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(文/小俣雄風太 写真/小俣雄風太、cycleclub.jp)

5月の国道に雪が降るとはどういうことだ。気温はマイナス2℃。朝の雨で濡れた薄手のウインドジャケットにむき出しのヒザという格好は、どう考えてもこの白銀の下り坂を走るものではない。朝3時半に出発し、ここまで175kmを走ってきて、まだあと145km残っている。今日は1日で320kmを走ることになっている。

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5月の大型連休の合間に初めて開催された「CCJP 200miles ライド」は、サイクリングを愛する群馬のクラブcycleclub.jpが初開催したロングライドイベントで、200マイル=320km、獲得標高4200mを1日で走るという過酷なもの。長い距離を克服するために、4人1組のチームでの参加が義務づけられ、心強い仲間と支え合ってクリアを目指す。

これまで270kmが1日の最長ライドである僕にとって、今回の320kmは人生最長記録を更新することになる。そんなビッグライドを控えた春先、気になるニュースがあった。ドイツの自転車ブランドCANYONが特異な新作バイク、GRAIL(グレイル)を発表したこと。言葉は悪いが、最近10年の自転車の中で最も「ヘンテコ」な一台だったのだ。

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斬新な形状のハンドルは、日本の他メディアで「2階建てハンドル」と称される特徴的なもの(CANYONは「グレイル・コックピット」と呼んでいる)で、通常のロードバイクのドロップバーに慣れている目には異形に映る。重量や空力抵抗を減らしたいスポーツバイクは原則的にシンプルな形が生き残る(フロントのギアは1枚の時代になりつつある!)中で、要素の多いグレイル・コックピットが今後生き残るかどうかは、それ相応の、あるいはそれ以上のメリットがあるかにかかっている。

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そして320kmのロングライドを、このグレイルで挑むことにしたのだ。乗ってみなければ、肯定も否定もできない。そもそもGRAILは、「グラベルロード」カテゴリーのバイクとしてCANYONが満を持して発表したバイクである。グラベルとは砂利道のことで、荒れた路面をロードバイクの走行感で走ることのできる「グラベルロード」はその汎用性の高さから、アメリカを中心に世界的に人気のあるカテゴリーに急浮上した。CANYONのような大手メーカーがこんな新機軸を打ち出すことからも、その市場の過熱ぶりはうかがえると思う。CANYON公式のPVが、オフロード走行をメインにしていることからも、ブランドがこのバイクをどう使って欲しいかがうかがえる。

ただしここ日本では、アメリカやヨーロッパのバイクメーカーが想定するようなグラベルが多くないのも事実。舗装路率の高い日本では、海外ほどにはオフロード走行が生活の近くには無い。とすれば、このGRAILの日本での使い道として、オンロードでの使用感を確かめておくことは、このバイクが気になる方にとっても有益な情報になるだろう。オフロード走行でのレビューは、各メディアでもなされているので、今回はオンロード用途に絞って感想を述べたい。

GRAILをオンロード仕様にスイッチ

今回乗るGRAIL CF SL 8.0 SLには、40C幅のSCHWALBE製「G-ONE BITE」が搭載されるが、さすがに300kmを超えるオンロードをノブ付きの太いタイヤでは辛いので、スリックでありながら対パンク性の高いPanaracerの「Gravel King」をチョイス。32Cとオンロードでは太いが、バイクとのバランスを見て決定。パンクのリスクを軽減できるメリットを取る。製品名に「グラベル」と入るのも、GRAILにマッチする。

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「CCJP 200milesライド」では全てを自己責任でまかなう必要があるため、補給食や替えのタイヤチューブ、工具、ライドログをとるためのGPSデバイス用バッテリーなど荷物が多くなる。大型のサドルバッグとハンドルバーバッグで対応した。グレイル・コックピットのフラットバー下部にバーバッグを取り付けると、ハンドル位置が低いためバッグと前輪が接触してしまった。上部フラットバーに取り付けたが、せっかくの二階建てハンドルがハンドルバーバッグで隠れてしまうのは少々残念。またハンドルへの取り付けということでは、ライトの取り付けもバー断面が楕円になっているので苦労した。下部フラットバーの外側の、断面がやや円に近いところでマウントにシムを噛ませて対応したが、下ハンを持った時に指と触れない位置に気を配る必要がある。

