『TRIPLE R』で開催しているアカデミーシリーズ『Knowledge is Power(K.I.P.)』。今回のゲストは、箱根駅伝で大活躍した“山の神”こと神野大地さん。ホストの中野ジェームズ修一さんとは、青山学院時代に出会い、実業団に入った今でもアスリートとトレーナーの良好な関係が続いています。出会いから、箱根駅伝での逸話、トレーニング、陸上にかける熱い思いなど、よく知るふたりだからこそ聞ける深い話が満載です。

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神野選手は「陸上人生が変わった大会」として挙げるのが、2年次の日体大記録会(日本体育大学長距離競技会)」での10000mだ。

神野 それまでのタイムは30分10秒以上だったんですが、29分1秒を出せたんです。これを機にチーム内での位置づけが上がり、関東インカレ、出雲、全日本、箱根に選ばれるようになりました。その日体大記録会が2013年4月で、中野さんが青学にいらっしゃったのが一年後。ちょうど「さらに上を目指したい」と思っていた時でした。

中野 初日は「誰が来たんだ?」という空気でした(笑)。みんな僕がトレーナーだってわかってた?

神野 実は、「“ジェームズ”とかいう、外国人トレーナーが来るらしいよ」と噂していました(笑)。その日、中野さんに、僕らの練習を全否定されて…。ふわっと来た人に「これまでやってきたことは無駄だ」と言われても、そうは思いたくない自分がいるわけです。でも、僕は中野さんの言葉には、説得力があった。「無駄」と言い切る理由がすっと入ってきたんです。

当初、「ふわっと来た人」に過ぎなかった中野さん。中野さんのトレーニングを受け入れるのか、従来通りのメニューを続けるのか、選手たちの間で割れた。このあたりのいきさつは、主務だった高木聖也さんの回に詳しいので、ご一読を。

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――中野さんを巡って、原監督はどういったスタンスだったのでしょうか?

中野 原監督は、自分がわからなければ専門家に聞くんですね。社会のルールとして当たり前のことなんですが、陸上界では違うんです。いろんな陸上部の監督さんと付き合いがありますが、すべてをコントロールしたいのか、「うちの選手と直接、話しをしないでくれ」と言われることもある。そう言われてしまうと、トレーナーとしては、自分の仕事を否定されたように感じてしまうんですね。僕も人間ですから、「それでも何とかしてあげよう」とはなかなかなれません。

神野 確かに、他校の監督は、外部の人を入れるのを嫌がりますね。原監督の場合、走る練習や生活面は教えられる。でも、フィジカル面の知識はない。だったら、選手のことを第一に思い、知っている人に頼ればいいという考え方です。

中野 原監督は、うちの新人トレーナーの研修に「青学の選手を使ってください」とまで言ってくださり、経験を積ませてくれます。新人トレーナーでも名前を覚えてくれ「だいぶ成長したね」など声を掛けてくれます。その心遣いに本当に感謝しています。

神野 もちろん練習中は真剣そのものなんですが、寮での原監督はちょっと違っていて。口癖は、「神野君、何してるん?」。僕が寮のリビングルームでストレッチをしていると、毎晩、赤ら顔で同じことを聞いてきて(笑)。そうやって、打ち解けた空気を原監督が作ってくれていたおかげで、他の大学だと、1年生が4年生と話しもできない雰囲気なんですが、青学では先輩後輩関係なく言い合えて、ワチャワチャしてました。

中野 確かに、大学チームはもっと上下関係が厳しかと思っていたけど、青学にいると、誰が何年生かわからなくなるくらい。

神野 後輩から、かなり辛辣だけど、核心を得たことを言われたこともあります。4年生の時、僕はキャプテンだったんですが、現キャプテンの吉永君が、当時2年生で「神野さん、故障しているからって気を遣わず、キャプテンとして何でも言ってほしい」と指摘されたんです。それで、僕自身、変われましたね。

