(文 倉石綾子 / 写真 平馬啓太郎、CLAMP)

伊豆半島南西部に位置する静岡県松崎町。駿河湾の向こうに真っ白な富士山を望む素晴らしいロケーション、なまこ壁と明治期の商家が連なる小径が交錯する。そんな、旅情にあふれる海沿いの小さな町だ。

この松崎町の小さな山に、古道を切り拓いたマウンテンバイクトレイルがあるという。「山伏トレイル」と名付けられたそのトレイルは、全コースを合わせておよそ30km。ハーフパイプ状のトレイルにはバンクあり、ウォールあり、スイッチバックの連続あり。変化に富んだトレイルに、マウンテンバイクの魅力が凝縮されている。今回はマウンテンバイクと旅を絡めたツアーについてYAMABUSHI TRAIL TOURと価値観を共有する長野県伊那市のバイクショップCLAMPの、女子マウンテンバイクツアーに帯同。全国のライダーを魅了する「山伏トレイル」を初体験した。

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もともとは平安時代に拓かれた生活道で、「山伏トレイル」という名の通り、山伏たちの修験の道として使われていたこともあったという。江戸時代には山で焼いた炭を里に下ろすための炭焼き道としても重宝されていた。炭を運ぶソリや馬が行き来できるよう、かなり手を加えて整備していたものらしい。終戦後、石油エネルギーへの転換が進み炭焼きが廃れるといつしか歴史あるこの道も、地元民に忘れ去られてしまった。

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それから半世紀後、この廃道をたまたま発見したのが、元・バックパッカーで現在、YAMABUSHI TRAIL TOURを主宰する松本潤一郎さんだ。「中学生の時に修学旅行の積立金でテントを買い、青春18きっぷとヒッチハイクを駆使して横浜から紀伊半島へひとり旅を敢行した」という強者で、無類の道好き・山好き・旅好き。17歳の時にはひとりネパールに渡ってアンナプルナ・サーキットを、その後はインド、中国、パキスタン、アフガニスタンを旅し、ヒマラヤ山脈やカラコルム山脈のトレイルを歩いた。南米ではオフロードバイクを買い、野営をしながら23,000kmを走破したという経歴の持ち主である。

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 YAMABUSHI TRAIL TOURを主宰する松本潤一郎さん

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 YAMABUSHI TRAIL TOURの拠点となるのは、松本さんらが切り出した間伐材が目を引く手作りの空間「BASE TRES」だ

海外を放浪した後、西伊豆の自然に惹かれて移住した松本さんは、地元の老人から自分が暮らす町の裏山に古道があると聞き及んだ。裏山を徘徊するうちにその手がかりを発見、面白半分で数百メートル分を発掘してみた。ところが、びっくり。まるでハーフパイプのような立派な道が現れたのだ。ソリを通すため、江戸時代に切り通しで開拓した名残である。

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発掘した道の名残を歩いてみれば、古道の跡はあらゆる尾根についていて、思いもよらぬ方向に延びていた。馬を供養する馬頭観音や地蔵など、繁栄を極めた往時を偲ばせる石碑がいくつも現れた。全ての古道をつなげれば、このトレイルを起点として新しい山のアクティビティを創出できるんじゃないか。松本さんはいつしか、古道を媒介とした里山文化の発信に思いを馳せるようになる。

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山伏トレイルに携行した、CHROMAGのSTYLUS 27.5

「まずは周りに声をかけて、古道再生の趣旨に賛同してくれる仲間を増やしていきました。それから地主と交渉しながら、伐採の方法を学んだり、保安林のシステムを勉強したり。トレイルの整備を行うことが山の保全につながるということがわかると、地主も自治体も僕たちの活動を応援してくれるようになりましたね」

伐採した木は薪ストーブ用の燃料や地元の伝統食材・伊豆田子節(カツオ節)を燻すための薪として販売する。地元に工房を構える木工作家に提供し、あるいは間伐材の建材とすることもある。そうして得られた収益は、トレイルの整備やそこに携わる人々に還元した。

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松本さんがこの古道を魅力的に感じたのは、地元の財産に再び光を当てられること、使われなくなって久しい廃道を現代の形で利用できること、そこから雇用を生み出す可能性があることだった。トレイルができたことで猟師は山に入りやすくなり、地元では椎茸の栽培を始める人も出てきた。道は地域の財産である。道があるから交流が生まれ、人々の交流から文化が育まれる。だから道には、人間の営みが刻まれている。

