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(写真 古谷勝 / 文 小俣雄風太)

トレイルランニングイベントで日本最大規模を誇るUTMF。トレランに興味はあれど経験ゼロ、自転車ばかり乗っている新入り編集部員小俣が飛び込んだのが、このトレランの祭典。そこに広がっていたのは想像をはるかに超えた世界でした――

何が楽しいんだろうか? 一昼夜、あるいは二昼夜をかけて山を100マイル(160km)、ひたすら走るイベントがあるのだという。

UTMF、名前こそ聞いたことがあるウルトラトレイル・マウントフジ。2018年大会を実際に現地で観る機会に恵まれた。トレイルランニング経験のない僕が、初めて観るイベントが日本最大のそれだなんて、なんて幸運なことだろう!……あるいは不幸なことなのかも? それは観終わってから考えよう。

UTMF2018

僕が大好きな自転車も、エンデュランスのスポーツであるから、トレイルランニングにハマる人の気持ちはなんとなくわかる。自然の中で体を動かすこと、気のおけない仲間たちとのアクティビティ、時に自分の限界をまざまざと見せつけられること……。ただウルトラエンデュランスとなると理解の範囲を超えている。自転車にも「ブルベ」という、300km、400km、600km、極まれば1,200kmを走る(究極にはアメリカ大陸横断3000マイルなんてレースもある)ものがあるが、個人的には理解ができない。

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ただし、タイムラインに上がってくるブルベ参加者の表情をみると、みな楽しそうだ。それでいて、誇らしげでもある。やってみないとわからない魅力があることは、なんとなく感じる。

スタート地点は祝祭の雰囲気

曇天のスタート地点、PM2:00を迎えた富士山こどもの国にはお祭りの雰囲気が漂っていた。カラフルなバックパックとシューズを身にまとった、日焼けした老若男女がそわそわと、落ち着かないようでいて高揚していて、頰を紅潮させている。エントリー数1500人超のスタートライン、今か今かとその時を待つランナーたちがひしめく。最前列に並ぶ招待選手たちは、笑顔を見せるリラックスぶり。しかし号砲の直前には研ぎ澄まされたアスリートのゾーンへと沈み込んでいった。

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号砲。前のめり気味に駆け出して行く選手の列が途切れない。大きな声援に押し出されるように選手たちが走り抜ける。なんだか華やかだ。ここからランナーたちは早くとも20時間、最大で46時間のランニングに挑むことになる。そしてこの長丁場を戦うのはランナーだけでないことをすぐ知ることになる。この会場にいる大多数、明るい声援の主たちはそれぞれのランナーのサポーターなのであった。彼ら彼女らのレースもここから始まっていた。

要所要所を先回りして、選手たちの姿を追いかける

スタート時刻15:00の時点で曇天だったこの日、夕刻を待たずに空は暗くなり始める。第1エイドステーションの富士見に着いたのは16:00過ぎ。だいぶ選手たちに先行したかと思ったら、すぐに先頭の選手がやってきた! 表情にあどけなさの残るスペインのパウ・カペルが、軽快に通り過ぎていった。エイドステーションも必要最小限のストップ。風のようにやってきて、風のように去っていってしまった。

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それからは続々と選手たちが続いてくる。カペルのようなスピードではなくとも、みなまだ体も軽く、笑顔さえ見える。ハーフマラソンだったらもうゴールしている距離なのに。

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夜が来るのはあっという間だった。選手たちにとっては、来て欲しくないものだろうが……。でも個人的には、少し楽しみな時間でもあった。暗闇の森の中を走るだなんて、まったく想像ができなかったから。どんな風に走るのか、トレイルはどんな風に見えるのか。第2エイドの麓のトレイルに少し入り込んで選手の到着を待つ。

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遠くに白い点が見えたかと思うと、上下に揺れながらこちらに近づいて来た。トップの選手がやってきたのだ。小柄な姿はやはりパウ・カペルで、暗闇の中でもなんのことはない、先ほどまでと同じ軽快さで走り抜けていった。しかしこの頃には、鈍感な僕でさえカペルが超人めいていることはわかっていた。この麓エイドには2時間前にスタートしたSTYの選手たちも続々と到着しており、そのほとんどが走っているのではなく、歩いていたから。

