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オンラインコーチングによって、より緻密なトレーニングルーティンを見つけたことから、フルマラソンのターゲットタイムは1年前倒して達成、初挑戦となったウルトラマラソンでも優勝と、イメージを超える結果を残した中島英摩さん。episode 3ではファットアダプテーションによる体質改善と生理周期とトレーニングの関係性、その延長線上にあるコンディショニングについて、フィジカルとメンタルのバランスについて、わかりやすい言葉で表現してくれています。

※これまでの記事
episode1 スピードへの挑戦
episode2 全宇宙からコーチが見てる

速く走ろうとすると、身体の肉が重い

ある時「最近どう?」と聞いてきた友人にこんなことを漏らしていた。

「肉が重いんだよ~」

わたしは昔からぽっちゃりで、母も父もぽっちゃりだから、もう遺伝子的にぽっちゃり家系なんだと思う。なんでそんなに走っていて痩せないのか不思議だとか、食べすぎなんじゃないのとか言われる。至極真っ当なご意見で、その通りでしかない。10年前に走りはじめた頃は結構痩せたのだ。それがあっという間にぽっちゃりに戻った。ここ数年は、夏のレース前にダイエットして冬にまた増えるという繰り返しで、月200~300km走っているわりにたっぷりのお肉で包まれていた。それでもよかった。だってエネルギーが枯渇した時にも蓄えがあってバテにくいし、筋肉がないわけじゃないし! だからロングに強いと思ってきたし、「エマちゃんって、なんかたくましいよね」「走れなさそうなのにね」という全然オブラートに包めていない言葉も笑って受け流せていた。

でも、新たな挑戦で気付いたのだ。スピードを上げて走ろうとすると、身体についた贅肉がめちゃくちゃ重い。腕を振れば、二の腕が揺れて肩が凝る。ストライドが大きくなると、太ももやお腹の肉がブルンブルンと横揺れして鬱陶しい。とにかく脂肪がジャマだった。これは、「速く走る」には由々しき問題だ! そう思い始めていた頃に、またもラッキーな話が飛び込んだ。

「油を摂れ!」懐疑的だったファットアダプテーションを検証する

『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』というベストセラー本がある。トレンドに敏感な友人達が、なぜか突然朝食に高価なバターやココナッツオイルの入ったコーヒーを飲みはじめた。やがて情報番組などでも紹介されて市民権を得たのは2017年頃だったと思う。

わたしは、このダイエット法にはずっと懐疑的だった。ざっくり言うと良質なオイルを摂り脂肪をエネルギー源として、食事の間を取って血糖値コントロールをしながら痩せていくのだが、3食のうちの1食を飲み物に変えれば痩せるにきまっている。それに「朝バターを入れたコーヒーを飲む」という都合が良い部分だけを切り取っている人が多いけれど、この本のルールはもっと複雑で、果物ダメ、小麦もダメ、牛乳やヨーグルトもダメ。もちろん間食もダメ。そりゃ痩せるやろ~! ランナーには栄養不足すぎるやろ~!と。わたしはこの著書と有名アスリート達が取り入れ始めているファットアダプテーションを同じように認識していて、その上でダイエット目線でしか見ていなかった。

そんなハナッからアンチだったわたしが、急遽オイル入りコーヒーを飲む生活をすることになった。雑誌の企画で「興味のあるネタないですか」と言われて、「ファットアダプテーションってあるじゃないですか、あれ結局のところ食事制限じゃないですか」なんて愚痴っていたら、じゃあ自分でやってみてということになったのだ。

3週間にわたるファットアダプテーション

ファットアダプテーション実験は3週間。実験前後に専用のマシンを駆使して体質の変化を検証する本格的なもので、一切のごまかしは効かなかった。取材の目的は、ダイエットではない。この手法がランニングの持久力向上に繋がるかを確かめるためだった。

身体を動かすためには車のガソリンのように、エネルギーが必要だ。その源は、食事から得た糖質、たっぷり身体に溜めている脂質、それらが枯渇すると筋肉のたんぱく質も分解しようとする。十分に補給ができていれば良いかと思いがちだけれど、体内で1分間に分解できる糖質量は約1g、備蓄できる糖質量は1500~2000kcal程度。脂質1gあたり9kcalを生むのに対し、糖質は4kcalにしかならない。こうなると、効率のいい脂質を使うしかない。

実験前の測定値はまぁまぁ良かった。1km7分30秒のペースで70%の脂質代謝、それが4分17秒ペースになると脂質と糖質の割合が逆転し、3分30秒ペースで完全に糖質代謝となった。全然痩せないのは、蓄えを使えていなかったというわけだ。逆に、痩せ型で胃腸トラブルやハンガーノックが多い人もまた、脂質を使えていないのだろう。これを脂質が使える身体にして、脂質代謝優位のゾーンを広げるということらしい。最初の測定結果に応じて、それぞれの被験者ごとにルールが敷かれた。わたしの場合はこうだ。