制限時間18時間半、200マイル(320km)の旅へ

「CCJP 200milesライド」は前橋をスタートし、東に栃木県小山市まで進んだところで北上、日光いろは坂・中禅寺湖を経て金精峠をこの日のピークとし、群馬の沼田へ下り、中之条・東吾妻とアップダウンを繰り返し前橋へと戻ってくる320km、獲得標高4200mの道のり。朝3:35のスタートで、完走が認められるのは夜22:00まで。長い旅へ、3名の仲間たちと共にスタートを切った。

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メンバー全員がCANYONに乗る今回のチームメンバー。Hiroは僕と同じGRAILPanaracerGravel King 32Cというチョイス。京都からはるばるきたAcchaと、ブルベを多くこなし経験豊富なTakuroさんはCANYONのロードバイク。GRAILがどこまでロードライドに使えるか、わかりやすいというもの。

乗り始めてすぐに、太めのタイヤがもたらすエアボリュームと、先割れしているシートピラーがもたらす路面からの衝撃緩和能力に驚かされる。ふわふわと魔法のじゅうたん(死語?)に乗っているかのような快適性で、最序盤ながらこれはいいチョイスをしたわいと心のなかでほくそ笑む。直進安定性が高く、一度スピードに乗れば楽に巡航ができる。超ロングライドの序盤ということもありみな抑えめのペースだが、それがこの仕様のバイクにはちょうどよいスピード。だいたい30-32km/hくらいでの巡航だ。

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この日の最初の試練は走り始めて15kmもしないうちにやってきた。天気予報になかった雨が突然降り出したかと思うと、雨足は弱まることがなかった。20kmもいかないうちにずぶ濡れになる。朝の暗い中で濡れながら走るのは、体力というより精神的にキツい。ただひたすら耐えて、じきに太陽が出てカラカラのライドになることだけを考えて走る。が、無情にも太陽は顔をのぞかせることはなかった。

挙句には、雷鳴と豪雨が待ち受けていた。これはかなわないと、ルート上のコンビニで雨宿りをするが、雨の勢いと時折走る稲光に、言葉を失う。まだ250km以上も走らなければならないのだ……。雨足が弱まったところで走り始める。130km地点の日光に近づくにつれ、雨は収まってきたが先程までの豪雨で路面はびしょびしょ。自らの跳ね上げで結局はずぶ濡れを継続するのだった。どこまでもタフ。

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そんなウェットな状況で、確実に効く油圧ディスクブレーキはありがたい。プロのロードレースでは導入がいまだ進んでいないが、僕らのようなファンライダーにとっては恩恵の方が大きい。多少の重量増よりも、どんな天候・路面状況でも確実に効く制動力をとるべきだ。それが安全にもつながるのだから。そのことは、この後痛感することになる……。

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130km地点の日光に到着したときには、雨は上がっていた。ただ、濡れた体が体力と精神力を蝕んでいることには気づかないフリをしておく。GWで大混雑の東照宮前を横目に、いろは坂へと挑む。小学校の修学旅行以来だが、テンポで登る分には乗り物酔いに苦しんだバスよりもむしろ短く感じられた。最大34T×34Tのワイドギアのおかげで、登りも一定ペースで走るだけならそう辛くはない。たどりついた標高およそ1300mの中禅寺湖には強風が吹き荒れていた。しかしまだ700mを登らなければならない。今日のピーク、金精峠の標高は約2000mだ。そして、見るからに進む方向には暗雲が立ち込めている……。比喩的な意味ではなく実際的な意味で。

