義足を履いたランナーが、ボルトの記録を超える。そんな日が、そう遠くない未来に訪れるようです。すでに、走り幅跳びのマルクス・レーム選手が義足を使って、健常者のトップ選手を上回る記録を出したことをご存知の方もいるでしょう。パラアスリートの身体の一部となり“ギア”として機能する、義足や義手の技術は急速に進歩を重ねており、パラスポーツの未来は各方面で大きな注目を集めています。

そんな可能性に着目し、開催されたのが、「渋谷シティゲーム~世界最速への挑戦~」。ソニー株式会社が協賛し、渋谷芸術祭実行委員会が主催するというかたちで実現した、世界トップクラスのパラアスリートによる1日限定レースです。11月初旬 日曜日の昼下がり、多くの人が行き交う渋谷のファイヤー通りに、陸上トラックが出現。義足をつけた世界トップのランナーたちが60mの人類最速記録6.39 秒を打ち破るために、激走しました。

世界屈指の義足ランナー、3名が来日!

この日の目玉はなんといっても、2016 年の全米選手権チャンピオン、ジャリッド・ウォレス選手を始め、100mの世界記録保持者であるアメリカのリチャード・ブラウン選手、ドイツのフェリックス・シュトレング選手といった世界屈指の義足ランナー3 名による、60m走です。彼らの世界最速への挑戦を見届けるゲストには、ソニーコンピューターサイエンス研究所 リサーチャーで、トップアスリート向け競技用義足を開発・製品化するXiborg(サイボーグ)社の代表取締役を務める遠藤謙さん、元陸上選手でXiborgランニングオフィサーの為末大さん、そして陸上競技・十種競技の元日本チャンピオンでタレントの武井壮さんが登場。大勢のギャラリーと共に、全力疾走する選手に熱い声援をおくります。

特殊な条件のもと開催されたレースのため、公式記録としては認定されないものの、歴史的瞬間が見られるかもしれない貴重な体験です。観戦スペースは、トラックの真横に併設し、選手たちの吐息も聞こえるほどの至近距離。いざ、スタートです!

 

citygames

リチャード・ブラウン選手 世界記録に0.75 秒まで迫る好タイム
わずか7秒ほどの疾走。瞬きもできないほどのスピードと迫力! 挑戦の結果は、リチャード・ブラウン選手が6.39 秒の世界記録に0.75 秒まで迫る7.14 秒という好タイムでゴールしました。また、Xiborg社の「Genesis(ジェネシス)」とともに、レースに挑んだジャリッド・ウォレス選手は7.23 秒、フェリックス・シュトレング選手は7.36 秒と、接戦をくりひろげました。

  • citygames
  • citygames

 (左写真)左から、ジャリッド・ウォレス選手、リチャード・ブラウン選手、フェリックス・シュトレング選手。3選手ともに、渋谷という大都市のメインストリートで大勢のギャラリーの前で走れたことに歓喜し、感謝の気持ちをコメントしました。

「パラアスリートが健常者の世界記録を塗り替える日は近い」 武井壮

このレースの発案者である遠藤謙さんは、レースの結果を受けて「今日をスタート地点として、さらなる好タイムを期待しています。今後もパラスポーツを後押しするよう技術革新を進め、すべての人がスポーツを楽しめるような人間の未来を描いていきたいです。」とコメント。また、武井壮さんも興奮気味に、「今日のように、日本・海外の大都市のメインストリートを、パラアスリートがすごいスピードで走る姿を、多くの人が応援するような大会があれば楽しいと思うので、このような取り組みがどんどん広がってほしいです。パラアスリートが健常者の世界記録を塗り替える日は近い」という力強い言葉を残しました。

  • citygames
  • citygames
  •  芸能界というシーンから、スポーツの魅力を発信し続けている、武井壮さん
  •  このイベントの発起人であり、株式会社Xiborg代表取締役の遠藤謙さん
citygames

