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(文 井上英樹 / 写真 松田正臣)

彼は平凡な選手だった。日本代表選手でもなく、競技が好きでたまらないというわけでもない。「アルティメットはいつやめてやろうか考えていた」とさえ言う。だが、2014年の大学卒業を控えた大川晴さんは、アルティメットという競技で、コンゴ代表監督に就任した。これから3年間かけて代表チームを育成し、世界大会に出場しようと目論んでいる。「就職する気、満々だったんですけどねえ」と大川さんは笑う。なぜ、こんなことになったのだろうか。

日本語教師としてコンゴへ。

アルティメットはアメリカンフットボールとバスケットボールを組み合わせたような競技で、フライングディスク(いわゆるフリスビー。フリスビーは商品名)を使う。7人1組で行い、フォーメーションプレーを主とする。強豪国には日本、アメリカ、カナダが名を連ねている。

「大学から始めましが、アルティメットってフォーメーションがキッチリ決まっているんですよ。正直、おもしろくなかった。もっと、自由に動くことができると思っていたんだけれど…。やめようかなと思ったこともあったけれど、誘ってくれた先輩やチームに惹かれて続けていました」。大川さんからはアルティメットに対する「熱い体温」は感じられない。コンゴにも「信念」を持って行ったわけではない。慶應義塾大学で所属していたゼミでは、コンゴに学校を作るプロジェクトを進めていた。コンゴ政府から高い評価を受けていたゼミに、教育省から日本語教師のオファーがあったのだ。
「吹っ飛んだフィールドに行けば、おもしろいことができるんじゃないか」。将来や現状に不安を感じていた大川さんは1年間のコンゴ行きを決意する。

アフリカ大陸中央部のコンゴ川流域に広がるコンゴ民主共和国。アルジェリアに続いてアフリカ大陸で第2位の面積を擁する。

7人ずつ敵、味方に分かれて一枚のディスクを投げ、パスをつないでエンドゾーンを目指すアルティメット。審判がおらず、セルフジャッジで行われるのが特徴。

熱狂するコンゴ人たち。

渡航前、プロジェクトのサポートで1ヶ月間だけコンゴに滞在する機会があった。その際に余興で投げたフライングディスクにコンゴ人は驚くほど興味を示したという。

「ディスクを投げると反応がいい。アルティメットに熱狂し、協会を作ろうという人まで現れました。これ、なんか行けるかも……。そんな予感はありました」。彼の直感は当たった。

2012年2月、日本語教師としてコンゴに1年契約で渡航。首都キンシャサの治安は悪く、外国人は夜間どころか昼間も1人では出歩けず、日本企業も数えるほどしか進出していない。そんな中、「日本語教師」という、目立つ存在が功を奏したのだろう。渡航後まもなくして、スポーツ省の幹部に会うことができ、コンゴでアルティメットを普及したいと直談判する。思いの外、幹部の反応はよかった。

「近々、300人の体育教師が集まる集会がある。MR.オオカワ、そこでそのアルティメットを教えてくれないか?」

まずはシンプルにディスクを投げる楽しさを伝える(写真:大川晴)

アルティメットのパイオニアたち。

日本を出て1週間ほどで、300人のコンゴ人体育教師の前でアルティメットを教えることになった。公用語のフランス語はできないが、身振り手振りで競技を教えた。ディスクを投げるとやはり反応がいい。徐々に体育教師たちの熱気が高まる。興が乗った所で「君たちがアルティメットをコンゴに広げ、パイオニアになるのだ!」と伝えると、コンゴ人体育教師たちは「ウォオオオオ!」と絶叫で答えた。体育教師たちはアルティメットを熱狂と共に持ち帰った。

日本語教師の休みを使ってキンシャサの村々をまわり、アルティメットのチームを作り始めた。長老や有力者に挨拶に行く際に「セルフジャッジ」の概念を必ず説明する。アルティメットには審判がいない。反則行為は競技者が指摘し、話し合いで解決をするのだ。解決しない場合はファール前のプレーに戻す(ワンバック)。

