで満足しちゃってるところはあると思います(笑)。前はサーフィンすることに対してすごくガツガツしていたけど、こっちにきて、サーフィンは生涯スポーツと思うようになれたし、波が良くても悪くても、小さくても大きくても、なんか、焦らなくなりました。波に乗ることも楽しいけど、サーフィンによって育まれたコミュニティとか、環境で調和して生活している今が、すごくちょうどいいバランスになっていると思います」

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【名前】関田四季
【生年月日】1978年12月25日
【職業or所属】EATME GALLERY マネージャー / インテリアコーディネーター
【やっているスポーツ】サーフィン11年 バレーボール1年
【instagram】@shikikuma

お気に入りアイテム

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「”Jack’s Plastic Weding”の”Waterproof Gear Tote Bag” 完全防水のバケツバッグは濡れたウェット、水着、子供のおもちゃなどなんでも入れられるからお気に入りです」

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