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整備と同時に松本さんが始めたのがマウンテンバイクだった。かつての山伏と同じフィーリングで、この道を巡ってみたい。そんな風に思い至ったからだ。江戸時代とほとんど変わらない里山の景色が広がるここには、エンジンのない乗り物がふさわしい。タイヤが広葉樹の落葉を踏みしめる音、海からの風が稜線を吹き抜ける音。そんな自然のBGMを背景に、トレイルを縦横無尽に駆けめぐる。いつしかそのトレイルへの熱量は、松本さんの周囲にも伝播していく。

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3年前にはついに「YAMABUSHI TRAIL TOUR」というマウンテンバイクのガイドツアー団体を正式発足。東日本のマウンテンバイクフィールドは冬季にクローズされることが多いが、気候の温暖な西伊豆では通年を通してライディングが楽しめる。そんな背景もあり、現在は多くのライダーを引きつける。「アンシエント・トレイルをマウンテンバイクで」、そんな評判を聞きつけて海外からもライダーが訪れるようになった。一方で、海と山、どちらをも満喫できるロケーションは、マウンテンバイク初心者のファミリー層や女性ライダーにも好評だ。

「僕としては、古道と西伊豆というフィールドの魅力に重きを置いていて、マウンテンバイクはそれを楽しむ手段にすぎないんです。だからタイトなコーナーをあっという間に駆け巡るようなライディングより、トレイルから海に沈む夕日を眺めたり、ペダルをこぎながら潮風を感じたり、西伊豆らしい気候や四季折々の風土をのんびり味わってもらう、そんな遊び方を提案していきたい」

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ガイドツアーと同時に、地域貢献として「西伊豆古道再生プロジェクト」という里山の整備活動もスタートした。チェーンソーを携えて荒れ放題の山域に入る。自分たちの後ろに少しずつトレイルが現れ、そこが自分たちの遊び場となる。いわば、遊びの自給自足だ。

「根っこが邪魔でバイクを押さないと通過できないセクションもあるし、春にはバイクに乗りながら筍を間引かなくちゃいけない。マウンテンバイク仕様として考えるなら、もっと手を加えてバームやドロップのあるコースを作った方がいいのかもしれない。でも、僕たちは人間の使い勝手のいいようにこの道を造り変える気はないんです。歴史を刻んだ道や自然の山が好きだから、ありのままの古道の姿を残しておきたい。むしろ、僕たちがこのトレイルに適した遊び方を考えればいいだけだと思うんですよ」

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海のアクティビティしかなかった伊豆半島で、山を舞台にした新しい観光を創生する。現在も山伏トレイルの整備は少しずつ進んでおり、近い将来、伊豆七島まで見渡せる十数キロのロングトレイルが現れそうだ。松本さん、そしてYAMABUSHI TRAIL TOURがこのフィールドを舞台にどんなシーンを築いていくのか、現代の山伏たちの次なるステップに、どうぞご注目を。

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YAMABUSHI TRAIL TOURのガイドのユニフォームは、日常生活(LIFE)と機能(SPEC)の最高のバランスを追求する「LIFE-SPEC WEAR」こと、Deeper’s Wear。ツアー参加者はDeeper’s Wear のシグネチャーであるハイキックジーンズのレンタルもできる。CLAMPの協力により、購入も可能になった。

松本潤一郎
YAMABUSHI TRAIL TOUR及び西伊豆古道再生プロジェクト主宰、マウンテンバイクガイド。17歳の頃からバックパックとギターを担いで海外のトレイルを旅するように。アジア、中南米を回り9年前に帰国。海と山に恵まれたロケーションに惹かれ、西伊豆に移住する。偶然発見した古道をきっかけに、西伊豆の里山カルチャーを発信して観光の新しいスタイルを築こうと、古道の再生と里山整備を目的とする西伊豆古道再生プロジェクトを始動。2013年、YAMABUSHI TRAIL TOURをスタート。文化と人の営みを今に伝える西伊豆のAncient Trailの魅力を伝えるべく、多方面で活躍中。http://yamabushi-trail-tour.com