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(写真 富取正明 / 文 村松亮 / 協力 adidas outdoor

2012年、2013年にワールドカップリード種目年間優勝を遂げ、今年2月には自身最高グレードとなる5.15bのルート“Fight or Flight”(スペイン・オリアナ)の第4登をするなど、コンペティターとしてだけでなく、フリークライマーとしても成長し続ける安間佐千さん。実は、そんな彼がクライミングと出会う前に取り組んでいたスポーツはサッカーだった。本人いわく「ぜんぜん上手ではなかったし、向いてもいなかった」と小学生時代を振り返る。

そして、今回安間さんと初対面となった、ひと回り世代の違うフットボーラー中村俊輔さん。セリエAのレッジーナ、スコティッシュ・プレミアリーグのセルティック、リーガ・エスパニョーラのエスパニョールと海外のトップリーグを渡り歩き、セルティック時代にはリーグ優勝と国内カップ戦優勝の2冠を獲得。Jリーグにおいては、史上初のMVP複数回受賞者の記録も持つ元日本代表の10番だ。現在はJリーグの横浜F・マリノスに所属し、第一戦で活躍を続けている。

Sachi meets Kazu(安間佐千×國母和宏)と題したアディダス・トップアスリートの対談シリーズの待望の第二弾をお届けしたい。

“イメージが凌駕される瞬間は、きっとブレイクスルーの瞬間なんだと思う”(安間)

中村  なぜ安間さんは登るのか。まず、そこから聞いてみたいんです。先に言わせてもらうと、俺の場合は自主練していたひとつのプレイがパっと試合中に出せたとき、自分らしいプレイをうまく繰り出せてお客さんの歓声が湧いたとき。案外、そんな瞬間こそがボールを蹴る理由というか、シンプルに嬉しい、一番のモチベーションかもしれないんです。

安間  それは僕の場合も似ていますね。とくにルートが長いリードクライミングとなると、鍵となるのは腕に乳酸がたまってくる後半戦。落ちるか、登り切るかのポイントで。そんなときに、いかに省エネで力を抜いた、イメージ通りのムーブができるかどうか。登る前に何度もシミュレーションをして、あのポイントであれぐらい力を抜いてラクにいけたら、次はこうなって、さらにあれができたら、ああなって、そんなベストのイメージを実現できると完登できるんです。理想のムーブになった瞬間は、うわ来たって感じなんですね。

ーーでは、シミュレーションやイメージ通りに身体を動かすことこそ醍醐味なんですかね?

安間  ただ、そうハッキリとも言い切れないところがあります。なぜなら、クライミングをしていて最も高揚する瞬間って、何も考えていない状態。その何も考えない時間をずっと味わっていたいんですけど、その時間はすごく限られていますから。やっぱり、人は常に何かしらを考えて生活をしていますよね。朝起きたら今日は朝ご飯何を食べようか、食べた後にどこに行こうかとか。

中村  つまりその状態って、ゾーンみたいな感じですか?

安間  そうですね。多分、登り続けながらそれをずっと求めています。このスポーツにというか、登る行為に。

ーーとなると、イメージをフィジカルが凌駕する瞬間がある。無意識というか、イメージや意識よりも先に身体が動く瞬間こそ最高だと?

安間  恐らくは、ブレイクスルーの瞬間なんだと思いますね。最近はずーっとないんですけど、自分が成長している過程で、何かをきっかけにこれまでの自分を大きく超えるタイミングが訪れるんです。自分自身でも知らない領域ですからね、これまでの常識も固定概念もない、無の状態で。今の自分はこういう能力を持っていて、だからきっとこれくらいしかできないなっていう、経験からの判断もないので、きっと無意識でいられるんです。

中村  確かに自分の限界はこんなものかなって意識してしまうと、本当にそのままで留まってしまう。だからこそ、常に今の自分を壊していく必要があるんだと思いますね。もっと俺はできるんだ、もっと走れるんだって新しいイメージを作っていかないと先はないので。

ーーでは、成長するためにどんな風に自分と向き合っているんですか?