メインレース以外にも、一般参加者によるチャレンジランを開催。クライマックスレースを飾ったのは、10 歳の義足ランナー斎藤暖太君と、世界最速60m レースで優勝したリチャード・ブラウン選手、日本人の義足トップアスリート佐藤圭太選手。先天性脛骨欠損症という疾患で、2歳のときに右足の膝関節部を切断した斎藤暖太君は、レース後のインタビューで「海外のトップ選手と走れるようにトレーニングを頑張ります。リチャード選手ともう一度走りたい」と夢を語ってくれました。

さらに、アフターイベントとして、「子ども向け義足体験会」も実施。遠藤謙さん、為末大さんとともに、ジャリッド・ウォレス選手がトークショーに登場し、義足についての意見を語り合いました。Xiborg teamのアスリートであるジャリッド・ウォレス選手は、トップアスリート向け競技用義足「Xiborg Genesis」について、そして2020年に向けて次のようにコメント。

citygames

「これまで3社の板バネ(=義足)を試させてもらいました。その中でも、データなども含めて『Genesis』が最も効率的で、最も効果的で、最もナチュラルであると感じています。Genesisは初の試作品ですが、これからテストを重ねていくことによって、私を含めて、アスリートのことを、どんどんプッシュしてくれる存在になると思っています。私が足を失った7年前、当時はまた走ることができるかということはわかりませんでした。困難があったとしてもチャレンジし続けることが大事だと思っています。私としては、2020年まで走り続けていきたいし、アメリカを代表して金メダルを取りたい。Xiborgの皆さんと一緒であれば絶対できると強く信じています。」

「人と物との関係が透けて見える」 為末大さんが注目する、パラスポーツの面白さ

そうして、幕を閉じた「渋谷シティゲーム~世界最速への挑戦~」。エンターテイメントという新しいかたちで、パラリンピアン、義足ランナーの可能性を知ることができました。そして、今回はさらに、イベントを終えた為末大さんにお話を聞くことができました。「人間を理解する」という独自の視点を持って、スポーツと社会に向き合う為末さんから、パラ競技の奥深さ、面白さを教えてもらいました。

citygames

——「渋谷シティゲーム~世界最速への挑戦~」を終えてみての感想をお聞かせください

パラリンピックって、どうしても“力み”がでちゃうと思うんです。批判しちゃいけないじゃないかとか、応援しなきゃいけないんだとかっていう。今日の場合は、世界トップの選手が走ったことで見た目にもかなり速いし、鍔迫り合いがあって、単純に勝ち負けを楽しめる。力まずに観戦できるということがよかったと思います。

——“パラ”という概念を飛び越えてみなさんが楽しんで観戦している雰囲気が印象的でした

チーム戦ではない陸上の特性からして、遠くから見るよりも、近くに行けば行くほど迫力が出て面白いんです。そういった意味で、今日は特に選手の迫力を間近に感じられたと思います。それがひとつ大きいかな。もうひとつは、繰り返しになりますけど、パラリンピックでは、まだ数少ない「普通に速い」という感覚で観られる競技だったということもあると思います。

——今回のイベントにおいても、ですが、テクノロジーの進歩により進化した“義足“が注目を集めていますね。

このイベントはXiborgのプロジェクトがきっかけとなっているので、義足がフォーカスされてはいるんですけど、僕は、この延長線上に人間と物との融合がありそうな感じがするんです。近頃はタブレットがないと、スケジュール管理をすることができなくなってますよね? みたいな感じで、記憶なども完全にアウトソースしていって、今後いろんなことが物との関係になっていくと思うんです。それが、健常者とパラの文脈で一番違う点は、“人と物との関係が透けて見える”んですよ。

本日のレースでウォレットが着用していた、「Genesis」について言えば、僕は義足のことはそこまでわかってないんですけど、ウォレットの体に合わせているとはまだ言えないんですね。彼個人の足の動きとか体重、そのほかさまざまなデータを取って、それに合わせて改良していく予定です。完全なパーソナライズというのは課題ですね。

citygames

——Xiborgではランニングオフィサーとして、義足のランナーに「効率の良い走り」を指導されている為末さん。義足での走りで、重要なことはなんですか?

