10年前から箱根駅伝を撮り続けているフォトグラファー松本昇大。スポーツフォトグラファーではない彼がなぜ追い続けるのか? ドラマとはまた違った視点の箱根駅伝と学生ランナーの魅力を紐解く。

(写真・文 / 松本昇大)

 ある年、復路をスタートするランナーの姿が撮りたくて、まだ真っ暗なうちからスタート地点で場所取りをしていた。
当然、箱根の山は恐ろしく寒い。僕は自分ができる最高の防寒対策をしてスタート時間を待つことにした。それでも寒さを防ぎきることは難しく、ホッカイロを貼ったり体を動かしたりして、なんとか寒さを誤魔化そうとしていた。辺りは本当に真っ暗で、数少ない照明に照らされながら、テレビ局のスタッフや大会関係者が忙しそうに準備を進めていた。
「ひゅーーん、、、、どんっ!」
それは本当に突然、芦ノ湖で大きな音とともに上空に打ち上がった。何発あっただろうか、夏の花火大会のような盛大な花火だった。

箱根駅伝

スタート地点から最初の一、二発を呆然と眺めたあと、慌ててシャッターをきった。冬の暗闇に上がった花火は美しく、夏に見る花火と同じように儚かった。まっすぐ空に上がり、弾ける。花火がすべて打ち上がってしまうと、それが合図であったかのように辺りは徐々に明るくなった。しばらくすると、六区の選手たちがあちらこちらでウォーミングアップを始めた。

箱根駅伝

 

今年は思わぬところでカー・ラジオの実況を聞いている。二宮で写真を撮ってから鶴見までの移動中、交通規制にはまり、車はまったく動かなくなってしまった。冬の青空と刺すような日差しと熱の入ったラジオからの声。
「パンッ!」
ラジオから聞こえてきた戸塚中継所での繰上げスタートの号砲。その直後、大東文化大学のランナーが誰もいない中継所にゴールした。多くのランナーは、憧れの箱根駅伝で走ることを目標に学生生活を捧げている。一つのことを成し遂げるために、今しかできないことを全力で謳歌しているのだ。僕にはそれがロマンチックなことに思える。

箱根駅伝

それにしてもどうしてだろう。
一生懸命走っている姿を見ているだけで、何かグッときてしまう。彼らのまっすぐな心意気や覚悟が表情から滲み出ていて、こちら側まで伝わるからだろうか。プロでもないが、いわゆるアマチュアとも少し違う気がする。彼らはあくまで学生ランナーだが、その独特なポジションと曖昧さからとても純粋に見える。
 
「僕は走り続けるために、走っていたんですよ」
 
去年の暮れ、元箱根ランナーが教えてくれた。次のステージでも走り続けるには、結果を出さないといけない。
これより先は、もう学生ではないのだ。このロマンチックな純粋さを撮りたくて、毎年コースに出掛けている。ラジオでは全大学が鶴見中継所を通過したと伝えていた。やがて交通規制が解除されたのか、前の車が徐々に動き始めた。ランナーたちは、今年もまっすぐゴールのある大手町に向かっている。

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