(写真 松平伊織 / 文 onyourmark編集部)

『mark』vol.12で取材した際に、マフェトン理論で『信越五岳トレイルランニングレース』(以下略:信越五岳)にのぞむと語っていた矢崎智也さん。結果はご存知の方も多いかもしれない。徐々に順位を上げ、最終的には名だたるランナーに割って入り、見事8位入賞。なぜ彼は100mileレース初挑戦にも関わらず、これだけの結果を残すことができたのか? マフェトン理論は超長距離にハマるものなのか? その答えを前編、後編2回に分けて解き明かしていきたいと思う。前編となる今回は『mark』vol.12掲載分を再編集。矢崎さんのバックグラウンドとマフェトント理論、実際にマフェトントレーニングをして感じたことについて。

もう一度走り始めた理由。信越との縁

矢崎さんがトレイルランニングを始めたきっかけは2012年のUTMF(ウルトラトレイル マウント フジ)。LIVE配信されていたヤマケン(現:プロトレイルランナー・山本健一)のゴールシーンを見たことがきっかけになっている。

「子どもを肩車して、奥さんと手を繋いで楽しそうにゴールする姿が衝撃でした。家族を連れてゴールするのってありなのか!と、驚かされましたし、沿道の人たちともハイタッチしながら、笑って、しかも歩いてゴールする。それまでのランニングに対するイメージを根本から覆されました。トレイルランニングには何か自分が知らない世界があると思って、それで始めたいと思ったんです」。

子どもの頃から走るのが好きで、持久走が得意だったこともあり、矢崎さんはトレイルランニングを初めてすぐ、レースで上位に食い込むようになる。しかし、子どもが生まれ、ライフステージが変化したこともあり、2015年の『信越五岳』に出たのを機に子育てを優先、それから約2年半、レースからは遠ざかる。もう一度走り始めたのは、“休み”に入る前の最後のレースでもある『信越五岳』で、仲間に“スイッチ”を入れてもらえたことからだ。

「子どもができてからはレースに出るのも控えていましたし、走る=練習という感じはなく、身体を動かす事を楽しむ感覚でした。たまには山に行こうとか、余裕ができたら軽く走るとか、その程度。それが2年前(2017年)の『信越五岳』でSTS(スーパートレイルセッション。矢崎さんが代表を務めるコミュニティ)の仲間にペーサーを頼まれて、また走るようになりました。なんとなく走っていた自分にとって、背中を押されたような、もう一度走る理由ができた感じでした。

結果、納得できる順位でゴールできたこともうれしかったんですが、4年前(2015年)の『信越五岳』では、僕がランナーとしてSTSの仲間にペーサーをお願いしていたんです。それが2017年のレースにつながった感覚があって、感慨深いものがありました。そして今年またランナーとして、STSの仲間にペーサーをしてもらって走りきることができた。『信越五岳』はそういった要素が重なって、自分にとって特別なレースになっています。今までいくつかのレースに出てきましたが、自分にとって最高の走りができたのも『信越五岳』。2015年のレースです。今回はそのときの自分を超える走りをするのが目標でしたし、モチベーションでもありました」。

『信越五岳』で初の100mileレース挑戦を決めた後、矢崎さんは栄養補給のエキスパートであり、ベスパエリートアスリートサービスとして活躍する齋藤通生さんにトレーニングについて相談し、マフェトン理論で準備することをすすめられる。相談する以前は家庭や仕事とのバランスを見て、時短でできるインターバルトレーニングを頻繁に取り入れることを考えていたが、改めてトレイルランニングの超長距離レースに出走することを考え、マフェトン理論でのぞむことを決めた。マフェトン理論とは?今一度おさらいしてから本題に入ろう。

マフェトン理論、守るべき2つのルール

マフェトン理論は生物学で学士号を取得し、後にカイロプラクティックの世界でドクターとなるフィリップ・マフェトンが唱えた理論である。主に90年代前半に注目された理論だが、そのアプローチは体脂肪を効率的にエネルギーに変換し持久系スポーツに役立てるというもの。

よく使われる有酸素運動(=エアロビック心拍数内でのトレーニング)である。(体質にもよるが)マフェトン曰く脂肪燃焼回路を体内に築き上げるには3ヶ月から4ヶ月かかるとしている。その間は無酸素運動(=アネロビック心拍数でのトレーニング)はしてはいけないとも。それは身体が糖質優先の体質に戻ってしまうためだ。指標とされる心拍数はというと、本人が経験則から導き出した180公式で求められる。