義足と足はあんまり変わらないと思うんです。けど、義足の場合、素材がカーボンなので、潰すと人間の足よりパワーが出るんですね。僕らの場合は、足を潰したあと、次に飛び出す方向を足首でちょっとコントロールする。それが義足の場合全くない。潰す方向を誤るとブレーキになったりするので、加速していくっていうのは、入り方がすごい難しい感じがしますね。関節が一個ないだけで、かなり自由がなくなるので、そういう意味ではもしかしたら、最後は上半身の動きが上手くなる選手があの世界を制するかもしれないです。上半身には関節がいっぱいあるんで、足首の自由度の代わりをして上手く着地させればいい。なので、たぶん健常者よりも上半身がでかいほうがいいと思うんです。手が太い方が潰しやすいから。

データとしては、地面反力というものがあって、地面に着いた時に義足で踏んだ場合と、健常な足で踏んだ場合どういう変化をするのか、ということを測定するんです。実は、足というのはあまり潰せてなくて、固めているだけ。義足はいかに潰せるかということが大事なので、上半身がでかくて叩き潰すような腕の振り方の選手が勝つんじゃないかって思います。健常者の世界と、見方がちょっと違いますね。アキレス腱の性能は、義足で変えられるので。

——なるほど、面白いですね。為末さんにとって、パラスポーツの最大の面白さってなんでしょう? 

僕らの世界は、質力がある選手や、アキレス腱のポテンシャルで結局勝っちゃう。それが9割以上だと思う。でも、義足の世界は上手いかどうかが、2、3割以上。それは、すごい楽しいですね。自分が現役の間、何故この身体に生まれたのかっていうのを、喜びながら恨んでたりしたんで、例えば、ジャマイカ人と向き合うときに。でも、義足の世界は、上手くなれば勝てるんですよね。義足はトランポリンみたいなもので、トランポリンの選手って、筋肉があるから飛べるかっていうとそういうわけじゃない。筋肉と関節の締め方のタイミングと抜き方のタイミングなんですよね。

将来的にはそうじゃなくなる可能性もありますが、義足は難しすぎて、体得するのに時間がかかるので、将来も技術要素はだいぶ入ってくるんじゃないかという気がします。懸念点としては、今は先進国が圧倒的に強いんですよ。情報が多いので、上手くなりやすい。途上国が勝つのは相当大変な気がします。健常者の方はポテンシャルがあれば勝てるんですけど、教育が高くてお金があるという意味で、技術が高いアメリカとかドイツとか、その辺りに途上国が勝てないと思う。義足を使うことは、難しいので。テニスで先進国が強いのと似てる気がしますね。

——世界の舞台で活躍する日本選手も出てきますか?

もちろん可能性があります。経済力があって教育水準が高いので、技術的に高度なものを扱える人間が出てくる可能性が高い。金メダルの可能性もあると思いますね。9秒台(100m)で走れるポテンシャルはありますよ。おそらく必要なのは、徹底的に義足の開発者と選手がコミュニケーションをとることと、ちゃんと技術が磨ける環境、上半身をでかくするということかな。今はデータとしては日本がトップじゃないんですけど、この数年でトップになれると思う。別の側面として、アメリカには、戦争で怪我してるパラリンピアンが多いんですが、我々には戦争がないので、障害者の数が少ない。競技人口が数ないと競争が少ないということがありますけどね。

——最後に、2020年に向けて今後どんなことを仕掛けていきたいと思いますか?

僕は個人的な興味は「人間を理解する」ということなので、スポーツにおいては、スポーツ自体じゃなくて、社会をスポーツで変えるということに興味があるので、それをやっていくんじゃないかと思います。今いちばん一生懸命やっているのは、スポーツのホットスポットを作るということ。シェアオフィスをやっているんですけど、それを少し拡大して、さまざまなスポーツのベンチャー企業とか協会とか一箇所に集まれば交流が起きて、良い思ってます。

渋谷シティゲーム〜世界最速への挑戦〜
オフィシャルHP:https://www.sony.co.jp/brand/campaign/shibuyacitygames/?j-short=shibuyacitygames