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(写真 飯坂大 / 文 小林朋寛)

大自然の中を自転車で走りながら朝食とランチを食べ、ゴール後にはフルコースのディナーをいただく。そんな『グルメセンチュリーライド足助』というライドイベントが行われることを知ったのは、サイクリストのためのモーニングサービスを行う名古屋のダイナー『アーリーバード・ブレックファスト』の大平恵太さんに話を聞いたことに端を発する。

グルメセンチュリーとは、オレゴン州ポートランドで自転車部品を製造するクリス・キング社により2007年からポートランドやソノマで開催されており、美しい自然の中を走りながら、現地で採れる食材を活用した料理を味わいつつ、センチュリーライド(100km)を完成させるというもの。食とサイクリングを存分に味わえる夢のようなグルメセンチュリーが6月6日にいよいよ日本に上陸するということで、開催地である愛知県豊田市足助町に向かった。

午前7時。スタート/ゴール会場となった百年草ホテルには、続々とサイクリストたちが集まってくる。今回の出場人数は約240名。愛知県とその隣接県はもちろん、関西や関東、北海道、さらに台湾をはじめ海外からの参加者もいるということでその注目度の高さが伺えよう。

朝・昼・晩と、開催地の風土を味わい尽くす

イベントの肝となる食事全般を担当するのが、大平さんとこれまでグルメセンチュリー・シリーズに関するイベントでの食に関するすべてを管理してきたシェフのクリス・デミーノのふたりだ。国を越えた大平さんとクリスのやり取りは約2ヶ月前から行われ、クリスのオーダーを聞きながら大平さんを中心に日本での準備を進めてきた。

「時には豚を6頭分用意してくれって言われたり(笑)。野菜の名前も違うので細かいやりとりをしてきました。用意したチーズが想定したものと違かったり、前日までギリギリ調整してきました」(大平さん)

朝食のテーマは「シンプル」。パンやソーセージ、オムレツやサラダ、グラノーラや果物に加え、ポートランドのSTUMP TOWNの豆を用いたコーヒーも提供され、サイクリストたちがライドに向けてのエネルギーを精力的に蓄えている。グルメセンチュリーでは地産地消も重要な要素のひとつで、大平さん曰く今回の準備を通して地元の生産者との繋がりも生まれたのだそう。参加者の中からも新鮮な野菜の美味しさに驚く声が聞かれた。イベントにより地元の食材に注目が集まるというグルメセンチュリーならではの循環が垣間見られる瞬間だ。

制限時間はディナー開始まで。食と走を楽しめる絶妙なコースづくり

グルメセンチュリーでは、スタートの時間も決まっていなければゴールの時間も決まっていない(厳密に言うとディナーのスタート時間は決まっているのでそれまでに戻ってくればいい)。なので、もちろん順位もないし、途中の制限関門もない。参加者は朝食を食べ終えると各々が自由にスタートしていく。このシステムもレースにはない穏やかなグルーヴを醸し出すことに一役買っている。

和やかな雰囲気とは打って変わって、コース序盤は登りも多く、いかに健脚でも急な坂道に泣かされるヒトコマも。今回のイベントをクリス・キング社とともに主催する株式会社サークルズ/シムワークスは、前述した『アーリーバード・ブレックファスト』をはじめ、名古屋を中心とするエリアの中でもサイクリストたちから絶大な支持を集める自転車ショップ『サークルズ』の運営にも関わっている。代表の田中慎也さんに話を聞くとコースづくりもひと苦労だったようだ。

「休みごとにスタッフが現場に来て、ベストなコース作りを目指しました。足助でイベントを準備する中で本当に知らないことが多いなあって思ったんです。新城の方に行くととても美しい千枚田があったり、知らないことだらけだなあと。ローカルなのに今までなかなか気づかなかったことを見せて、感じてもらって、伝えることができるコースになりました」(田中さん)

終わることがないかと思われた坂道を登り切るとランチポイントのはれはれ庵へ。鳴沢の滝を望む場所でキッチンカーによりサーブされる色とりどりな野菜はもちろん地元のもの。無農薬で作られた野菜は多種多様で黄色いズッキーニや十六ささげなど特有のものも目につく。鯛の甘酢漬けにタルタルソースを添えたものや、和風マスタードで味わうローストチキンなどひと味加えた料理とシンプルな塩むすびが疲れた身体をじんわり癒してくれる。

コース後半は下りも増え、加速するスピード。朝まで降っていた雨が嘘のように晴れ渡った空に新緑が映える景色に、走っている参加者たちも気持ちよかったに違いない。70km超のコースを走り終え、再びホテル百年草に戻ってくるが、グルメセンチュリーはここがゴールではない。そう、いよいよディナーの時間だ。

