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東京マラソン2018は、ディクソン・チュンバ選手(ケニア)が2時間5分30秒で2014年以来となる2度目の優勝を果たした。設楽悠太選手(ホンダ)は総合2位の2時間6分11秒で、日本記録を16年ぶりに更新。本大会は東京オリンピックの代表選考会への出場権もかけており、設楽選手は東京五輪選考会「MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)」出場権を獲得した。

昨年秋頃から、設楽選手は乗りに乗っていた。プラハ(チェコ)、ウスティ(チェコ)、ベルリン(ドイツ)、八王子(東京)、甲佐(熊本)、ニューヨーク(アメリカ)、丸亀(香川)、唐津(佐賀)のハーフマラソン大会などを転戦し、ウスティのハーフマラソンでは日本新記録を出すなど、好タイムを連発している。
 
順調な仕上がりが世間に知られるにつれ、「トレーニングで40キロ走はしない」、「高地トレーニングはしない」、「お菓子が好き」という、彼のマイペースなパーソナリティも注目されていた。好調な設楽選手の身体になにが起きていたのか。どのようなトレーニングを積んだのか。東京マラソンから4日後、都内で設楽選手に話を聞いた。

結果を残した要因のひとつはシューズ

設楽選手は今年に入って5回のレースに出場し、東京マラソン直前の2月にも2本のレースに出ている。ハイペースでレースを重ねられる理由を訊ねると、傍らに置いた靴を見つめた。
 
「靴の影響ですね。勝手に足が動くという感覚です。ほかの人なら、(レースを重ねることは)考えられないことだと思うんですが、僕はこの〈ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%〉のおかげで、自分をしっかり追い込んでいる。それが結果を残した要因のひとつだと思っています。前回の東京マラソンでは足にダメージがあって、30キロ以降は余裕がありませんでした。しかし、今回は昨年と比べると気持ちの余裕も違いますし、一番きつい35キロ地点でもペースが落ちずにそのままいけました」

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レース中盤、設楽選手は先頭集団から後れはじめたが、順位を落としていくことなく、後半には驚異的な追い上げを見せた。落ちてくる選手を捉えて、抜いていく様子は箱根駅伝や実業団の駅伝での快走を彷彿とさせた。駅伝の経験が後半の追い上げにつながっているかと問うと、設楽選手は首を振る。
 
「昔のことはあまり振り返りません。だいたいのレースはその日に忘れてしまいます。だから、どういう感覚だったかと聞かれても、覚えていないんです。その日の体調や環境でタイムは変わってくるし、試合当日の朝に起きてみないとわからない。東京マラソンの前の日、あまり眠れていませんでした。実際に眠ったのは2〜3時間くらいでしたね。それでも、心は落ち着いていて、焦りや不安はなかったですね 」
 
今回の東京マラソンが注目されたのは、なんといっても日本新記録を塗り替えたことだろう。普段から「記録は結果についてくる」と言っていた設楽選手だったが、日本新記録に話が及ぶと感慨深げだった。

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「正直、僕もこんなに走れるとは思っていませんでした。6分11秒で走り終わったときには、びっくりしましたね。30キロ以降、離されたときに『7分台位かな』と、僕の中では思っていたんです。それでも、32キロ地点で家族の応援が聞こえた。それが、もう一度僕を動かしてくれて。1番きつい32キロからゴールまでをペースを落とすことなく走ることができた。……日本記録を確信したのは、ほんとに40キロを過ぎてからですね」

ゴール直後の設楽選手は横になり、すぐに立てない状態だった。どれほど体が追い込まれていたのだろうか。
 
「いえ、疲労は本当になかったんです。10キロ地点でふくらはぎを痛めて、その影響もあって、立ち上がることができない状態でした。15キロ位まではずっと足のことを考えていましたが、途中から足が痛いとかは考えず、無心で走りましたね。僕はいけると信じていたので、集団につくことだけを考えていました」

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今回のレースで設楽選手が履いていたのは、底の厚い〈ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%〉。ゲーレン・ラップ選手に「もうこれなしじゃ生きていけない。まるで下り坂を走っているみたいだ」と言わしめた靴だ。設楽選手は昨年9月のレースから使用しているが、初めて見たときは、これまでの常識を覆す姿に衝撃を受けたという。
 
「底の厚いこの靴を履いてレースを走ることは、考えられませんでしたね。ですが、昔の薄底の靴と比べると、翌日の疲労感がまったく違う。それで、たくさんのレースに出ることができたと思います。クッション性、反発もすごい。勝手に足が動くという感覚です。
トレーニングも特に変わったことはしていません。ただ、昔と比べると走行距離、時間は延びてきていると思う。スピード練習でも速いタイムで走ったり、距離走の回数も増えている。……変わったところは、そこかな。スピード練習で使用するのは、〈ナイキ ズーム ヴェイパーフライ 4%〉ですが、距離走のときは〈ナイキ ズームフライ〉、ジョグの時は〈ナイキ フリー〉を履いている。僕は靴を信じています。今はしっかり準備ができているから、ひとつひとつの試合で結果が残せていると思います」

僕とほかの選手の違うところ

これまでの日本マラソンのオーソドックスな戦い方は、前半を押さえ、後半にかけてペースアップしていくスタイルだった。しかし、設楽選手は積極的に仕掛けていく試合運びが多い。それを問うと、彼の視線の先にはすでに「世界」が見えているようだった。
 
「世界で戦うと考えたとき、前半を押さえ、後半に追い上げるとなったら、それは大変なんです。だったら、前半にちゃんと集団について行って、落ちてきた選手を拾っていくしか勝てないと思う。それが今回の東京マラソンで証明できたんだと思います」

設楽選手をよく知る人は彼のことを「マイペース」だという。練習でも自分の信じる方法を選択し、これまでの「マラソン界の常識」であっても、納得しなければ取り入れることはないそうだ。多くのマラソンランナーがレースの“勘”を得るために40キロ走を取り入れる。しかし、彼はその40キロ走を取り入れていない。
 
「マラソンを走るにあたって、40キロ走をやるのは当たり前というのは僕もわかってはいる。けれど、走り込みをしてマラソンの結果を残すというのは、昔の話だと思う。今は昔と比べ、環境にも恵まれていますし、自分に合ったシューズを選んで練習をしていくことが、結果を残す1番の近道だと思っています。……僕とほかの選手と違うところは試合の出る回数だと思う。そこが今回の、ほかの選手との差だと思っています」

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東京マラソン後、設楽選手はゆっくりと体を休ませるそうだ。練習の再開は春頃を予定している。
 
「お正月から頑張ってくれたので、一ヶ月間はゆっくりと体を休ませたいですね。それで4月くらいから少しずつ、切り替えていかないと。そうでなければ、今回のマラソンで結果を出した意味がない。まずは次の試合に向けて、準備するだけですね」
 
日本マラソン界に大きな衝撃を与えた設楽選手の走り。春以降、彼の走りに日本と世界が注目をしている。

設楽悠太(したら・ゆうた)

設楽悠太(したら・ゆうた)

1991年12月18日生まれ。東洋大学(武蔵越生高校)卒業。HONDA陸上競技部所属。
自己記録
1500m: 3分48秒29
5000m : 13分34秒68
10000m : 27分41秒97
ハーフマラソン : 1時間00分17秒(日本記録)
フルマラソン : 2時間6分11秒(日本新記録)