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時刻は19:00。STYがスタートしてからは8時間が経過していた。8時間も山の中を走り続けるなんて、尋常なことじゃない。けれど歩みを止めないランナーたちが次々と目の前を通過していくのを見て、頼もしく思うと同時に気が遠くなりそうだった。STYの選手たちはこの時点で全行程の半分以上まで到達している。しかし、UTMFの選手たちにはまだ1/3にも満たない距離なのだ……。疲弊が表情とたたずまいにあらわれている。

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麓エイドでは、もうひとつ見たことのない世界が広がっていた。F1のピットインのようにランナーを迎え入れるサポーターたちの姿。疲れ切ったランナーを座らせ、顔を拭いたり、湯を沸かしたり、補給食を渡したり、励ましたり。遠い駐車場から大荷物を運びこんでいた人たちは、走る人たちを支えるサポーターだったのだ。ランナーとともに移動する彼らもまた、UTMFというイベントの挑戦者。100マイルレースは、一人ではなかなか戦えない。

夜の果てへの旅

立ち寄るエイドステーションの数が増えるごとに、ランナーたちと、サポーターたちの憔悴が増して行くのがわかる。時刻はAM4:00。起きてるだけでもツラい時間。まして山の中を走り続けているとあっては。レースをただ追いかける身であっても、夜の終わりの時間までは、闇に精力を吸われるようでしんどい。早く太陽よ顔を見せてください。

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コース上のランナーたちはいま何を思うのだろう。夜の果てへの旅、という古い本の題名が頭をよぎる。たしか主人公が身のまわりの物事を呪ってばかりいる救いのない物語だった。しかしランナーは自らの足で夜明けを走ることができる。長い道のりの中でおそらくは自分を呪うこともあるだろうが、走り続けることが自らを救う唯一の手段であることも知っている。脱帽。

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朝日に染め上げられた山中湖の逆さ富士を見て、石割山へと登る。この山頂でおよそ124km地点。距離こそ半分以上だが、山はむしろここからが本番といった具合に連続する。この石割山の山頂は今年のコースで唯一、(少し離れた位置になるが)選手が2回通過する地点で、ちょうど僕が登り切った時に、東側から選手がやってくるのが見えた。トップの選手だ。小柄なパウ・カペルが、ここでもトップを快走している。彼はすでにこの石割山を一度登り、山中湖のエイドを経て再びここを登ってきたことになる。15分ほどして、2番手のディラン・ボウマン(アメリカ)が続く。この2人が図抜けて速い。

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近づくフィナーレ、そしてドラマ

標高1412mの石割山頂にてやってくる選手を待つ。ある者は息も絶え絶えに、ある者は飄々と、ある者は呪詛めいた独り言を漏らしながら下りへと入っていく。女子トップを行くコートニー・ドウォルター(アメリカ)はニコニコと走り去っていった。男子を入れても相当の順位だ。強い。

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155km地点、ゴール前の最後のエイドステーションとなる富士吉田は灼熱だった。やってくる選手たちも限界に近い。そして、サポーターも。しかし栄光はあと13km先にある。そのこともみなよくわかっている。

ゴール地点の河口湖畔、大池公園に最初に姿を表したのは、ディラン・ボウマン。前回大会の覇者で、今大会はずっと2位を走り続けていた彼が、残り5kmの下りでカペルに追いつき、逆転するというドラマチックな結末に。

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▲優勝したボウマンが2位のカペルを讃える(写真/UTMF)

しかしドラマチックなのは勝敗のかかったレースだけでないことを、この頃になると僕でもよくわかっていた。不眠不休でUTMFを追いかけながら、一人一人のランナーがどれだけの思いを抱えてこの100マイルに挑んでいるかに触れた。そしてサポーターたちもまた、ランナーがゴールにたどり着けるようどれだけ心を砕き、また身を挺しているかも。

ゴールラインまでたどり着いたランナーが、その喜びをゴールラインで大切な人たちと分かち合うのを見て、「何が楽しいんだろうか?」という問いの無意味さを恥じた。楽しい、楽しくないという尺度は意味をなさない。この100マイルのレースにあるのは、肉体と精神の交歓であり、一人の人間の生き様なのだった。

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▲(写真2点/UTMF)

翌朝、なぜか近所の山を走っている自分がいた。UTMFを目指すなんて大それたことは考えられないけれど、トレイルを走りたくなったのだった。ゆっくりペースのジョグが心地よいこの山道は、もしかしたら富士山の麓につながっているかもしれない。いやまさか。