馬喰町のカフェ『TRIPLE R』で開催しているアカデミーシリーズ『Knowledge is Power(K.I.P.)』。ホストの中野ジェームズ修一さんが、今回迎えたゲストは、地域の自然資源を活用して、生涯スポーツを提案する黒野崇さん。テーマは“街とスポーツ”。日本各地で起こっているスポーツタウン化など、興味深い話が続きました。

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黒野さんは、スポーツ医学の知識を有し、長らくスポーツ医科学センターでスポーツトレーナーとして働いていました。2007年に独立し、株式会社BEACHTOWNを設立。サーフィンで知った、自然の中で身体を動かす心地よさを伝えようと、“アウトドアフィットネス”という新たな領域で活躍しています。

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――まず、黒野さんが、トレーナーから現職に転向しようと思った理由は?

黒野 スポーツトレーナーなら誰もがぶつかる壁ですが、室内でマシーンを使ったフィットネスを継続してもらうのってものすごく難しいんです。結果が出るのに、最低でも3ヶ月はかかるし、続けなければすぐに戻ってしまう。一生の健康を考えた時に「室内のジムだけでは、限界があるのでは」とずっと悩んでいました。それで、思い切って仲間と独立したんです。

中野 僕もスポーツクラブで教えていたことがあります。だんだん、固定された機械を持ち上げたり、押したりして何になるんだろう?と疑問に感じてくるんですよね。最初は楽しくて通っていた人も、それだけじゃ、だんだんつまらなくなって来なくなる。それでもやらせなきゃいけない。それって、トレーナーの仕事なのだろうかと。

黒野 もちろん、スポーツクラブのすべてを否定しているわけではないんですが、モチベーションが保てなくなっていきました。それ以前にも、独立したきっかけとなったことがふたつあります。ひとつは、90年代に、湘南エリアから都内に通勤できる湘南新宿ラインができたこと。当時、住んでいた鵠沼海岸では、朝、ランニングやサーフィンをしてから通勤するライフスタイルが自然発生的に始まっていたんですね。もうひとつが、カリフォルニアのエンシニータスという街で、非常に刺激的な風景を見られたことです。エンシニータスは、アメリカで、ヨガが初めて伝えられた地でもあるんです。コンビニよりも、ヨガスタジオが多く、小学校でアシュタンガヨガを教えている街。そんなコミュニティの中心にあるのがカフェで、掲示板に「次の日曜にバイクセッションやります」といった情報がたくさんあるんです。カフェに行って情報を得た他人同士が集まって共にアウトドアで身体を動かし、またカフェに戻ってくる。それが、日曜日の朝に当たり前にある光景だったんです。日本ではまだ、エアロビ全盛の時代でしたが。

中野 その頃、アメリカに住んでいましたが、ボディビルからヨガへの過渡期でしたね。カリフォルニアがフィットネスの本場と言われているのには、気候条件に恵まれていることが大きい。ほとんど雨が降らず、最高気温も最低気温もほどよい中で1年過ごせる。カラッとしているので、汗だくになるまで運動してもすぐ乾くから、そのままカフェに行けてしまう。気候がよくて、街とスポーツが合体しているんですよ。一方、日本は雨がたくさん降るし、夏は猛暑。カリフォルニアのようなスポーツライフスタイルを定着させるのは難しいと感じていました。

黒野 おっしゃる通り、晴天率の高い都市の方が、スポーツ文化は根ざしやすいですよね。日本では夏の稼働率が極端に悪くなりますし、雨も降るので、サービスの継続が難しい。そこで作った唯一の決まりが、どの施設でも必ずヨガスタジオを作ること。年間を通じて、健康作りを継続してもらうためにも、ビジネス的にも、天候に左右されない場所が必要です。最初に始めた『BEACH葉山アウトドアフィットネスクラブ』でも、宮崎の青島にある『SURF CITY』でも、古民家をヨガスタジオにリノベーションしたんです。アウトドアフィットネスは自然資源や使われていなかったスペースを活用できるので、ほとんど初期投資がかからず、ランニングコストも抑えられる。損益分岐点を非常に低く設定できることもあって、ビジネス的に好調なんですよ。

中野 日本にも、カリフォルニアのようなスポーツライフスタイルを送りたい需要があって、供給するビジネスを成功させている黒野さんのような方がいるのは驚きです。

黒野 振り返ると、時代に後押しされたところもありますね。2006年に女性誌「Vingtaine」での特集を皮切りに、平日にランニング、週末にサーフィンをする長谷川理恵さんが注目されるなど、健康と美のムーブメントが起こった。皇居周辺のランステブームもありました。スポーツジムではなくヨガスタジオに通いたい、外で身体を動かしたいという人たちが、限られた層ではありましたが、現れ始めた。それが、2015年に昭島で「クライミングジム&ヨガスタジオ PLAY」を作ったあたりから、ぐっと裾野が広がったように思います。「PLAY」の初日は、400人集まったんですが、今までスポーツを何もしてこなかった人たちが多かったんです。