「フェアプレー精神が、道徳心を学ぶ最良の教材となる。スポーツを通して平和を学べる」と説明すると、有力者たちの顔つきが変わる。現在、大川さんは有能な選手を選抜して代表チームづくりをしている。目標は2016年の世界大会出場だ。

時には動画を用いながらアルティメットの魅力を地域に伝えている(写真:大川晴)

地元テレビに出演するなど精力的にアルティメットの普及に努めた(写真:大川晴)

アルティメットから平和を学ぶ。

大川さんがコンゴにアルティメットを広めたい理由が2つある。

「ひとつが平和構築。セルフジャッジでフェアプレーの精神を学べば、コンゴの社会が変わるんじゃないか。街にはびこっている無秩序感もカバーすることができるかも。すでにグリーン・ソルジャー(地域貢献活動隊)を組織し、選手たちが清掃やパトロールをしています。もう一つはアルティメットから派生した産業を作りたい。現在は有志のスタッフの給料も払いたいですね。グッズを現地で生産して販売することを考えています。ゆくゆくは、コンゴにプロリーグを作りたいですね」

アルティメットがコンゴに渡ってわずか1年余りだが、コンゴでは競技自体が変わり始めている。アルティメットはディスクを落とすと、攻守交代するので、より正確なスローが求められるのだが、コンゴ人たちは自分たちがやりたいようにやる。大川さんは「日本式」の指導はしない。

「ディスクを野球のオーバースローのように縦に投げる人が多い。コントロールは落ちるけど、身体能力のいい彼らは暴投でもキャッチする。アルティメットはフォーメーションがきっちり決まっていているけれど、まるでサッカーのように自由に動かせています。彼らの身体能力をもっと生かした、まだ考案されていないフォーメーションがあるはず」。縦横無尽に躍動する彼らの動きこそ、大川さんの思い描いていたアルティメットの姿だった。

「今、世界大会に行ってもボロ負けするでしょう。だけど、新しいアフリカの可能性に賭けてもいい。『コンゴからすごい奴らがやってきた!』と、アルティメット界に旋風を起こせるかもしれない。しかも、監督は日本人で、わけわかんない現地語で指揮している(笑)」

コンゴ人の身体能力と大川さんの自由な指導の組み合わせが競技の可能性を拡げるかもしれない(写真:大川晴)

いま始まった壮大な挑戦。

優れたアスリートは伝道者となる。ベーブ・ルース、モハメド・アリ、カール・ルイス。彼らの登場前と後では、競技の存在自体が変わり、その魅力は世界に波及する。だが、特別なアスリートだけが伝道者になるのではない。「日本サッカーの父」であるデットマール・クラマーは平凡な選手でしかなかったし、いまや世界に広がった柔道や空手も、伝えたのは無名の人々だった。競技に対する熱意やその国の人との関わりあいで、競技はその地域に根づく。人々を魅了するのは、やはり熱量なのだ。大川さんは「熱い情熱の人」ではないが、彼のじんわりとした温かさはコンゴの人を魅了し、なにかを確実に溶かしつつある。

数年後、アルティメットはコンゴ中に普及するだろうか。常識を覆すスーパーチームが登場するだろうか。悲観的に思う人もいるかもしれない。だが、なにが起こるかわからない。だって、たった一枚のフライングディスクを投げだけで、アフリカの国に一つのスポーツ文化が産まれようとしているのだから。国や社会や人々を巻き込んだ、壮大で痛快なチャレンジは始まったばかりだ。

この子ども達の中から将来のアルティメット コンゴ代表が生まれるのだろうか(写真:大川晴)


現在、大川さんはクラウドファンディングサイト『READY FOR?』で、コンゴでのアルティメット普及のための活動資金を集めています。既に目標額の100万円を超えました。スポンサー募集は2013年6月17日まで。リターンとして、メールマガジンでの進捗報告や、コンゴのクラブチームのネーミングライツなど楽しい工夫が凝らされています。
https://readyfor.jp/projects/congo-ultimate