時代の寵児となった三代目「山の神」は、華々しい箱根での活躍とは裏腹にマラソンでは苦戦を強いられてきた。だが、プロランナー転向や数度のケニア合宿など、自らの進むべき道を切り開いてきた25歳は着実に力をつけてきている。「山の神」のその先へ。神野大地の現在地とその未来。MGCを控えた合宿中のケニアから話を聞いた。

(写真/水上俊介 文/小俣雄風太 協力/ニューバランスジャパン

「山の神」と呼ばれて

神野大地を語る時、避けては通れないのが2015年の第91回箱根駅伝だ。この大会の5区、山登り区間にて2位で襷を受け取った神野は、区間賞となる鮮烈な走りで往路優勝。そしてその勢いそのままに、青山学院大学は翌日の復路も制し、大学史上初となる箱根完全優勝を成し遂げる。タレント揃いの選手の中にあって、先頭を奪取し箱根の山を猛烈なスピードで駆け抜けた神野の走りには大きなインパクトがあった。5区の新記録を樹立し、必然的に『山の神』と呼ばれた。神野という名前まで、まるで『山の神』との符丁であったかのようだ。

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神野以前に『山の神』と呼ばれた選手が2人いる。初代は今井正人(当時順天堂大学、現トヨタ九州)、二代目に柏原竜二(当時東洋大学)だ。両名の箱根での活躍を見て、神野は自らも『山の神』になりたかったのだと述懐する。「僕はどちらかというと、『山の神』になりたくてなった人間です。結果を出してそう呼んでもらい、そして今でも注目してもらえるのはすごく光栄なことです。日本でいま『山の神』と呼ばれているのは3人だけで、なりたくてもなれないものですから」

時代の寵児となった神野だが、箱根の山からフルマラソンへの適応には時間がかかった。MGC選考レースとなる2017年の福岡でデビューを果たしたが、2時間12分50秒の13位で出場権を逃した。2018年の東京では自己記録となる2時間10分18秒を出すも、MGCには手が届かず。翌秋のベルリンでは途中棄権、続く福岡では腹部の差し込みと低体温症で29位に沈んだ。東京五輪を目指すことを公言していた神野にとって、そのスタートラインであるMGCの出場権が獲得できないという困難な状況が続いた。最後のチャンスとなったのが、2019年の東京マラソンだ。

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「ベルリン、福岡とMGCの出場権を取るべき大会で取れなかった。ただ、東京五輪を見据えて体づくりをしている中で、結果だけがついてきていないという感覚もあって」

ケニアで身につけたタフな強さ

東京マラソンは冷たい雨の降り注ぐ厳しいコンディションとなった。背水の陣で臨んだ神野は、15km過ぎで早くも第2集団から脱落する。あわや、の展開にも本人は冷静だった。そこから大きく崩れることなく立て直し、ペースを維持。最後は落ちてきた選手を交わしながら追い上げ、日本人4位、全体の8位となる2時間11分05秒でフィニッシュ。

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対象2大会の平均タイムを満たすワイルドカードでのMGC出場権を獲得した。崩れがちな印象のあったフルマラソンで、最後まで落ちずに走りきれたのには、近年トレーニングを積むケニア合宿の成果があったという。

「直前に行っていたケニアでも、路面のコンディションなど思うようにいかないことが多くて、粘り強く練習を続けていました。それが、東京の厳しい状況でも走り切れるタフさにつながったと思います」

ケニアでの練習を支えるのは、全幅の信頼を置くシューズだ。「とにかくフィット感がよくて、靴紐を通してたった瞬間から自分の足とマッチする感覚があるんです」と、ニューバランスのNBHANZOシリーズを、路面状況や練習内容に応じてこまめに履き分けている。

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MGCを目前に控えた8月、やはり神野はケニアでトレーニングを積んでいた。2018年にプロランナーへ転向し、これで3度目のケニア・イテンでの合宿となる。今や神野の代名詞といってもいい。「ここで初めて現地のランナーの走りを見た時に、単純に、『ここでやれば強くなれる』と感じました。標高2000m、アップダウンの多いコースで、強いランナーと一緒に練習ができる環境です」

一番応援されるマラソンランナーになる

プロランナーとして、メディアの露出も多く、『山の神』のイメージやそのキャラクターから、キャリアを通じて大きな注目を集め続ける神野。ケニア合宿という独自の方向性もあり、自ら進むべき道を切り開いてきた印象がある。だが、その根底にあるのはひたすらに地道な練習だ。

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「陸上って、普段はキツイ、キツイ、キツイの連続、繰り返しです。でも自分が目指していた目標をひとつ達成できた時に、それまでのすべてのキツさが報われるというか、そこが陸上の面白いところです」

その目標の究極には、オリンピックがある。目指すところは、簡潔だ。「競技者としての目標は、オリンピックでのメダル獲得です。直近の東京五輪では、まずはMGCで2位以内に入って代表になること」

プロランナーとしての目標はまた違うところにある。

「一番応援されるマラソンランナーになりたいんです。結果が出ればさらに応援してもらえますし、常に挑戦し続ける姿勢を見せていきたい」

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神野がトレーニングを積むケニア・イテンは、多くのオリンピアンを輩出してきたマラソンの聖地でもある。神野自身、オリンピックがランナーとしての自分を次のレベルに押し上げると考えている。

「『山の神』と呼ばれることに誇りを持っていますし、そう簡単に手に入る称号ではないと思っています。でも今は、『山の神』を越えるためには、オリンピックしかないという思いでやっています」

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神野大地
1993年9月13日愛知県生まれ。2015年の第91回箱根駅伝で5区区間賞(区間新記録)、青山学院大学の完全優勝に貢献。大学卒業後、実業団を経て、2018年5月にプロ転向。セルソース所属。2019年東京マラソンでMGC出場権をワイルドカードにて獲得した。