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中野 2015年というと、スポーツクラブから独立するトレーナーの数もピークだったと思います。マンションの一室などで教える人がすごく増えました。

黒野 ただ、インドアの快適性を求める人に「外は気持ちいいですよ」と言っても、求めるものが違うと感じたこともあります。某大手フィットネスジムの依頼で、ある実証実験を行ったんです。

中野 某大手フィットネスジムは、チャレンジングな会社ですよね。現場を知っている僕が言うんだから間違いない(笑)。

黒野 そうなんですよね。その実験というのが、近くに公園があるジムを3つ選び、アウトドアのコンテンツを導入したんです。アウトドアは、室内ジムの会員が求めることではなかったようで、参加率はあまり高くありませんでした。

中野 スポーツには、必ずこうあるべきという形はありません。外は蚊に刺されるのが嫌だったり、誰かに見られるのが気になるからパーソナルを選び、室内に籠る人もいるでしょう。 “アウトドアでフィットネス”は選択肢のひとつ。選択肢があればあるほど、スポーツに参加する人が増えるという意味で、いい試みだと思います。

広がりつつある、2020東京オリンピックを見据えたスポーツタウン構想

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――クラブに入会する人のほとんどが、仲間とではなくひとりなのだとか。そして、ある程度上達すると辞めていくということですが、なぜでしょうか?

黒野 施設があって、ガイドする人もいて、道具もレンタルできるから手ぶらで来られる。通い始めは、そんな便利さを感じてもらえるんですが、10㎞走れるようになるとレースに出てみたい、ボートに乗れるようになったらレンタルではなくてもっといいものをと、卒業してしまうんです。クラブをサードプレイスとして使い続けてもらいたいのですが。

中野 その話は、よくわかります。新しいことをするのって、ワクワクしてすごく楽しくて、ドーパミンが出るわけです。で、一回、ドーパミンを出すと、また出したくなる。しかも、人間が厄介なのは、同じ刺激では物足りなくなってしまう。もっと上手くなりたい、もっと速くなりたいという欲求が叶わないと、ドーパミンは出ないので、いつかは限界が来てしまうんですね。そうすると楽しくなくなってしまい、種目を変える。これには、私は大賛成で、ドーパミンが出ないようにやり続けようとするから続かないのだから、次のワクワクを探せばいい。サーフィンがつまらなくなったら、バイクを始めてみたらいいんですよ。

黒野 都市生活者にとって、山や海という大自然はハードルが高いのかもと考え、視点を変えてみたんです。多摩センターにある温室をヨガスタジオにしたところ、すぐに定員いっぱいになりました。温室の“中”でちょっとした自然に触れたいというニーズがあったんです。

この温室、実は、出荷される前のプランツを並べるところで、午後には職人が整備に入るため、午前中しか使えないんですね。カフェや会議室なんかも、環境を整えてあげると十分、ビジネスとして成り立つと思いますね。このあたりは、都市開発のヒントになるかと。

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――スポーツ公園をテーマにした構想が実現しつつあるとか。

黒野 クラブ事業を手掛けながら、どうしたらもっと日本のスポーツシーンや街が変わるのか、ずっと考えてきたんです。たとえば、福岡の大濠公園は、雨が降っても水たまりができず、照明デザインも完璧。夜中2時に女性がウオーキングできるほど明るいんです。渋谷の宮下公園でも、スケートパークやクライミングウォールができて、街全体がきれいになりました。こうした事例や、公園の管理棟を活かしてヨガをするといったアイデアを盛り込んで、スポーツパーク構想の資料を作ったのが2013年。今まさに、実現しているさなかです。

公園って、指定管理者が造園業者で、極端な話、植物の管理しかしてないところもあるんです。それが、東京オリンピック開催が決まって、スポーツコンテンツがないと入札に参加できないことになったんですね。そこに着目し、スポーツのノウハウのない業者に、僕らが人材を派遣しています。

横浜市では、旧関東財務局という文化財をスポーツコンテンツとして活かすことになり、フィットネススタジオが入りました。『THE BAYS』という施設で、ここが横浜のスポーツタウン構想の中核を担うはず。また、隅田川では、東京都墨田区とアシックスさんが河川敷を向上するプロジェクトを行っていて、1階がカフェで2階がヨガスタジオの『ASICS CONNETION TOKYO』が、5月にオープンしました。僕らは、プロデュースと運営で入っています。隅田川周辺では、東京都が20kmのランニングコースの整備もしているんですよ。こうやって、いろんな角度から、街全体がスポーツタウンに変わっていく予感がしています。

黒野崇
日本体育大学健康学科でスポーツ医学を専攻。卒業後、病院が経営するメディカルフィットネスクラブに勤務。07年、株式会社『BEACHTOWN』を創業。現在、全国23都市でアウトドアフィットネスクラブのプロデュースや運営を手掛ける。