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国道で日本第3位の標高をもつ金精峠(1位は渋峠、2位は麦草峠)の山頂へ至ると、ぽつぽつと降り出した雨がみぞれになり、やがて雪となった。周囲の山には雪がまだ残っているのが見える。そして山頂は、吹雪いていた。5月の国道に雪が降るとはどういうことだ。

標高で1000m以上も一気に登ったということは、それだけ下らなければならないということだ。30km以上のダウンヒルは、通常なら峠を制覇したサイクリストへのボーナスとなるところだが、この状況では拷問以外の何物でもない。朝から大雨にさらされ、例外的な低気温に見舞われ、そしてこの仕打ちとは、自然はやはり厳しい。それ以外に何も言えない。真っ白になった山頂に、雪国にいた頃を思い出しながら下る。……が、むき出しの顔とヒザにビシビシと当たってくる雪が痛くてライドに集中できない。それ以上に、指がかじかんでほとんど動かない。1秒ブレーキレバーを触ったら、2秒は口の中に指を突っ込んで暖をとる。不毛だが、それ以外に方法がない。

チームの全員が全員こんな状況なので、1kmも下らないうちにスキー場のレストハウスへ逃げ込む。暖かいお茶やうどんを流し込んでも、震えが収まらない。予想外の低体温症でしばらく走り出せないでいても、外の雪は止む気配もなく、どこかで意を決して走り出さなくてはならない。お土産物屋で求めた軍手を防寒具に、再び下る。低気温で路面がびしょ濡れ、手に力が入らないこの状況では、ディスクブレーキの恩恵を最大限に受けた。今日は極端な例だとしても、疲労の溜まるロングライドの下りでは、ディスクブレーキを強く推したい。

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命からがら山頂付近を越え群馬側へ下ると、路面が乾きだす。どうやらこっちの方はあまり雨も降らなかったようだ。あとでしったが、この日の栃木は異常気象だったらしく、まさにその異常気象の真ん中を僕らは走っていたということだ。なんてこった。下りきって久々に目にしたコンビニで補給をとっていると、他チームのリタイヤの報が相次いで入ってきた。この状況ではそれも止むなしかな。僕らのチームは、なんとか意志を保ったまま、ゴールを目指す。まだゴールまでは120km、時計は15時半をまわっている。ただ走るしかない。

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200kmを超えてからは、疲労も溜まってきており、とにかくリズムを崩さずに走ることに集中する。速くは走れないが、丁寧に走ることはできる。そしてそれが、ロングライドの後半では大事なことなのだ。こうした時に一番リズムを崩すのがパンクだ。特にチームライドでは、1人のパンクが全員の足を止めることになってしまう。今日のように寒く、防寒具に乏しい状況では、路肩に立ち止まる時間は極力少なくしたい。そのための32Cタイヤだったが、これが功を奏した。タイヤクリアランスに余裕のあるGRAILだからこそのチョイスだったが、この安心感とトラブルレスの感覚は、ロングライドでもっと積極的に使用してもいいバランスだ。あとで聞いたところによると僕らのチームはパンクが0だった一方で、5回のパンクに見舞われたチームもあったという。そのチームはあえなくリタイヤしてしまった。

辺りが再び暗闇に包まれても、黙々とペダルを踏み続けていく。さすがにメンバーと交わす口数も減ってきた。頭の中ではゴールまでの残り距離のカウントダウンしか考えていない。あとは、温泉に入りたいなぁ、とか。しばらく真っ暗な田舎道を走ってきたものだから、街の灯が見えた時は、ゴールが近いということよりも文明に近づいたことに感激と安堵をしてしまった。現代人は少し自然に触れただけで、その弱さを実感する。

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4人揃ってのゴールは、疲労感と感謝と、少しの誇らしさとが入り混じった。ゴール時間は、21:59。足切りの1分前滑り込みだったが、なんとか戻ってきたのだった。18時間24分、こんなにも自転車に乗った1日は今までなかった。そしてオンロードのみで使用したGRAILは、ノントラブルでこの過酷な旅を走らせてくれた。