中村  今の俺はプロサッカー選手としてベテランの領域をさらに越えている状態だと思うんですね。一般的にプロサッカー選手は30代前半が引退の時期だと言われていますから。でも俺はここまできた。だからこそ、またここから見えてくるものがあるんです。新しいことに進むとき、常にこれまでの自分を壊さなきゃいけないという意識の芽生えもそのひとつです。たとえば、朝ごはんのメニューを突然変えてみたり、練習場で必ずやってきたことをあえて変えてみたり。そうした些細なことから、グラウンドではよく練習しているパートナーを変えてみることだってあります。ちょっとしたことがプレイにも響いてくることがある。それが面白いんですよね。

“察知力を磨く。調子の良いときほど、備えないといけない”(中村)

ーーフィジカルというよりもメンタルに重点をおいて、成長するために環境を変える。これがスポーツのプレイ自体に影響を及ぼしているのは興味深いですけど、スポーツ選手でありながら、常に感覚や発想をフレッシュな状態に保っておく必要性がある、これこそ興味深いですね。

中村  究極は、すべてメンタルだと思っているんです。気持ち。これは俺の場合ですよ。でも、もう毎日が競争なんですよ。ストレスも溜まりますし、悪い流れのときが続けば、俺は家だって、クルマだって変えます。過去にそんな時期もありましたから(笑)。それでいて、うまくいっているときは安心なのかというと、そういう時ほど心配なタイプでもある。だから常に何かを察知しようとしています。挫折へのトラウマですよ。また、ああなるんじゃないかって。だから早く察知して備えておきたいんです。

安間  壁にぶつかってるときに、身の回りの環境とその壁がリンクしている感じがするんですか? こんなことを改善したらもしかすると突破口が見えるんじゃないかって。それとも、もっとこう、なんかあれを変えちゃおっかなーみたいなノリ的な感じなんですか?

中村  むしろ、もう“怯えてる”。そんな感じですね。

安間  これ、何かあるぞみたいな? 漠然とした?

中村  そうです。

ーー何かを察知した後にご自身でどんな備えをするんですか?

中村  たとえば、チームにたくさん点を取ってくれるフォワードがいたとして、もしその選手が怪我をしてしまったらチーム力が落ちてしまうかもしれないですよね。だから調子が良いときから、控えの選手を連れ出して集中的にシュート練習をしたりします。一緒にね。うまくいっているときほど、備えるんですよ。今、チームのキャプテンをやらせてもらっていますから、個人で備えることはもちろん、チームとして何かを察知して、取り組むようにもなりましたね。

安間  一緒に練習する人を変えてみたり、自分が成長するための存在として周りの仲間を捉えている視点は個人的には発見でしたね。自分を高めてくれる仲間がいて、敵ではないけれど、一定の距離を持ちながら刺激し合っている。成長するきっかけは至るところに転がっているんだなって再認識できました。

  • 安間佐千(あんま・さち)
    1989年9月23日生まれ、栃木県出身。12歳の時、山岳文化に精通する父の勧めでクライミングと出会う。わずか1年でジュニアオリンピックのユースB(16歳未満)で3位入賞や日本選手権3連覇など才能を開花。ワールドカップでは2012年の初戦、日本人男子として12年ぶりに優勝し、この年のワールドランキング1位、そして念願のリード種目の年間優勝を飾る。さらに続く2013年も年間優勝を達成し、前年に続いて2年連続のチャンピオンとなる。自然の岩場でも数々の高難度を制し、2011年には“Pachamama”(5.15a)第2登、2014年には“Realization”(5.15a)第11登、そして、2015年2月には自身初となる5.15bのルート“Fight or Flight”を第4登する。
  • 中村俊輔(なかむら・しゅんすけ)
    1978年6月24日生まれ、神奈川県横浜市出身。横浜マリノスジュニアユース時代に、2度の全国制覇を経験。その後、桐光学園高校に進学し、高校2年生、3年生と連続で選手権出場。3年生次には全国準優勝を果たす。卒業後、横浜F・マリノスに入団。2000年に1Stステージ優勝、JリーグMVP獲得。2002年にセリアAレッジーナへ移籍し、2005年にはスコティッシュ・プレミアリーグのセルティックへ移籍。リーグ戦3連覇を達成したほか、チャンピオンズリーグでは2年連続決勝トーナメントに進出。2006年、スコットランド・プロサッカー選手協会年間最優秀選手を受賞。2009年、RCDエスパニョールへ移籍。そして2010年に横浜F・マリノスへ移籍し、7年9ヶ月ぶりにJリーグに復帰した。2013年には自身二度目となるJリーグMVPを獲得。