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(写真 阿部健 / 文 村岡俊也 / 協力 Gregory

バドミントン選手がトレイルランナーに

 例年より早く雪が降り始めた仙台に、トレイルランナーの上宮逸子さんを訪ねた。仙台市内から30分ほど車で走り、比較的雪が少なく、東北のランナーには冬期の練習場となるという蕃山を少し走る。普段から共に練習をするチーム東北のメンバーと一緒に白い息を吐きながら、雪の舞う山の風景を楽しんだ。

 バドミントンの実業団の選手として地方銀行に入行し、引退後もそのまま銀行に残った。銀行員として窓口業務に従事しながら、ロードの大会に出場していた上宮さんは、誘われるままウルトラマラソンへ出場する。長さの違い以上に雰囲気の違いに驚き、さらに仲間たちが出場するというトレイルランニングの大会に興味を持つ。20kmと短い大会だったが、そこでいきなり2位に入る。地元の裏山で遊んでいたような「懐かしい感覚」を手にし、レースなのに「なんて楽しいんだ!」と翌週も急遽イベントへ参加した。その際知り合った仲間と交流するうちに、9月に開催される第一回の信越五岳(2009年)に誘われた。トレイルランニングのパイオニアである石川弘樹さんがプロデュースしている大会だ。上宮さんが初めてトレイルを走ったのが、7月のこと。上宮さんは結局、トレイルラン歴2週間余りで、110kmのレースにエントリーすることになる。

「バドミントンのおかげかもしれませんね(笑)。すごく足さばきが大事なんですよ。相手が打った瞬間にどこに動くのか、迷っている間もなく動かなきゃいけない。私がトレランで下りが得意なのは、そのせいかもしれない。持久力もすごく必要なスポーツだから、ずっと走ってました。中高の校内マラソンでは何度か1位なくらい得意だった(笑)。それから実家のすぐ裏の山で遊んでいたことも影響があったのかもしれない。顔に泥んこをつけて転びながら走って、でもなんて楽しいんだろうって思えたのは、幼少期を思い出していたからかも。日々の銀行での接客の仕事とまったく違う世界で、非日常で。さすがにトレイル始めて2ヶ月で110kmは心配でしたが(笑)、やっぱり走ってみたい! ってエントリーしちゃったんですよね。それで練習もするようになって、どんどんハマっていっちゃった」

再びアスリートとして自分と向き合うことに。

 競技者としてバドミントンを実業団まで続け、結果を出せなくなってしまった上宮さんは、アスリートとしてではなくむしろ「ゆっくり楽しくやりたいな」と思ってトレランに出会ったという。けれど、その楽しさにのめり込むうちに、競技者としての自分と再び向き合うことになる。キッカケは石川弘樹さん。チーム・パタゴニアを結成する際に声をかけてもらったことが、上宮さんのアスリートとしての意識を変えていく。

「バドミントンでは社会人になってから結果を出せなかったっていう悔しさとか後ろめたさのようなものがあったんです。バドミントンは強い気迫を常に持って絶対に負けないって戦わなくちゃいけない。大人になるにしたがって丸くなって勝てなくなって、まあいいやって思うことが増えてきてしまった。そういう弱い気持ちのままで、競技者として実業団に在籍することがチームの仲間に申し訳なく感じてしまって、勝手ながらもシーズンの途中だったんですが、選手を引退したいってコーチに告げたんです。

  トレイルランニングを始めてからも、元々持っていた競技者としての魂というか、勝ちたい、もっと早くなりたいっていう思いから、どこか逃げていた部分があった。でも、走ることを応援してくれたり、褒めてくれたり、支えてくれる人がいることで頑張ろうって思えたんです。ダメな自分も受け入れられるようになったのかな(笑)。トレランは、弱さも含めて自分なんだっていうことを受け入れる必要があると私は思っています。ロングレースになればなるほどそうだと思う。それを受け入れていかに前に進むのかっていう積み重ねじゃないですかね。レースだけじゃなくて、生活の中や仕事など普段から精神的な充実や安定というか、その過酷な距離や時間に耐えられる精神力がないと挑めないと思う。様々な面で経験が生かされるスポーツですよね。だから、私はまだ100マイルには出られないなって思うんです。私にはまだその過酷さに耐えられる域には達してないかなって思うんですよね」

