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オリンピックや世界陸上、国際レースなど陸上長距離の花形種目とも言える42.195kmのフルマラソン。昔は見て楽しむスポーツだったそうですが、いまは誰でも参加して楽しめるスポーツとして認知されていますよね。今回はそんなマラソンランナーを例に、LTとの関係を紹介します。

テレビで中継される福岡国際マラソンや大阪国際女子マラソンなどの国際レースには参加標準記録が設けられています。福岡国際マラソンなら2時間42分、大阪国際女子マラソンなら3時間15分以内なので、市民ランナーから見ればかなりハイレベルなのが分かりますよね。

マラソンの集団ではOBLAの異なる選手が一緒に走っている

前回の続きですが、エリートランナーはLTよりも上のOBLAに近いレベルでマラソンを走っていることを紹介しました。マラソンの先頭集団はスタートしてすぐは大集団なのに、5km、10kmと徐々に小さくなっていき、20kmを過ぎるころにはかなり小規模になっています。これは、マラソンの集団は、実は微妙にOBLAのレベルの違う選手が一緒に走っているということなのです。

選手にとって今の集団のペースはOBLAちょうどなのか、OBLAより上なのか? 下なのか? OBLAを超えて走っている選手は、5kmや10kmくらいまでなら付いていけても、いずれ置いて行かれてしまい、残りの距離はOBLA以下のスピードに切り替えてゴールを目指すことになります。

レース後半まで来ると選手の実力はかなり拮抗しているとはいえ、全員がOBLAぎりぎりで走っているとは限りません。余裕のある選手は集団の中で脚を休めてスパートをかけるタイミングを伺っていたり、給水所の手前やちょっとした登りでペースアップして揺さぶりをかけたりします。他のライバル達がどのくらい余裕を残しているのか確かめるためです。

マラソンに必要なエネルギーと体内のグリコーゲンの量

マラソンで必要なカロリーは約2500kcalですが、体内に蓄えておけるエネルギー源としてのグリコーゲン(糖)の量は約2000kcalなので、ぎりぎり足りるか、やや足りないくらいです。エリート選手はLTよりも高いOBLAのレベルで走りますから、脂肪からのエネルギー供給はほとんどなく、限られたグリコーゲンを頼みに走っています。

そんな中でスパートやペースアップを行えば、ただでさえ不足気味のグリコーゲンが多く分解されて、エネルギーを早く消耗してしまいます。それまで絶好調の走りをして積極的にレースを動かしていた選手が突然失速してしまうのは、体内のグリコーゲンが枯渇してしまい急に体が動けなくなってしまうからで、この現象をハンガーノックと言います。

マラソンの戦術は身体的、心理的な攻防

誰かがペースを上げたとき、集団の選手は、そのペースアップが様子見なのか、本気のスパートなのかを見極める必要があります。本気でなければペースはすぐに元に戻るので無理して追う必要はないのですが、本気のスパートだとしたら逃がしてしまうと自分の勝機がなくなるので追わなければいけません。

スパートを仕掛けた選手にとっては、その一回で勝負を決めたいので、出来るだけ集団から抜け出て他の選手を振るい落とそうとします。特にスプリントのスピードが他のライバルよりも遅い選手は、ゴールに近づく前に勝負を決めておかなければいけないからです。

力があり余裕もあったはずなのに、他の選手の揺さぶりにいちいち反応していると気付かないうちに脚もエネルギーも使わされている場合があります。そうなると勝負所でのスパートに付いていけず、勝負に参加に参加できなくなります。

市民ランナーも参考に出来るトップランナーの走り

このように、マラソンは持ちタイムの速い選手や調子の一番良い選手が勝つとは限らず、自分の体を良く知っている人に勝機が巡ってくることがあるのです。運動生理学だけで見れば、スタートラインに立った時点でLTとOBLAのペースが速い選手が勝つはずですが、実際にそうは限らないのがマラソンの奥深さで、スポーツの醍醐味と言えそうです。レース観戦も、少し見方を変えるとよりエキサイティングに観られるかもしれませんね。

しかし2時間ちょっとでゴールしてしまうエリート選手と、4時間や5時間近く走ってゴールを目指す一般の市民ランナーでは、トレーニングのレベルや走る目的も違うので、比べられないところもありますが、参考に出来るところも沢山あると思います。

2011年の大阪国際女子マラソンの優勝者である赤羽有紀子選手は、8月の世界陸上・女子マラソンでも、35km過ぎの勝負所でフォームが崩れない素晴らしい走りをしていました。彼女のような賢く経済的な走りは市民ランナーでも十分に参考に出来ると思います。

次回はLT、OBLAをベースにした、市民スポーツのトレーニングの考え方について紹介したいと思います。

【トレーニング座学 アーカイヴ】
#01 運動強度と主観的なきつさ
#02 エネルギー代謝(1)エネルギーの正体
#03 エネルギー代謝(2)糖と脂肪
#04 エネルギー代謝(3)筋肉のタイプ
#05 乳酸とスポーツの関係、LT
#06 LTとOBLA

監修者:肥後徳浩

元自転車競技選手。自転車選手時代にコーチから学んだトレーニング理論をベースに、方法よりも目的を生理学的、力学的に「理解する」ことと、体の反応を「感じる」ことを大切に、日々トレーニングに取り組んでいる。音楽レーベル「Mary Joy Recordings」主宰。
www.maryjoy.net