ロッククライミングという自然と対峙するスポーツにおいて、アレックス・オノルドほど自分をコントロールし、見極めている人物はいない。ロープをつけずに垂直の壁を登り、自身の可能性を確かめる挑戦者の言葉を聞く。

川島崇志(1枚目、2枚目)、髙田有輝(3枚目)=写真 村岡俊也=文

アレックス・オノルド

ただ少しクライミングの可能性を広げただけだと、
巨大な一枚岩を身体ひとつで登る男は言った。

「自分のことをパイオニアだとは思っていない」と、ロッククライマーのアレックス・オノルドは言った。淡々と、しっかりと目を見て話す真摯な姿から、彼を知る人たちの誰もが口にする“謙虚な人柄”が透けて見える。自身が成し遂げたことに対して誇るよりも、自身がまだ成し遂げていないことを常に見据えている人物。

 例えばフリーソロの第一人者であり、ベースジャンプによって命を落としてしまった伝説のクライマー、ディーン・ポッターのように、まったく新しい次元へとクライミングを引き上げるような存在ではないと、アレックスは自分自身のことを捉えている。ディーンほどのクリエイティビティはない。だからパイオニアではないと。「むしろ、大学で学んでいた影響からか、自分はエンジニアタイプなんじゃないかと思っている」と笑った。少しずつ改良し、地道に積み上げていくタイプだと。だが、彼の実績を見れば、いかに限界にチャレンジしてきたのか、誰の目にも明らかだろう。

 ザイオン国立公園にある高さ360mのルート、ムーンライト・バットレスをフリーソロ、つまり命綱となる器具類やロープを一切使わずに登って頭角を表したアレックスは、さらにヨセミテ国立公園のハーフドームの北西壁レギュラールートをフリーソロによって登攀し、その実力を決定的に示すことになる。数百mの壁に、まっ
たく命綱なしで登る行為に対して、賛否両論が何度も巻き起こった。恐怖を感じる脳の機能が欠損しているのではないか? とさえ言われたことがあるという。だが、アレックスも我々と同じように高所では恐怖を感じている。恐怖を克服するというよりも、周到に準備することによってアレックスは感情をコントロールしている。そして、驚異的な集中力によって、自分と壁以外の存在を頭から消し去ることができる。「思考なしで身体が動いている状態。いわゆるゾーンに入っている時間は、登るのに4時間かかる壁ならば、難易度が高い区間の2時間くらいかな。“スーパー・フォーカス”している時間は、とても身体が気持ちよく動いている。スムーズに段取りをして、身体を動かしているすべての瞬間がパーフェクトに感じられると、結果としてすべての感覚が満足する。その完璧な体験を求めているんだよね」

 昨年には、誰もが不可能と考えていたエル・キャピタンのフリーライダーという難易度の高いルートを遂にフリーソロで登ってしまった。アレックス自身もかつて要所ではロープを使って登っていたルートを、どうしてフリーソロで登るという決断に至ったのか。「 何かができるようになったから登ろう、っていうターニング・ポイントみたいなものはないんだ。ただ、フリーライダーをフリーソロで登りたいと思って、実際にできるって判断したっていうこと。それが最初。まず自分自身が登りたいって思ったんだよ。自分の中に芽生えた意志があって、それを実際にできるか検討して、できるだろうという判断をして、そのために徹底的に準備をする。今回のフリーライダーには準備に1年以上をかけている。確かに困難であることはわかっているんだけど、その困難であるっていうことが自分の心のスイートスポットを刺激するっていうか(笑)。よく考えて、その困難を克服した最初の人間になれるんじゃないかって思った」

 それでもなお、パイオニアではないと語るのは、すべてのクライマーの可能性をほんの少し押し広げただけ、という意識から。「クライミングというスポーツを少し遠くへ推し進めただけなんだよ。自分にとっての“コンフォートゾーン”を少しずつ大きく広げていった結果としてフリーソロがあるように。僕の“コンフォートゾーン”と普通の人のそれとが、あまりにかけ離れていると、なぜそんなことができるんだ? って思うのかもしれないけれど」

アレックス・オノルド

極限を快適に感じることのできる、
心と身体の状態を作り上げていく。

“推し進めた”という言葉のわかりやすい例がエル・キャピタンのノーズという代表的なルートのスピード記録だろう。1958年の初登時には47日間かけて登られたルートを、2012年にアレックスは2時間23分46秒という当時の世界最速記録で登った。確かに、初めて登った人物がパイオニアであることは間違いない。だが、誰も成し得なかった登り方でその壁を登ることができれば、やはりその人物はパイオニアに違いない。60年前に47日間かけてノーズを登った人物とアレックス、どちらが限界をプッシュしているのかという問いかけはナンセンスで、間違いなくどちらのクライマーも、誰も見たことのない景色を眺めただろう。

 フリーライダーをフリーソロで登った後にアレックスは、およそ2ヵ月間、クライミングジムで練習を繰り返していたという。外岩のように天候を鑑みてパートナーを探すために奔走する必要もなく、同じ条件下でトレーニングすることができる環境。かつてジムでバイトをしていた10代のとき以来、久しぶりに毎日ジムに通った。「もっと強くなるための実験だね。コントロールされた状況下で自分の強度を確かめていた。近年のトレーニング中に、朝は好調なのに午後は不調っていう波があったんだけど、それはフリーソロには不必要な要素。だから安定した状態を確かめていたんだ」

 自分に何ができて、何ができないのか。そして、何が本当にしたいのか。自分と冷静に対峙して見極めることができなければ、極限のフリーソロは成し得ない。アレックスがギリギリの挑戦を続けているのは、自分を知り、登りたいという純粋な意志があるからだ。

アレックス・オノルド

アレックス・オノルド
1985 年生まれ。10 歳のときにジムでクライミングを始める。メキシコのエル・センデロ・ルミノソをはじめ、数々のフリーソロのほか、エル・キャピタン、ハーフドーム、マウント・ワトキンスというヨセミテの3つの巨大壁を一気に登るヨセミテトリプル(21 時間15 分)のフリー登攀など、数々の偉業を達成。パタゴニアのフィッツロイ・トラバースでは第23回ピオレドール賞を受賞している。


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