2018.07.04 - 11:26

敗者の視点から:ロードバイク・ファクトリーチームの全日本選手権

(写真 辻啓 文 中村浩一郎)

ヨーロッパを本場とする自転車ロードレースには、「2位以下はすべて同じ」という格言がある。一年に一度開催される世界各国の国内選手権はその最たるもので、優勝者とそれ以下は天と地の差。島根県で開催された全日本選手権に優勝候補として臨んだ「チーム ブリヂストン サイクリング」の戦いぶりを、現地で取材したジャーナリストの中村浩一郎氏がレポート。

自転車ロードレースの世界では、6月の最終日曜日はロードレースの各国選手権の日とされている。そのためこの日に、世界各国でその国の選手権を勝利する者、すなわちチャンピオンが決まる。2018年は6月24日がその日。日本では、島根県益田市を舞台に全日本選手権が開催された。距離は213km。総獲得標高は約4000m。6時間に及ぶ戦いとなった。

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全日本選手権に勝利すると次の選手権まで1年間、日本チャンピオンを名乗れ、ナショナルチャンピオン・ジャージを着用できる。日本のジャージは、日の丸をアレンジした白地に赤のジャージである。

特に世界トップシーンでは、このチャンピオンジャージを着ているかいないかで見られ方の差は大きいという。自分が日本一強いライダーであることを1年間主張できる以上に、全日本選手権を制することの意味は大きい。

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2018年の全日本選手権ロードレース、大本命と言われていたのは、「チーム ブリヂストン サイクリング」の窪木一茂だ。2015年に全日本選手権をすでに一度優勝。2016年よりイタリアのチーム、ニッポ・ヴィーニ ファンティーニに所属、リオ2016オリンピックにもトラック競技「オムニアム」で出場している。

それが2018年、東京2020オリンピック・パラリンピックでのメダル獲得を目標に再編成を図った、チーム ブリヂストン サイクリングにエースとして加入。国内レースを中心に走り、いわゆる表彰台の常連となった。この前週に行われた個人タイムトライアルの全日本選手権でも優勝し、今年はすでにチャンピオンだ。

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チーム ブリヂストン サイクリングは1964年の東京五輪を機に創立され、その名称を時代ごとに変えながら50年を超え存続する日本のサイクルレーシングチーム。ブリヂストン・サイクル社を母体として自らが戦うフレーム開発も行う、日本唯一のファクトリーレーシングチームである。

トップチームと呼ばれ久しく、近年では2016年の全日本選手権ロードレースでワンツー勝利を果たした。今年はエースの窪木が本命、チーム員にはトラック競技でのナショナルチーム選抜選手も数人いる。勝利のお膳立ては整っていた。

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とはいえ、自転車ロードレースは勝つべくして勝つのは難しい競技だ。プロスポーツの世界では勝負は常に水モノだが、ロードレースはその要素がより高い。自転車ライドで最大の障害となる空気抵抗からエースを守り、他チームの脚を使わせ、自チームを有利に動かす戦略ゲームだ。その日の風、天候、味方との意思疎通、ライバルとのコミュニケーション、気の流れと運。こういった要素をすべて、うまく利用し尽くしたものがロードレースの勝者となる。

そういえば自転車ロードレースは、競技中にライバルと話ができる(ここで人間関係も重要となる)数少ないスポーツの一つである。

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ロードレースの勝負は『逃げ』対『集団』という構図が多い。空気抵抗を最も効率よく避けられるのは『集団』の中、他のライダーの後ろである。スリップストリームを使って空気抵抗を最低に抑え、あるいはスリップに引いてもらえ、疲労は回復しやすく脚を溜めやすい。

その対局が『逃げ』、つまりその集団から逃げること。通常は少人数のグループで、先頭の風除けを交代して選手たちが脚を削りゴールを目指す。しかし集団がひとたび踏み出せば、加速力は個の力を大きく凌駕する。しかし振り返れば今年の全日本選手権は1周目、スタート直後にできた逃げに乗ったかどうかが、明暗を分けた。

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会場となった島根県益田市は、島根県の西側にある市。中心部となるのは山陰本線の通る益田駅、そして車で30分もかからないところに萩・石見空港がある。中央の黄緑のシャツを着た方が、市で募った運営のボランティアだ。益田市の人口は5万人、ボランティアの参加総数は1700名。

1周14.6kmのコースのどこにでもこの黄緑色のシャツの方がいて、「こんにちは」と声をかけてくれた。たぶんマニュアルがそうなんだろうが、知らない同士が互いにこんにちはと言い合える社会は楽しい。コース上、黄緑のどなたかに「益田市の宣伝を、くれぐれもよろしくな」と言われた。

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第1周回目にできた逃げには35名の選手がいた。逃げグループというより先頭集団だった。窪木を含む有力チームのエースが数人、後方集団に残った。213kmという長距離、長時間に「まだ1周目だ」という心が働いたか。90名余の後方集団はレース150kmを過ぎるまで、前を泳がせた。

泳がされたのはどちらだろうか。その差8分近くにまで開き、さあ追いつこうと速度を上げた後方集団だが、その同じ時に先頭集団の中から、さらに逃げを試みるアタックが始まった。

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均衡は崩れた。集団は崩壊し個々の地脚がものを言う力比べになった。2名の選手が逃げ、さらに4名が追う。ブリヂストンからはスタミナ王子こと石橋学がこの4名にいる。あと2周、先頭2名から1名がこぼれる。最終周回、勝負は3人となったが、ここに石橋はいない。

キナンサイクリングチームの山本元喜選手と新城雄大選手、そしてマトリックスパワータグの佐野淳哉選手がこの3人だ。チームでいうと2対1。「足が攣った」と新城選手。「雄大が動けなくても、彼の存在自体が武器に」と最後登りの入り口から一気に仕掛けた山本選手。そのまま佐野選手に32秒の差をつけゴール、2018年全日本チャンピオンとなった。

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窪木は上位に浮上することもなく13位に。2位も13位も変わらないということでは同じかもしれない。

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「マークされるような走りではダメだった、自らがマークするような走りでないと。自分は見られていると思ってしまった、だから一周目の逃げを逃してしまった。それが失敗でした」と窪木は語る。とは言えレースは水モノだ。前の集団に本命だった窪木が乗っていたら、水はどう流れていたかわからない。勝つべくして勝つのは、本当に難しい。

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中村 浩一郎
サイクル系物書き。主にマウンテンバイクで色んな所に行って乗って書いてきた。ここ数年書く対象がロードレースやトラックレースに移り、輪行で行ってマウンテンバイクに乗って見て書くことに。最近はBMXレーサーでのダートジャンプに夢中。クロモリでも軽くて気持ちいいんだこれが。
facebook.com/pandasonic.nakamura

辻 啓
グランツールを主な現場とするワールドツアー系サイクル写真家。自身もハードコアなサイクリストでシクロクロスが主戦場。その実おもろいサイクルガイドで、イタリアで行うサイクルツアーは、ロードライドのロマンを満たす、一度は参加したいツアーと評判。
instagram @keitsuji

チーム ブリヂストン サイクリングのFacebookページ
www.facebook.com/Team.Bridgestone.Cycling

益田市による2018年全日本選手権の情報ページ
masuda-genki.or.jp/road2018/