中野 ただ、最近の1、2年生とはあまり会話ができないと感じることも。年齢差があるから仕方ないことだとは思いますが、ある選手からは「監督やトレーナーさんと話をするのが苦手」とも。私たちからもっと積極的に入っていかないといけないと感じます。

神野 僕らの時は、中野さんに“来てもらっている”という感覚だったんですが、今は、中野さんが“いる”のがふつうになっていますね。「その恵まれた環境は、当たり前じゃないんだぞ」と言ってやりたいくらいです。

2013年、3年生で箱根駅伝5区に抜擢された神野選手。約20m延長された新コースにも関わらず、区間新記録を打ち立て、“山の神”としてその名を全国に轟かせることに。しかし、そもそも5区を走る予定ではなかったそうだ。

神野 当初は、一年前と同じ2区を走る予定でした。2区にもすごい坂があるので、5区の試走に、5区の予定だった一色と一緒に行くように言われたんです。そうしたら、これまでの青学の選手は83~84分だったところを、79分半で走れたんです。お腹が痛くて30秒くらい止まったのに。そこで初めて5区の話が出ました。原監督はマスコミに「夏には神野の山の適性を見抜いていた」といつも話してますけど、5区の話が初めて出たのは、11月です(笑)。

中野 私は、正直、一色には山上りの5区は厳しいと思っていました。身長が高いので、上り路面が長くなるとブレてしまいますし、筋肉量が多く、そうとう酸素を使ってしまう。神野の方が、山上りは有利だと思っていましたが、それはあくまでも理論上のことでそれだけでは簡単に判断が出来ないのが駅伝の難しさだと思います。

神野 坂が得意なわけでもなく、自分が5区を走ることは一生ないと思っていました。ただ、5区は、限界手前ギリギリでずっと走る、我慢強さが求められる区間。きついことを我慢する能力はあったのかもしれません。

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4年生はケガに悩まされた。神野選手に代わり、5区を走る準備をしていたのが、同期の橋本崚選手だ。

中野 橋本は、神野のリザーブとして育てられてきた選手。山用の補強トレーニングも、神野以上にやり続けていました。

神野 12月中旬までは、橋本の予定でした。でも、奇跡的に12月から、僕が走れるようになって、12月21日の試走で橋本のタイムを1分半くらい超えてしまった結果、僕が5区を走ることになったんです。1年間ずっと用意してきた橋本は悔しいはずなのに、その日の夜、僕の部屋に来て「やっぱり5区を走るのはお前だ。優勝できればいいから」と去っていきました。今はGMOインターネット所属で頑張っているので、是非、注目してください。

中野 うちの会社がみて、僕らがかわいがっている選手のひとりでもあります。一度も箱根を走ってないという点では、橋本はかわいそうですが、悔しさが今、彼の強さになっています。すごくきつい練習に耐えていますし、昨年の防府読売マラソンで初優勝しました。

神野選手は、青学を卒業後、コニカミノルタに所属。2020年の東京オリンピックでのメダル獲得を目標に、中野さんとフィジカル強化に向き合う日々だ。

――どんなトレーニングを行っているのですか?

中野 私は神野という人間がすごく好きなんです。なので実業団に入ったあとでも自分が彼を担当することになりました。開始する最初の1ヶ月間、毎日1、2時間を“神野の時間”と決めて、東京オリンピックの2020年までに何をしたらメダルが獲れるのか、神野ノートを作って、やり切らなければならないステップを書き出したんです。すべてを上り切った時、「これ以上、もうメニューはないんだ。これでもう、負けても悔しくない」という心境になり、緊張せずに試合に臨めるようになって欲しい。これは、担当している選手全てに行っていることです。

