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(写真 八木伸司 / 文 岡村明子 / 写真提供 平井康翔)

海、湖、川など自然の水の中で行われる長距離水泳競技、OWS(オープンウォータースイミング)。ロンドン五輪で日本人初の出場を果たし、リオでは8位入賞を遂げたのが、平井康翔選手だ。世界で着実に結果を残している現在、東京五輪に向けて、何を思うのか?マレーシアのアジア選手権で優勝を遂げたその直後に、東京で話を聞いた。

 

オープンウォーターの選手になって広がった世界

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平井選手の前回のインタビューから2年。その間、OWSのレースでは、リオ五輪で8位入賞、今年5月のアジア選手権では優勝と、確かな実績を積んでいる。日の丸をつけて泳ぐ楽しさを知り、「チャンスがあるなら何でもいい」と、OWSの可能性に賭けたのが2009年。そのとき思い描いた夢が、少しずつ実現しつつある。

「ロンドン五輪の頃は、日本にOWSを専門的に指導できるコーチがいなくてかなり苦労しました。その後OWSがメジャーなオーストラリアに拠点を移しましたが、外を知らない純正ジャパニーズだったので(笑)、世界との差を思い知らされることに。だから、“海外のどこに行っても活躍(通用)する人になる”と誓ったんです」

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競泳と違い、日本では環境が整っていなかったOWSをやるには、海外に行くしか道はなかった。でもそのおかげで、自立して戦う“世界”という環境に身を置くことになり、何よりも”個“として強くなれたのだ。

大自然を楽しめるOWSは、タフさも不可欠

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近年、トライアスロン人気の影響で注目が高まりつつあるOWS。その面白さとは、何なのだろう。「競泳は巨大な水槽の中をひたすら泳ぐような感じだけど、OWSは自然の中を泳ぐから、見える景色が全然違う。メキシコ・カンクーンでは魚の大群と遭遇したりして、一番良かったですね。ハワイでは海ガメと一緒に泳いだり、やっぱりオープンウォーターは楽しい」
では、レースでの泳ぎ方や戦い方は、どのように違うのだろうか?
「OWSは、フラットなプールと違って潮や波の影響があるので、そのコンディションによって入水の角度を変えなくてはいけない。あと、大海でブイを目指して泳ぐので、目をつぶっても真っ直ぐ泳げることも必要。ブイを確認するために何度もヘッドアップしていたら、積み重なって大きな差に。ですからプールでも、黒マジックで塗りつぶしたゴーグルを着けて真っ直ぐ泳げる練習をします。あとは、人のぶつかりあい。見えないところで足を引っ張るなどボディアタックがあるので、試合中は歯が折れないようにマウスピースを装着。サッカーみたいに審判もいて、失格になる場合もあるんですよ」
そうした外的ストレスに対しても負けないタフさが求められる、OWS。そして試合で勝つために一番大事なのは、経験値がものをいう“駆け引き”だという。
「10km泳ぐけれど、勝敗を分けるのは5kmを過ぎてから。タイムはほぼ秒刻みの差になるので、最後のアタックのタイミングにかかっている。毎回違うレース展開を体験し、極限状態でどれだけ冷静に判断できるかがポイントとなります。OWSの戦いは、つまり、“不規則なスピード変化に自分がどうアジャストするか”。水温、波、潮の流れなど、同じ状況は絶対にないので、世界記録もない。常に一回きりの勝負なんです」

また、リオ五輪で痛感したのは、“思い”の強さ。「僕はロンドンの時よりも覚悟を持って過去最高の状態で挑んだのに、金メダルまで4.8秒足りなかった。メダルを獲ったのはオリンピックに5回出ているギリシャの選手。彼は約20年間、4年に一度の大会に集中するという、ある意味クレイジーな生活をしてきているわけです。彼のあの気迫のような“思い”を持って勝負すれば東京オリンピックで泳げばメダルを獲得できるんだ。とリオのレース後に強く意識しました」

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オランダEind hoven。リオ五輪金メダリストフェリー選手とトレーニング。

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リオオリンピック後の競泳のワールドカップパリ大会では銀メダル、ベルリン大会では銅メダル。

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2017年5月にマレーシアで行われた、アジア選手権での優勝。

