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肘折について
今回は山形県にある月山の東、奥深い山中位置する肘折についてです。肘折は古くから湯治場としても知られ、出羽三山登山口のひとつであり、山伏の文化ととても深い繋がりがあります。今、僕が最も頻繁に訪れクマに遭遇しながらも、近くの名もない山を登っている場所でもあります。

山伏ともののけ姫
いきなり話が逸れるようですが、まず山伏の文化について少し述べさせて頂きたいと思います。
「山伏が登場する映画は?」と尋ねられた時、僕は「もののけ姫」と答えています。「もののけ姫」の舞台は鉄を作り出す「タタラ場」が設定されています。この鉄などの鉱物に関わるタタラや鍛冶屋の信仰は、大分の国東半島にある宇佐八幡信仰と深い関係があるといわれています。八幡は「ハチマン」と読みますが「ヤハタ」とも読みます。ヤハタには海賊という意味もあり、海を支配し朝鮮半島と交流のあった人々が山に入る様になり、その頂点に女性シャーマンを据え、その下に製鉄技術を持った山伏たちが集まりタタラが構成されていました。「もののけ姫」ではエボシという女性を頂点にゴンザという山伏のようなキャラクターが配置されています。このあたりのことを知ると、もののけ姫に山伏が出ているという意味がわかってくるのではないでしょうか?

自由の民と権力
山伏たちが拠点にした山林は神仏の支配する聖域として統治権力の及ばない、いわゆるアジールでした。山伏のような存在は権力に支配されない自由の民と言えるかもしれません。しかしその技術や能力を権力が利用しようと彼らを取り込むこともありました。「もののけ姫」の作中でそのような存在はジコ坊というキャラクターとして描かれています。また戦国時代には彼らは忍者と呼ばれたりすることもありました。

日知りの集落
東北山形の肘折は、このような鉱山と関わりを持った古い山伏の俤を今に残す土地です。肘折は山形県のなかでもかなり奥深い山の中であり、ここに人が住む様になるにはそれなりの理由があったはずです。僕はそれを鉱物がとれることと温泉が出ることだと考えています。肘折には金山跡があり、近くには鉄や銅のとれる鉱山もあります。ただそれら現在に残された鉱山跡は幕末から明治にかけてのものであり、ただちに古いものと言うことはできません(記録には残されていませんが古い鉱山はあったのだと僕は考えています)。しかし、そこにある文化からはとても古い山伏たちの活動を感じることができます。
興味深いのが集落の名です。肘折では地名の由来を江戸時代の文書から「お地蔵さんが温泉で折った肘を治したから」とか、他にも諸説伝えられていますが、僕自身は肘折の地名は山伏の前身であった「日知り(ヒジリ)」からきたのではないかと思っています。「ヒジ」という言葉のつく地名が日知りの集落であったとは、実は民俗学の祖・柳田国男の持っていた考えでした。

日知りの集落
日知りとはその名からも伺い知れる様に、日(暦)を知る者、天文学に通じている自然の知識人を意味する言葉でした。後に仏教者が名を奪い、自らを「聖」と呼ぶ様になり日知りは影に追いやられますが、日知りは大陸や朝鮮半島から渡ってきた仏教でも神道でもない、日本列島に人が暮らしはじめた頃から存在していた、自然崇拝信仰の担い手でした。

肘折温泉・フロとムロ
肘折は湯治をする温泉街としても有名です。風呂屋というのは山伏・日知りのような人々の家業のひとつでした。彼らは山を歩き洞窟(室・ムロ)に寝泊まりしていました。フロとムロは同じ語源から発生したと考えられていますが、このムロで原初のフロとも言える蒸し風呂のようなことをしていたのが山伏・日知りたちでした。また、湧き出す温泉は古代には心身を清めるとても神聖なものと考えられ、歴史ある温泉が霊山の近くにあるのは偶然ではありません。人々は神聖な湯で身を清めてから神仏の支配する山の中へと入っていったのです。

肘折の威力
古いものがそのまま残っているわけではありませんが、肘折という場所の根底に流れているものは、間違いなくかつての山伏・日知りたちの文化です。「日本文化を知るためには山伏を理解しなければならない」とは、山伏が能や神楽、歌舞伎などの芸能の誕生や伝達に関わり製鉄技術を持ち、医学に長け、あるいは武力を持ち政治の世界に深く関わりを持ったために言われた、学問の世界ではあたりまえの様に語られる言葉ですが、そんな視点を持つことで肘折という土地は魅力的に僕たちの前に立ちあらわれてくることになります。
余談ですが、宮崎駿監督が「もののけ姫」の後につくった「千と千尋の神隠し」は湯屋を舞台にした映画でした。まるで山伏・日知りの文化を映画にしているように思えてきてしまいます…。

肘折口
現在、肘折は月山登山口のひとつとして知られています。念仏が原にある念仏避難小屋に一泊する、二日間を要するその道のりはたいへん美しい景色に囲まれています。距離が長いことやエスケープルートがないことから、初心者向けのコースとは言えませんが、山が好きな人にはぜひ一度歩いてもらいたいコースです。歩く人が少ないため人に荒らされていないイキイキとした自然を堪能することができます。登山道にはたくさんのクマの糞が落ちているので、クマと遭遇することもあるかもしれません。それはちょっと注意をしなければなりません。クマに会いたいという方にはオススメです。

【僕たちと山 アーカイヴ】
♯01 仙元山(神奈川県・葉山町)
♯02 大山(神奈川県・相模国)

(文 /イラスト 坂本大三郎)

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