神野 具体的な内容は、簡単に言うと体幹トレーニングです。昨年は、腹横筋という筋肉を徹底的に鍛えて安定させることに集中しました。あとは、バイアストレーニング。肩甲骨の裏から脇の前についている前鋸筋と背中の下後鋸筋を主に鍛えることで、体幹が安定した状態で身体に捻りが出て推進力が生まれるんです。今は、ある程度“柱”ができたので、その“柱”を安定されるための“橋”を内転筋にかけて架けているところ。それと脚力の強化ですね。これがものすごくツラい。逃げたいくらいです。体幹、脚力、心肺機能と個々に鍛えたものを上手く連動させるトレーニングも行っています。

中野 それでもまだ、神野ノートの1ページ目ですけどね(笑)。

神野 そのノートは、何ページあるんですか⁉ 出版は、僕が引退するまで待ってくださいね。でないと、真似されてしまいますから(笑)。

中野 (笑)。トレーニングの内容については、神野自身がしっかり説明してくれましたが、ひとつ付け加えるとしたら、頭の限界値を上げる作業があります。人間は、防衛本能があるので、これ以上、身体を酷使すると死んでしまうという限界の手前で、脳が「やめろ」と指令を出します。“死んでしまう”レベルに最も近いレベルにもっていける選手だけが、メダルを獲れる。だから神野が「もうスクワットが上がらない」と言っても、「上げられるはず」と言い続け、本当に上がらなくなったら、身体を持ち上げて「ほら上がるでしょう」と言いながら、2時間びっしりやるんです。リミッターの限界値を上げるというのは、そういうことなんですよ。申し訳ないけど、泣いても叫んでも、やらなければメダルは獲れません。

神野 中野さんとやっていると「僕以上にきついトレーニングをしている人はいない」と思えるからこそ、試合でも負けないという強い気持ちになれます。

中野 正直、大学時代の神野を“アスリート”というイメージでは見ていませんでした。それが、こうして1対1で向き合うと、彼のすごいところをたくさん発見できます。あまり褒め過ぎるとアレなので、ひとつだけ挙げるなら、神野はアスリートが本来あるべき姿を見せてくれることですね。課題を出してもできない言い訳を並べる選手もいますが、彼は、決して言い訳せず、120%仕上げてくるタイプ。そうした姿を見られることは、トレーナー冥利につきます。

神野 そう言っていただけるのは、嬉しいですね。教えてもらったことをどんどん自分のものにして、強くなりたいから早く習得したくてやっています。

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――キツいトレーニングを続けるモチベーションは?

神野 僕には陸上しかないんです。勉強がすごくできるわけでも、会社で出世する自信もありません。陸上で有名になることでしか、お金をいただけない。陸上がなくなったら生きていけない。だから、頑張るんです。結果、陸上をやめてからの人生も切り開けるはずと思っています。ちなみに、マラソンは日本記録を出すと1億円もらえるんですよ(※編集部注)。

――会場からどよめきが!

神野 あまり知られていないんですね。それでも、陸上は、野球やサッカーに比べると金銭的評価が低いと感じます。大迫選手がボストンマラソンで3位に入りましたけど、賞金は500万円くらい。一方、野球選手の年俸は3億とかの世界。陸上でも頑張れば報われることを示していけたらいいですね。そうしたら、競技人口が増え、レベルも底上げされるので。

――最後に、目標を教えてください。

神野 途中で少し出ましたが、東京オリンピックでのメダル獲得です。それが、陸上人生の最終目標。達成して、現役を引退しようと思っています。東京オリンピックでメダルを獲りたいと明言している人はたくさんいますよね。日本人選手だろうが、外国人選手だろうが、同じ目標を掲げる全員が、ライバル。壮大な目標ではあるけど、達成できると信じています。

※編集部注
日本実業団陸上競技連合が主催するProject EXCEED®では、マラソンの日本記録を突破するための褒賞制度を設けており、男子マラソン2時間6分16秒、女子マラソン2時間19分12秒の日本記録を公認大会で破った選手に1億円が授与される。詳しくはProject EXCEED®公式サイトまで→http://projectexceed.com/