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(写真 松本昇大 / 文 櫻井 卓)

実は日本はクライミング強国なのだ。
特にボルダリング種目では、2014年から3年間連続で世界ランキングトップという成績を残している。
当然、世界でトップを争う日本人選手も多く存在する。スポーツクライミングが東京オリンピックで追加種目に決定したいま、否が応でも日本人ゴールドメダリストの期待が高まる。
今回インタビューした野中生萌選手もそのひとりだ。

オリンピックの新ルールは、誰もがチャレンジとなる
2010年、JOCジュニアオリンピックカップ優勝。2014年、クライミング・ワールドカップ フランス大会で準優勝、2015年にはアジア選手権を制し、2016年のクライミング・ワールドカップでは2回の優勝を含め、総合で2位。
そんな輝かしい経歴の彼女でも、オリンピックは“手強い”という。

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それは、複合で争われるという、オリンピックでのスポーツクライミングの特異性が大きな原因だ。
これまでのクライミング競技は、野中選手が得意とするボルダリング、スピード、そしてリードという3種目がそれぞれ独立して競われていた。ところが、オリンピックでは、その3種目すべての総合点で競われるのだ。
一言でクライミングと言っても、それぞれの競技で求められるものは大きく異なっている。例えばボルダリングは高さ5m以下の壁に設定されたコースを、制限時間内でいくつ登れたかを競う。ムーブ(身体の動かし方)がとても重要で、身体を使ったチェスなどと呼ばれることもある。リードはロープで安全確保しつつ、制限時間内でどの高さまで登れたかを競う。壁は12メートルを超えるため、持久力も重要だ。そしてスピードは、高さ15メートルの壁をいかに速く登れるか。当然、瞬発力が求められる。
 
「最初に複合と決まった時は、正直“嘘でしょ”と思いましたね(笑)」
 
選手達にとってみれば、それまで1500m走を一生懸命やってきたのに、次の大会からは、100m走と走り高跳びでも良い記録を出せと言われるようなもの。
もちろん、練習内容も大きく変わった。それまではボルダリングを極めれば良かったが、スピード、リードの底上げもしなければならない。

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「バランス良く全部やらないといけないのが難しいですね。例えば、スピードが苦手だからと言って、スピードの練習ばかりしていると、筋肉がどんどんついてきます。そうなると逆にリードをやるときには身体が重たくなりすぎて、うまく登れない」
 
しかし、野中選手は、それをひとつのチャレンジとして前向きに受け止めている。
 
「スピードの瞬発力はやはりボルダリングにも活きてきますし、結局はクライミングなので、バランスを見ながら上手にやっていけば、全体として強いクライマーになれるんじゃないかなと思っています」
 
ちょっと驚いたのが、野中選手の練習は、基本的に登ることしかしない。最近になって筋力トレーニングも取り入れたが、とにかく登ることで、技術、体力の両面を鍛えていく。その均整の取れた身体は、クライミングに必要な筋肉しかない。純粋に登るための身体。“機能美”と言っても良いかもしれない。しかも食事制限などもしていないという。
 
「私は食べることが大好きなので、食事制限をしてしまうと、それ自体がストレスになりかねないんです。だから基本的に食べたいものを食べたい時に食べていますね。ただ、気をつけているのが食べ過ぎないということ。食べ過ぎると重くなってしまうので、小腹が空いた程度でなにか食べたりということはしないです」
 
クライミングというものが、いかに美しい身体を作り上げるのに向いているかが分かるエピソードだ。美しいと言えば、クライミングは、そのムーブもとても優雅だ。難しい課題になればなるほど、そのムーブが勝負をわける。だから、身体にかかるストレスは極限まで減らしたいと、野中選手は言う。
そんな野中選手が愛用しているウェアが、アディダスのアルファスキン。これまでのコンプレッションウェアの機能に加え、筋連動に着目しているのが特徴。
 
「驚くくらい着心地がいいです。動いてもまったく抵抗を感じない。身体の動きにあわせて付いてきてくれる感じ。いままでのものだと、どうしても貼り付いている、締め付けられているという感じがあったんですが、これはぜんぜんそういうのを感じません。まるで、もう一枚の皮膚という感じです」

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クライミングの世界でしばしば使われる、“強い”というワード
通常のスポーツとは違い、勝者が絶対に強いかというと、必ずしもそういうワケでもないらしい。
 
「ボルダリングはいろんな課題がありますよね。そのすべてが全然タイプが違うんです。だから“”このタイプの課題は強いけど、こっちのタイプの課題は弱いという表現を使ったりするんです。あとはただの登りだけじゃなくて、メンタル面も含まれます。大会の時だけものすごく強い選手がいたりするんです」
 
野中選手が求める強さは? と聞くと、しばらく考えてから、こう答えてくれた。
 
「肉体的にも精神的にも強くて、どんなタイプの課題がでてきても対応できて、外の岩も登れて……。コンペティターとしてだけではなく、クライマーとして見たときに、強いよねって言われるような選手になりたいです」
 
欲張りですね、と返すとちょっと照れ笑いをしながら付け足す。
 
「他人と比べるというよりは、自分を追求していくということですかね」
 
こんな風に、まるで昔の武士のような求道的なことを言うかと思えば、試合前のモチベーション上げ方を聞くと、「大好きなお肉を食べること」と、照れくさそうに言ったりもする。全体の印象としては、淡々としていて、動じず、勝負強さがありそうだ。
オリンピック競技になることで、これまでは“やる”側面が強かったクライミングに“観る”という側面も出てくる。野中選手に、クライミング観戦のコツを聞いてみた。
 
「クライミングは、面白いくらいに選手がみんな違うんです。他の競技だと●●体型みたいなものがあると思うんですけど、クライミングはあまりそれがないんです。すごく背の高いクライマーもいれば、低いクライマーもいます。筋肉質な人もいれば、細い人もいます。そうなってくると、その体格によって同じ課題でも登り方がぜんぜん違ってくるんですよ。そういう違いに注目して観ると、おもしろいと思います」

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いま野中選手はオリンピックへ向けて、リードやスピードの強化に励んでいる。来季からは、3種目の大会へエントリーする予定だという。
 
「リードとスピードでは、たぶん最初はボコボコにされると思います(笑)。自分がボルダリングのトップであるように、他の2種のトップ選手とは、何年もやってきているという圧倒的な差があります。だからそこまでは行けないとしても、その差を埋める努力をしていくしかないですね」
 
ボルダリングだけでなく、新境地のリードやスピードへの挑戦。そのきっかけはオリンピックだったかもしれないが、野中選手はとても前向きだ。いろんなことにチャレンジし、貪欲に吸収していく。その先には、きっと自身が求める“強さ”があるはずだと信じて。

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野中生萌(のなか・みほう)
1997年5月21日生まれ、東京都出身。
父が山岳トレーニングに取り入れていたクライミングを家族で体験したことをきっかけに9歳からクライミングジムに通う。クラシックバレエ、器械体操で培った柔軟性に加え、負けず嫌いな性格が功を奏し、高校1年生で日本代表に選出。2014年にはボルダリングワールドカップに参戦。参戦した6大会のうち4大会で決勝に進出する。2016年シーズン、ワールドカップナビムンバイ大会で初優勝を飾り、最終戦でも2勝目を挙げ、年間ランキング2位を自身最高位を獲得。世界選手権優勝の目標を掲げ、日々クライミングの世界でTOPを目指し続ける。