地産地消の精神が色濃く発揮されたメニュー

屋外と屋内に用意されたテーブルには真っ白なテーブルクロスが張られ、走り終え着替えたサイクリストたちを気持ちよく迎えてくれる。ディナーはクリス・デミーノが地元の食材を活かして趣向を凝らした前菜とコース3皿の構成。気になるその内容は以下。

<アペタイザー3種>
ラディッシュとカブのゴッデスヴィネグレット和え
名古屋コーチンの手羽先揚げ 樽熟成ホットソース
豊田産ゆたか牛のローストビーフ

<コース3皿>
ビーツと緑野菜のサラダ シェリービネガーソース
絹姫サーモンのロースト ベーコンとルッコラのフレンチトースト添え
三州豚を使ったローストロインと豚バラの蒸煮 緑野菜のシチュー

地産地消の精神が色濃く発揮されたメニュー。クリスによる絶妙な味付けにすべての参加者が舌鼓を打ちながら、今日走ってきたコースについて会話を弾ませている。ここで流れているのも、実に自然体で柔らかいグルーヴ。

食とサイクリングというふたつの要素がやさしく交わりながら生み出す心うれしい雰囲気に身を委ねて、足助の夜が暮れていった。

すべてサーブし終わったクリスに今回のグルメセンチュリーはどうだった?と尋ねると満足気な顔で「パーフェクト!」と一言。それを見て、達成感をにじませる『アーリーバード・ブレックファスト』の大平さんは「よかった」とほっとした表情だった。

クリス・キング社のクルーだけでなく、海外からゲストもちらほら。デザイン性溢れる自転車用革靴ブランドQuoc Phamのクオック自身も家族連れで来日。彼の哲学的な表情同様に研ぎ澄まされた雰囲気を醸し出す美しいフォルムのシューズに話を向けると「これはプロトタイプのものだけどね」と語ってくれた。走り終えた後にコースの印象を聞くと「ビューティフル! もうその言葉に尽きるね」と足助の自然豊かな道のりを楽しんだようだ。

オリジナルSURLYのひとり、ニック・サンデも参加。「日本のグルメセンチュリーもすばらしいね。食べ物はどれもおいしい。すごくヘルシーだしね」とランチエリアでくつろいでいたニックもいざライドになるとトップ集団を快走していた。

2014年のソノマでのグルメセンチュリーにも参加したというお菓子職人の西原佑紀さん。ソノマはワイナリーの地域を走るということで、最後は美味しい地ワインをいただけたとのこと。足助の印象を尋ねると「色んなレベルの人たち楽しめるコースだった。個人的にはもう一回くらい登りたかったです」とギアバイク歴1年ながら序盤でのゴールという実力を発揮していた。ウェアは大阪の古着屋『Chan Nu』のオーナーの自転車好きが高じて、特別に制作しているというもので、個性的な柄が足助の自然に映えていた。

三重県から参加した伊藤聖史さん。「すばらしいコースだった。普段は走れないようなところを走れたし、日本の原風景を見ることができました。コースを作った人に敬意を評したい」と70kmを超えるコースがいかにスペシャルなものだったかを強調。食事に関しても「地元の野菜をふんだんにもりこんだものを前にうれしい気持ちになりました」と食べて走る力を得るだけでなく気持ちも豊かになったことを重ねてくれた。自転車歴は約10年。シューズは手入れをしてずっと履きつづけると話す、Quoc Phamのもの。

最後にサークルズ / シムワークス代表の田中さんに今後の展望についても訊いた。

「クリス・キング社のスタッフもこのコースを走って、“ノー・チェンジ!”と満足してくれたし、1年に1回集える場所としてつづけていきたいですね。去年RIDE ALIVEというイベントを開催しました。キャンプ場をゴールにライドするものなんですけど、家族がゴールで待ってて、最後はみんなでそこで一緒になってキャンプをする。みんなで楽しむという雰囲気がとってもよかったんです。なので今後も自転車の仲間が楽しめるようなバリエーションをどんどん増やしていきたい。ライド&フィッシング、ライド&ラン、ライド&ミュージックとか。今は自転車業界というひとつの価値観だけじゃなくて、そこからの広がりが求められている。これからは受け手だった人たちを送り手に変えていくイメージを付けたいんです。遊び方も自分で考えて、どんどん新しいスタイルやカルチャーを生み出していく。エコフレンドリーな自転車を通して、そういうムーブメントを作り出していきたいですね」