 信越五岳という、いずれ100マイルへと成長させたいと考えて作った大会が主戦場だからこそ、尚更そう思うのかもしれない。ただなんとなく100マイルを走りたくはない。自分の走りができるように、日々を整えて安定を得ることも、今の上宮さんにとっては重要なこと。

誰かと一緒に走ることの意味。

 トレランを始めてしばらくは、一人で練習していたという。週に3〜4回早朝に走って、定時で終われば仕事の後にもロードを走り、週末は山に入って数十kmをこなす日々。けれど現在は月に一度、東北のトップクラスのトレイルランナーで集合し、50km近い距離をハードに攻めるという練習がメイン。みんなでやるからこそ、長い距離を走る練習ができるようになったという。

「信越五岳は毎年不安になるんですけど、今年は親友がサポートしてくれたり、ペーサーの存在が、心の支えになったんです。すごく不安だった のに、記録が30分も縮まったんですね。やっぱり支えてくれる人、応援してくれる人がいるからこそ、頑張れるんですよ。自分ひとりじゃないんだって、ここ 数年で感じるようになって。それは仕事でも同じことで、ビジネスマンとしても、もっとキチッと仕事をしたい。銀行員としての自分があるからこそ、アスリートとしても頑張れる。そういうバランスをきちんと確立することができれば、100マイルにも出ることができると思うんです」

 現在、上宮さんは秋保温泉という仙台市内から少し離れた温泉街の地域振興のためのレースの準備にも参加している。まだ数は少ない東北のトレイルランナー仲間を増やすための活動であり、自分が経験してきた競技者として生きることの難しさや喜びを伝えるための活動でもある。

 雪に閉ざされる厳冬期は、山に入ることもままならないが、それでも走る喜びは何物にも代え難く、雪を踏んで汗をかく。上宮さんが100マイルのレースに出場する時には、もう一度、積み重ねた経験について話を聞いてみたいと思った。それはきっと銀行員ランナーとして新たなステップに進んだことを意味しているはずだ。

上宮逸子(うえみや・いつこ)
京都市出身、仙台市在住。 学童時代からバドミントンに取り組み、実業団での競技生活を送る。バドミントン引退後にマラソンを始め、その後出会ったトレイルランニングに魅了される。現在は東北の金融機関に勤めながら休日を使ってレースやイベントに参加。プライベートでも全国各地のトレイルへ足を運ぶ日々。2014年の戦績は、KYOTO WOODS RAKUHOKU トレイルランニングレース優勝(40km)、信越五岳トレイルランニングレース準優勝(110km)、身延山七面山修行走優勝(36km)などがある。

Gregory TEMPO&PACE FOR TRAIL RUNNING

トレイルランナーが快適に走れるように細部に至るまで研究され、テストを重ねてきた「TEMPO(テンポ) & PACE(ペース)」。アマチュアレーサーから、日本のウルトラランナーである石川弘樹さんや上宮逸子さんも愛用するバックパック。

「グレゴリーって、すごくカッコいいブランドだと思って使い始めたんです。でも見た目以上に性能にこだわりがある。プロト版のテスト使用後などに、すごく細かいところまで意見を聞いてくれます。トレイルランナーの意見が詰まっているからこそ、見た目と性能と、どちらもが両立しているんだと思います」

2015年にリニューアルされる製品では、前作よりいくつもの進化した箇所がある。特に目を引くのが、より深く大きくなったポケット部。また、チューブシステムは磁石のハーネスグリップを採用し、給水機能も向上している。男性アスリート、女性アスリート、それぞれの胸や肩のラインに合わせてデザインされているので、走りに干渉しない。特に女性用の〈ペース〉は、XS/SとS/Mの2サイズの展開で、自分の体にフィットするバックパックを選ぶことができる。

リニューアルしたモデルが2015年2月発売予定!
ペース8 価格:15,000円 (16,200円税込)
容量:8L 、重量:356g、カラー:フレッシュピンク/スプリンググリーン、サイズ:2サイズ展開

ペース8は距離を主眼に置いて開発され、100km以上の過酷なレースにも対応。必要装備として挙げられるレインシェル、予備のレイヤー、食料、水、ライト、非常用ブランケット、レスキューホイッスルなどに加えて、ペース8であればグローブ、トレッキングポール、携帯電話、救急品なども持ち運べ、人間工学に基づいたFluid Mechanicsの快適性と、ラプター・スタビライゼーションによるバウンスのない動きが体感できる。

問い合わせ:Gregory
http://jp.gregorypacks.com