2015年に発表されたTHE NORTH FACEとSpiberの協業によるタンパク質素材を利用した「MOON PARKA(ムーンパーカ)」は、単なるアパレル新製品の枠を超えて、素材の未来を大きく変える可能性を持ったプロジェクトだった。翌年の量産化も同時に発表されたが、発売は延期に。

この4年間、その経緯が詳しく語られることはなかったが、2019年6月20日、遂にタンパク質を用いたTシャツの製品化を発表。この4年間に起こったこと、さらにバージョンアップしたタンパク質素材の可能性が明らかになった。

「MOON PARKA(ムーンパーカ)」発売延期の理由

まず語られたのは「MOON PARKA(ムーンパーカ)」の発売がなぜ遅れたのかということ。そこにはTHE NORTH FACEの品質管理の厳格さと自然のタンパク質を模倣しようという最初のアプローチに原因があったという。

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左・関山和秀 Spiber取締役兼代表執行役 右・渡辺貴生 GOLDWIN副社長

「やってみてわかったことがたくさんありました。当初はクモの糸を作ることから始め、糸を大量に作ることができれば量産化は可能だろうと考えていました。しかし、評価を進めていく中で大きな壁があることがわかった。それがクモの糸が持っているスーパーコンストラクション(超収縮)という特性です」(関山和秀氏)

クモの糸は乾いていると強靭だが、濡れると収縮してゴムのように変化してしまうという。その事実は認識されていたが、特にアウトドアのアウターウェアのような厳しい品質条件をクリアするには十分でなかった。

「自然を模倣すれば製品になるというのは幻想でした。インナー、アウターなどアプリケーションごとに求められる素材は違っている。自然を模倣するのではなく、求められる素材を開発するという方向転換をする必要がありました」(関山和秀氏)

「THE NORTH FACEでは品質基準を非常に高く置いています。アスリートの意見も聞いて合格しないと製品化はしない。親水性の素材を疎水性にしながらタンパク質の特性を活かしていく。アウターだけではない。ファーは使わない方針なので、そういった素材を作れないか。マイクロプラスチックの問題にいち早く取り組みたいなど、多くの要求を出しました」(渡辺貴生氏)

アニマルフリー、マイクロプラスチックの問題などともリンクし、クモの糸を模倣するところから、タンパク質を活かした素材づくりへと方向転換が進んだという。

発酵によって生まれるタンパク質「ブリュード・プロテイン」

タンパク質は20種類のアミノ酸がつながった生体高分子で、生命体を構成する重要な材料。酵素や抗体のように生理的な役割を果たすものと、細胞骨格やクモの糸のように構造的な役割を果たすものがあり、Spiberでは後者を「構造タンパク質」と定義しているという。毛や爪などの「ケラチン」、骨、皮膚などを構成する「コラーゲン」も構造タンパク質ということになる。

「クモの糸のひとつのブロックの組み合わせのパターンだけでも20の100乗くらいの数がある。まだたどり着いていない素晴らしい材料が眠っています。それをどうやって見つけるか。例えば自然由来のクモの糸には、お腹の中の溶媒に溶けなくてはいけないなど制限がある。生物はかなりの制限の中でタンパク質を利用しているんです。人間はその制約にとらわれません」(関山和秀氏)

クモは数億年単位の中で進化しているが、ラボで単にそのスピードを速めるだけでなく、生命の制約を取り払うという考え方に変えて技術開発を進めてきたという。実験的に検証したものだけでも1400以上の遺伝子を合成して、超収縮といった問題をどうすれば改善できるか分子レベルで突き詰めていった。その結果90%以上、超収縮を抑制することに成功したという。そして、2019年11月「MOON PARKA(ムーンパーカ)」が求められる品質基準を達成した上で、発売されることが決定した。(詳細は2019年8月に発表予定)