180 – 年齢

至ってシンプルな公式だが、これは過去2年、大きな問題を抱えることなく、トレーニングが積めている人。風邪も1年に1,2度しか引かない人という条件がつく。

・病気にかかっている場合、または治ったばかりか投薬を続けているならさらに -10
・怪我をしているかトレーニングやレースのパフォーマンスが下がりつつある、風邪をよく引く、あるいはアレルギーがある場合はさらに -5
・2年以上大きな問題を抱えることなく、トレーニングが積めている人、また成績も伸びている人は +5

というのも覚えておこう。
マフェトン理論にはもうひとつ、トレーニングするうえで“縛り”がある。
練習のコアタイムはエアロビック心拍数を守るが、

・最初の15分をウォーミングアップ
・最後の15分をクールダウン

に当てること。15分かけてきれいな右肩上がりの線を描くように、徐々にエアロビック心拍数に上げていき、コアタイムはエアロビック心拍数をキープ。その後15分かけてまた少しずつ心拍数を下げる。理由は効率的に脂肪燃焼回路を築くため。より酸素をめぐらせ、手先指先の毛細血管までフル活用することでじっくりと血流が良くなり、脂肪が燃えやすくなるからだ。ちなみに練習時間が30分しか取れない場合はウォーミングアップの15分でエアロビック心拍数まで引き上げた後はすぐにクールダウンに入る。

マフェトントレーニングをするうえで大きく守らなければいけない点はこの2つ。エアロビック心拍数をオーバーすることはNGなため、体感では追い込んだ感覚を得ることはまずない。成長している実感が湧かず不安になる人もいるだろう。

そのためMAFテストを定期的に実施することも推奨している。MAFテストとはある一定の距離を走るのに何分かかったかを測る。例えば月に1度3000mを走るとする。エアロビック心拍数で走るため心拍の上下はない。しかしトレーニングを続けた結果、エアロビック心拍数での運動に適応し始めると、1ヵ月後、2ヵ月後のテストではタイムが上がるようになる。時間で測るというのはトレーニング量に関しても同様。マフェトン理論では月間走行距離を指標とはせず、むしろ運動時間を重視する。矢崎さんは忠実に実践し、4ヶ月で1kmあたり15秒以上タイムを更新。騙されたと思ってやってみる価値はありそうだ。

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毎日が発見の連続

「齋藤さんに相談するまではマフェトンの存在も知りませんでした。元々感覚で走るタイプなので、理論とかには全然興味がなかったんです。まさか自分がロジカルなトレーニングをするなんて(笑)。でも、マフェトンの話を聞いて、実際自分で内容を調べてみたら意外としっくりきたんです。自分が読んだ本の導入には『マフェトン理論で一番大事なことは、アスリートがトレーニングを健康的に継続できることである』と書かれていました。

“追い込むことで免疫が落ちる”、“怪我をする”、“トレーニングが継続できなければ本末転倒になる”、というような話が続くんですが、どれもこれも腑に落ちるものでした。僕の場合はエアロビック心拍数は“146”が上限。それ以上にあげることなく、限りなくエアロビック心拍数に忠実に走ります。信越までの4ヶ月間、週に5、6回の頻度で走っていましたが、上限を守って走っていた結果、肉体的な疲労が溜まることはありませんでした。

最初はゆっくりすぎると感じていましたが、走りながら心拍をチェックするので、意外と飽きません。podcastを聴いたり、今まで走っていない時間にやっていたことをするようにもなりましたし、ペースを守ることに集中するので、頭を使い、考える時間が増えました。なにより“明日も怪我せずに走れる”という安心感がメンタル面にいい影響を及ぼしていたように思います。逆にサボると取り返しがつかなくなるんじゃないかという強迫観念も少しありましたね(笑)。

これだけシリアスにトレーニングをしたのは自分の人生ではじめてのことでしたが、トレーニングから得られることの面白さ、深さを感じられるたのはマフェトンのおかげですね。心拍数を軸にペースが決まるので、運動強度を一定に保てることにしても、天候やその日の体調によって出力できるペースが上下することにしても、マフェトンを取り入れなければ理解し得なかったことでした。

マフェトンはスピードを追求するトレーニングではないので、サブ4を狙うくらいの人にとって有効なトレーニングかなと思います。このままエアロビック心拍数を守ってトレーニングを続けた場合、どこまで引き上げれるのか、僕もまだサブ3を達成できていないので、サブ3レベルまで引き上げられるのか、それは興味があります」。

矢崎智也
1984年、北海道出身。一児の父。上田瑠偉さん、大瀬和文さんらも参加しているSTS(スーパートレイルセッション)では代表を務める。今年5月からマフェトントレーニングを開始し、見事『信越五岳トレイルランニングレース』で8位入賞。次の目標をフルマラソンでの2時間50分切りに据えてランニングに取り組む。

※後編はこちらから。

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