スポーツとカルチャーをつなげる夢に近づいて

“世界”を経験してきたのは、水泳選手としてだけではない。ファッション、食、音楽、ビジネスと、彼の興味と向上心は、あらゆる分野に渡っている。「OWSで世界に出て、オリンピック選手になれたことで、会いたい人と会えたりして、世界が広がりました。SBIホールディングス株式会社の北尾吉孝社長や、大学の先輩である実業家でアイアンマンの本田直之さん、世界最短でミシュランの三ツ星を獲得した米田肇シェフは憧れの存在であり、とても尊敬しています。何かあったときに相談をするメンターような存在。違うジャンルの人との交流は、とても刺激的なんです。たとえばフランスやイタリアの星付きレストランで活躍している日本人シェフにも会いにいきました。“限られた時間の中でどれだけ結果を出せるか”という考え方が一緒で、人生哲学として勉強になります」

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前回のインタビューでも語ってくれたように、平井選手の夢は、ウォータースポーツと音楽などのカルチャーが融合したスポーツ文化事業の実現。「OWSは日本ではまだメジャーじゃないけれど、逆にそれだけ伸びしろがあるということ。時代の流れとしてモノより体験に価値に移行しているから、スポーツビジネスのマーケットとしても大きいと思う。マラソンからトレランにいくように、今後20年でオープンウォーターは必ずメジャーになるはず。いつか、イベントやレースが融合したような、ビーチの祭典のようなものをつくっていきたいですね。実は僕は将来的には起業家になりたいと思っています。今、所属しているSBIでは『アラプラス スポーツ』というアスリートのパフォーマンスをサポートするサプリメントがあるんですが、こういったバイオ事業への実現も目指していきたいです」

選手生命は、東京五輪までの3年半と決めている

ロンドンからリオの4年間はオーストラリアを拠点として、試合や合宿でヨーロッパなどの世界を見てきた。しかし世界を知れば知るほど、「東京は天国」と感じるようになったという。
「今や東京は、世界中で一番、最高の衣食住が揃っている街だと僕は断言できます。学生時代よりも東京、日本が凄く好きになりましたし、日本を想う気持ちが強くなりました。東京オリンピックに挑戦する日本人アスリートとして東京でトレーニングする時間を大切にしたいという気持ちがあります。ロンドン、リオを経験し、海外で生活してきたことで、そのような感情や価値観ができているかもしれません。とはいえOWSはヨーロッパが強いので、1年に7回あるワールドカップで海外に遠征するのと、ヨーロッパでの合宿や練習、そして東京。1/3ずつくらいの生活になるんじゃないかと思っています。今日も赤羽にあるナショナルトレーニングセンターで練習する予定です。全てのオリンピック競技種目の日本代表レベルの選手が集まる施設なので、ここには最高峰の設備、環境が整えられています」

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東京五輪出場権を獲得するためのレースは、2019年世界水泳と2020年世界最終選考会。「2019年世界水泳でTOP10に入れれば、1年前に出場を決めることができます。2015年の世界水泳は11位でとても悔しい気持ちを味わったので、次はTOP3。世界水泳のメダルを獲得して東京オリンピックの出場権を獲得したい。ロンドンからリオまでの間は、まだ2020年(東京五輪)もあるという気持ちがあったけど、今27歳の僕にはもうあとがない。つまり最後のオリンピックへの挑戦です。だから、正直、こわさもあります。水泳選手としての僕は、あと3年半で終えるつもりです。最後の東京五輪が終わったら1回死ぬくらいの覚悟。でも、1回死んだら、次はまた違う世界でのステップアップを目指していくつもりです。まずは今年7月にハンガリープダペストで開催される世界水泳で力を尽くします」

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平井康翔(ひらい・やすなり)
1990年4月2日生まれ。千葉県生まれ。市立船橋高等学校、明治大学政治経済学部を卒業。SBIホールディングス株式会社所属。日本人初のOWS競技オリンピアンとして、2012年ロンドン五輪で15位、2016年リオデジャネイロ五輪で8位入賞。2016年FINAワールドカップの自由形1500mで2位(パリ)、3位(ベルリン)。2016年いわて国体で優勝。今年5月のマレーシアのアジア選手権で優勝。今年後半は、7月の世界水泳、9月にお台場で開催される日本選手権など、7大会に出場予定。