<食事>
・朝と運動後にMCTオイルを摂る(コーヒーやサラダに入れるなど)
・朝はできるだけMCTオイル入りコーヒーかMCTゼリーのみ
・食事の糖質は“控えめ”に
・脂質(肉・魚・アボカド・ナッツなど)を積極的に摂り、総エネルギー量を落とさない
・プロテインは糖質が高めなので実験中はお休み
・1日3回の食事のうち、どこかの間を10~15時間空ける
・間食は基本的にNG(おやつ、ジュース、果物など)
・21時までに夕食を食べ終える

<トレーニング>
・脂質代謝が一番高いゾーン(AeT値)のペース・心拍数を守って1時間以上ジョグ
・実験前のAeT値は7分30秒/km、心拍数107bpm
・心拍が上がったら歩き、下がったことを確認してから再スタート
・インターバルなどのトレーニングをする時は、最初の3~5本は70%の力で

つまり、①エネルギー効率の高い油(脂質)をしっかり摂りつつ ②糖質を抑えることで糖質代謝“ぐせ”を改善し ③脂質を効率的に使えるジョグを繰り返して脂肪を使うことを徹底的に身体に刻み込む、のだ。

最初の1週間で肌が荒れた。聞くと「脂質の分解に必要なビタミンが足りていないのでもっと野菜を食べて」と言われる。空腹を感じないなんていう人もいるけど、わたしは常にお腹ぺこぺこだった。すると「その運動量だとエネルギー量が足りない。代謝が落ちる原因になるので、脂質中心にもっと食べましょう」と言われる。LSDやジョグがついつい5分台になると伝えると「ダメダメ、もっとゆっくり!」と言われる。糖質代謝全開のポイント練習は週2~3回。それ以外のジョグやロング走はキロ7分30秒~8分で・・・お、おそい!これをやるって、めちゃくちゃ大変だ。なんとしてでも良い結果を出さねば!というプレッシャーに背中を押され、3週間だけ!と割り切って挑んだ。

またしても数字に魅了される、実験で得られた確かなモチベーション

修行とも言える実験期間を耐え凌ぎ、2回目の測定があった。結果から言うと、狂喜乱舞するくらいあらゆる項目が良い数値だった。まず、いわゆる有酸素運動と無酸素運動の境目であるAT値(無酸素性作業閾値)が17秒も向上した。Vo2MAX(最大酸素摂取量)の値も50から59になり、劇的に向上した。いや、これだけ見ればスピード練習による影響かもしれない。

1日あたりの安静時基礎代謝が1397kcalから1411kcalとなり、安静時の脂質代謝は、45.9%から66.6%まで向上。動き出しからすぐに脂質を使いはじめ、脂質代謝が高い状態を維持しながら1km 5分27秒ペースで脂質代謝の割合が73%。徐々に糖質代謝に切り替わっていくものの、4分00秒ペースでも脂質35.8% 糖質64.2%で、しぶとく脂質を使っていた。実験前は7分30秒ペースをピークにどんどん糖質代謝に切り替わっていく身体だったのに、5分30秒のペースでも7割が脂質代謝だというから驚いた。ジェルの量や消化不良による胃腸トラブルが減ると思うと嬉しいものだ。

「なかなかの値だよ。一般ランナーじゃ少ないと思う。さすがだね!」

あぁ、最高の褒め言葉。頑張った甲斐があった。いままで疑っていてごめんなさい! わたし、やります! 続けます! 超脂質代謝ボディ、目指します!

以来、ストレスにならない程度に脂質優先の食事法に変えて、、今も継続している。相変わらずインターバルなどの練習は続けながらも、ポイント練習間のジョグや週末のロング走では速度・心拍数を抑え、しっかりメリハリを付けるように意識して走る。圧倒的にスタミナが持続するようになり、LSDなど長時間の練習では、AeTゾーンを守れば翌日以降の疲労が少なく回復も早い。体重は落ちなかったけれど体脂肪率が減少し、体つきも変わった実感がある。まだまだ身体のお肉はジャマだけど、いくぶんかマシになった。

ただし、トレーニングにせよ食事法にせよ、身体を変えるというのは「付け焼刃」では絶対に無理だ。急な習慣の変化だから身体に出やすいだけで、そのうち必ず慣れてくる。ファットアダプテーションも最低でも半年は必要だと思う。レースが目標であれば、糖質に身体を慣らしていくピーキングも必要と考え、1年計画を組んだほうがいい。レースがない今こそ絶好のチャンスなのだ。

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中島英摩

中島英摩

京都府生まれ、東京都在住。登山やトレイルランニングの取材・執筆をメインとするアウトドアライター。テント泊縦走から雪山登山まで1年を通じて山に通うほどこよなく山を愛する。トレイルランニングではUTMBやUTMF、トルデジアンなどのメジャーレースでの完走経験を持つ。昨年11月、つくばマラソンを3時間27分40秒で完走、今年1月の勝田全国マラソンで3時間10分27秒に大幅更新。翌週奄美大島で行われた100kmレース「奄美ハナハナウルトララン」で優勝するなど、目下絶好調。