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初マラソンのボストンマラソンで3位入賞を果たした大迫傑選手(ナイキ・オレゴンプロジェクト)。2ヶ月後、彼の姿は〈日本陸上競技選手権2017〉に出場するために大阪にあった。レース後、大迫選手にボストン、大阪、そしてロンドンの世界陸上に対する思いを訊いた。

(写真 松本昇大 / 文 井上英樹)

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2017年6月23日。大阪・ヤンマースタジアム長居はひどく蒸し暑かった。
じっとしているだけでも汗が噴き出てくる。スタジアムを注視する観客たちもペットボトルや水筒で絶えず喉を潤している。スタジアムの暑さは温度だけではなかった。この場所では〈日本陸上競技選手権2017〉の戦いが繰り広げられていたのだ。

大迫傑選手が登場する男子10000m決勝はプログラム後半の20時。女子の10000m決勝で松田瑞生選手(ダイハツ)が初優勝し、100m予選では市川華菜選手(ミズノ)、福島千里選手(札幌陸協)らが予選を通過した。男子10000mを前に、スタジアムのムードは徐々にヒートアップしていく。大迫選手の選手紹介の時、ひときわ大きな声援が送られた。この日、スタジアムに集まった陸上ファンの目的の1つは大迫選手の走りにあるようだった。

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レースが始まった。大迫選手は常に集団前方につけている。その表情は変わらず、淡々と先頭集団を見据え、いつでもスパートに対応できる体勢を取っているようだった。残り1000mを切った頃、上野裕一郎選手(DeNA)がスパートを仕掛ける。その瞬間、大迫選手もギアを上げ上野選手に追いつく。抜きつ抜かれつのレース展開を予想したが、大迫選手の独壇場だった。圧倒的な速さ、力の差を見せつけるように、28分35秒47でゴールした。

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「今日は勝つことが目標だった。それが実行できたので充実感がある。どんなレース展開であっても、しっかりラストまで(走ろう)と思っていた。その通りに走ることができた。本当は、残り800~600mくらいで仕掛けていこうと思っていたのだが、上野さん(裕一郎、DeNA)が出てくれたので、それを利用させてもらった。わりと最後まで余裕をもって走ることができた。上野さんもラストの(スパート)力がある選手なので気をつけなければなと思っていたが、ただ、自分に集中することでタイムも上がるし勝てると思っていたので、そこに意識を向けて走った。(突破できていない世界選手権参加標準記録は)ホクレン・ディスタンスチャレンジで狙う。そこで、しっかりとタイムを出して、次につなげたい」(日本陸上競技連盟公式サイトより引用)

トラックレースへ向けて仕上げた身体

試合後、宿泊先のホテルで大迫選手に話を聞いた。
「日本選手権は毎年、独特の緊張感があるんです。今年は力みなく、走れたかなと思います。僕が出せる力は決まっていると思う。それより上に行かれたら仕方がないですし、自分の力を100%出すことを考えていました。今日は思っていたより、気温も湿度もなかった。だけど、悪くても良くてもみんな条件は一緒ですからね。とりあえず、リラックスすることだけを考えて走っていました。ボストンマラソンが終わって短い期間でしたが、しっかりトレーニングができたと思っています。それはよかった点かなと思いますね。ボストンの後、二週間は軽めのジョグで繋いで、三週目、四週目くらいからは徐々にワークアウトを開始して、という感じでした。マラソンとは練習も頑張り方が違うので、非常にきつい練習もあったんですけれど、でもそこを一回乗り越えたら、すっと体もスムーズに戻った。……そこだけですかね。苦しい部分があったのは」

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最後のスパートは佐久長聖高(長野)の先輩に当たる上野選手との一騎打ちだった。その時のことを訊ねると、「そういうことは全く意識しない」という答えが返ってきた。
「ただ、自分がしっかりと集中さえすれば勝てると思ったんで。もちろん、外から見れば一騎打ちというような、『僕vs誰か』というような構図なんでしょうけど。……僕の中ではひたすら自分のことに集中した結果なんです。ほかの人を意識してしまうと、体が硬くなってしまったりする。全く意識しないというのは無理なんですけれど、そう心がけるようにしていました」

レースで戦った相手は自分自身
今回の〈日本陸上競技選手権〉のテーマを訊ねると、「自分にしっかりフォーカスすること」と言うシンプルな答えだった。敵は周囲の見える相手ではなく、自分自身。まるでそう言っているように思えた。
「レースに身を任せるじゃないですけれど、僕自信がレースをコントロールできると思ったんで。……心の中で、ですよ。実際はレースが自分のために動いているわけではないんですけれど、どうあろうと自分が冷静に対処すれば、という意味です。アメリカでは(周りで)やっている人がレベルの高い選手なので非常に自信になります。どういう選手が強いのかとか、モー・ファラー、ゲーレン・ラップの強さの秘訣だとか。自分もこうあるべきだなと、徐々にわかってきたかな」

「彼ら」の強さを身近に感じる日々、その日常は大迫選手の「成長」へとつなげる。
「練習をしっかり継続するというのが前提にあるんですけれど、生活の中でストレスを感じないようにしていく。競技の中でもまた自分にしっかりと目を向けてと言うか。(彼らは)無理をしないというか、みんなリラックスしていると思います」

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この日の試合は暑さもあり、優勝した大迫選手のタイムでさえ28分35秒47という結果で、世界陸上選手権の参加標準タイム27分45秒には届かなかった。世界陸上選手権の切符は三週間後の〈ホクレン・ディスタンスチャレンジ〉まで持ち越しだ。最後にロンドンの世界陸上にかける思いを訊ねた。
「去年(リオオリンピック)が17番だったんで、今年は10番前後を目指したいですね」

暑い大阪から三週間後の7月13日。北海道網走市営陸上競技場でホクレン・ディスタンスチャレンジ最終戦が行われた。涼しく記録が出やすいのではと期待されていた北海道は、記録的な猛暑が続いていた。
大迫選手は27分46秒64で日本人トップの2位に入ったが、世界陸上の参加標準記録である27分45秒をわずかに突破できなかった。

粗く暗い画像のネット中継から大迫選手の表情をうかがい知ることはできなかったが、トラックに突っ伏し、感情を露わにして悔しがる様子が見えた。画面の向こう側に、いつも沈着冷静な大迫選手とは違う姿があった。しかし、この姿もまた大迫選手なのだろう。情熱と冷静を併せ持つ、大迫傑はさらに強くなり、私たちの目の前に現れるはずだ。

トレーニングの質を高めるランニングシューズ”ナイキ エア ズーム ペガサス 34”

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アップなどトレーニングではペガサスを履くという大迫選手。「トレーニングの効果を最大限に引き出すには、履きわけが必要です。ジョグの時は薄いソールより、厚めのソールがいい。その中でペガサスはバランスの良い靴だなと思っていています」¥12,960(税込)

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大迫傑(おおさこ・すぐる)

1991年5月23日生まれ、東京都出身。早稲田大学スポーツ科学部 卒業。ナイキ・オレゴンプロジェクト所属。2012年世界ユニバーシアード選手権大会10000mでは日本人として16年ぶり4人目の金メダルを獲得。

自己記録 3000m:7分40秒09(日本記録)
5000m:13分08秒40(日本新記録)
     10000m:27分38秒31
     ハーフマラソン:61分13秒
     フルマラソン:2時間10分28秒