「我々はお酒を醸造するようなプロセスでタンパク質を作っています。クラフトマン的なものづくりであったり、微生物を使った発酵という日本人に馴染みの深い技術を使って新しいものを作っている。そういった意味を込めて開発したタンパク質を『Brewd Protein(ブリュード・プロテイン)』と呼びたいと考えています」(関山和秀氏)

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「『DO MORE WITH LESS』というTHE NORTH FACEと関わりの深いバックミンスター・フラーから我々が学んでいる言葉がありまして、最も少ない時間とエネルギーで最大の効率を実現していくという考え方なんです。地球上に存在している様々な原理がありますけれども、それを活用することによって今までになかったような価値を作るというのがTHE NORTH FACEを通じて学んだこと。我々は地球環境全体の問題を一緒に解決できるソリューションを素材開発で提案していきたいと考えています」(渡辺氏)

こうした多様な特性を表現可能なタンパク質を人類が使いこなすことができるようになれば、現在ある地下枯渇資源を由来とする素材の多くが置き換え可能となる。気候変動や環境汚染を根本的に抑制し、持続的な発展を支える大きな力になりうるのだ。

地球生命圏のバランスを表現したTシャツ

そして遂に製品化となる第一弾が、「THE NORTH FACE Sp.」名義で世に送り出す「Planetary Equilibrium Tee(プラネタリー・エクイリブリアム ティー)」だ。これは地球生命圏におけるバイオマス(単位面積あたりの該当生物の生物量)の割合にインスピレーションを得て制作されたものだ。

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2018年「The biomass distribution on Earth」という学術論文によって、地球のバイオマス重量の82.5%を占めるのは一次生産者である植物であること、細菌、菌類、古細菌、原生生物を含む微生物が17%を占めること、動物はわずか0.5%であることなどが示された。しかも、その0.5%の動物の内訳を見ると、人間と家畜を合わせた重量はそのほかの野生生物全体の重量の20倍を超えるという。

「Planetary Equilibrium Tee(プラネタリー・エクイリブリアム ティー)」は、この地球のバランスにならい、植物由来のセルロースである「コットン」と、Spiberが生み出した微生物由来のタンパク質「Brewd Protein(ブリュード・プロテイン)」を82.5 : 17.5の割合で配合し、作られている。できる限り一時生産者である植物とエネルギー効率の高い微生物から資源を生産するというビジョンを表現しているという。

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そのTシャツに実際に手を触れてみると、やや厚手の生地はしなやかで、やや起毛感のある手触りは独特のものだ。肌に直接触れるTシャツに合わせた特性が追及されていることが良くわかる。

このTシャツは、まずは250着の予約限定販売となる。2016年6月20日~7月20日14時まで特設サイトで受付し、後日抽選のうえ当選者へと案内される仕組みだ。
https://www.sp.spiber.jp/tnfsp
購入場所 THE NORTH FACE ALTER(東京都渋谷区神宮前6-10-9原宿董友ビル1F)

今後の量産体制と価格はどうなるのか

ようやくの製品化とはいえ、まだ250着の限定販売。今後の量産化とコスト面はどうなっていくのか、それがタンパク質素材の実用化の重要なカギとなる。Spiberは2021年を目処に、タイの生産拠点を稼働する予定。山形県鶴岡にあるパイロットプラントの約100倍のスケールを持つという。ここが量産化の第一歩となる。

コスト面に関しては、2015年のプレゼンテーションでも、安価で大量に量産できる石油化学工業製品と価格面で対抗できなければ、実用化はできないとされ、その基準として100$/kgという数字が示されていた。これに対し、2015年当時からタンパク質の合成の発酵プロセスにかかるコストの95%削減に成功。先の基準値を満たすことに自信を見せた。

マイクロプラスチックの問題が、社会的な問題としてクローズアップされている中、タンパク質の素材利用は大きな可能性を感じさせる。いち早くこの問題に対し手を打ったTHE NORTH FACEとSpiberの協業にこれからも注目だ。