GRAILをオンロードで320km走ってみて
オン/オフロード両用のグラベルロードGRAILをあえてオンロードのみで使用してみた。オフロードを走る用途でこのバイクを手に入れても、つなぎの区間や移動でオンロードを走る時間は長いもの。ならばと思いその性能をテストしたかったのだ。結論から言って、スリックタイヤを履かせたオンロード仕様で、十二分に走れるバイクだと思う。40km/h以上での巡航には向かないけれど、ハンドル、シートポスト、ジオメトリーと全体的に快適性に振った作りは、ロングライドに最適だ。今回のように少し太めのタイヤを履くことで路面に神経質にならなくともよくなる。

また、ブランドの方向性とは違うとは思うが、通勤で毎日片道10-20kmを走るような用途のシティバイクとしても良いと思う。路肩は道につなぎ目があったり荒れていたりするのが常だけれど、太めのタイヤで気を遣わず走れ、雨の日でも制動力の変わらないディスクブレーキは天候を選べない通勤ライダーにとって魅力だ。そしてなにより、きびきびと走るバイクとしての基本性能の高さが乗っていて気持ちいい。落ち着いたカラーリングも、街にしっとりと溶け込むだろう。

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平日は街で、休日はロングライドやツーリングで。そんな使い方もできるGRAILの懐の深さを知り、もっとこのバイクに乗りたい気持ちが湧いてきている。

日本でのGRAILローンチイベントが開催

オンライン上では話題に事欠かないGRAILだが、なかなか実車を見る機会がないのも事実。そこで日本でのローンチイベントが5月11日(金)に、試乗会が5月12日(土)に開催される。まずは11日(金)夜にRapha Tokyoにて、ローンチイベント。本稿を寄せたonyourmark.jp編集部の小俣雄風太もトークセッションに参加する。12日の土曜日は、東京矢野口のCROSS COFFEEにてオフロードを走れるGRAIL試乗会が開催される。お見逃しなく。

■『グレイル』ローンチイベント「グレイルで走る、日本の道の可能性」
日時:5/11(金)18:30開場、19:00開始
場所:ラファ東京 東京都渋谷区千駄ヶ谷3丁目1-6
参加費:無料・ワンドリンク制(キャニオンお土産付き)
定員:先着30名
申込方法:https://ti.to/raphatokyo/clubhouse-event/with/9qlhsugigui

奇抜な「二階建てハンドル」が大きなインパクトを与える、キャニオン初のグラベルロードバイク「グレイル」。この発売を記念して、ラファ東京にてローンチイベントを開催。その開発コンセプト、デザインのこだわりをキャニオンジャパンのスタッフが解説します。

そしてグレイルは「日本の道」で、どんな走りをもたらしてくれるのか?「グレイル」をいち早くテストした二人のサイクリスト、小俣雄風太氏、田辺信彦氏がその楽しみ方をレポートします。またラファはこの春夏、‘EXPLORE’というテーマで、新しい走り方を提案。アドベンチャーライドに適したウェアを、ラファスタッフがご紹介します。

▽展示・ミニ試乗について
・グレイル実車展示:XS(166-172cm)、S(172-178cm)、M(178-184cm)
・イベント開始前のみ、店舗前道路にてミニ試乗できます。

■『グレイル』試乗会「未舗装路で、グレイルの実力を体感!」
日時:5/12(土)①9:00- ②12:00- ③15:00-
集合場所:CROSS COFFEE 東京都稲城市 矢野口227−1 グランツドルフ 1階
参加費:1,000円(ワンドリンク・キャニオンお土産付き)
定員:各回先着12名
申込方法:http://canyongrailcrosscoffee.peatix.com

キャニオン初のグラベルロードバイク、「グレイル」に試乗するチャンスの到来です!南多摩尾根幹線(通称:尾根幹)や多摩川サイクリングロードにほど近いロケーションのカフェ、CROSS COFFEEに集合し、未舗装路での試乗会を実施します。

▽試乗車リスト
グレイルCF SL:XS(166-172cm)、S(172-178cm)、M(178-184cm)