『東京エクセレンス』でプロバスケットボール選手として活躍する傍ら、3on3バスケチーム『湘南SUNS』のチームオーナー兼選手も努め、オフシーズンなく精力的に活動する石田剛規さん。容姿も端麗。誰もが羨むバスケットボール街道を歩んできたかと思いきや、挫折を味わい一度はプロ選手を引退した時期もあったのだそう。惜しみない努力と汗で紡いできたバスケ人生の先にみえる未来とは。

(写真 古谷勝 / 文 onyourmark)

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少年時代はわんぱくだったという石田さんが、バスケットボールを始めたのは小学4年生の頃。小中学校ではキャプテンを務め、ジュニアオールスターの選抜選手に選ばれ、高校は推薦入学。高校時代もエースとして活躍し慶應大学に入学。まさに、その道まっしぐらな学生時代のなか、大学時代は一段とレベルアップしたバスケと、学業との“文武両道”に奮闘したそうです。

「大学に入るとセットプレーが増えたり、より高いレベルでのチームプレーを意識するようになり、高校時代までは自己中心的なプレーをしていたことにも気づかされ、試行錯誤しましたね。練習は週6日。学業のほうでは、建築やデザインの授業を積極的に受けていたので課題も多く、両立は寝る間も惜しんで頑張りましたよ」

そうして、学業とバスケを両立した大学生活。3年生の終わりにプロバスケ選手へのスカウトの声がかかります。建築業界での将来性にも興味があり、大学院へ進学するつもりだったという石田さんですが、バスケに専念することを決意し、晴れてプロ選手となる夢を叶えました。しかし、プロ1年目に膝の靭帯を負傷し、1年間のリハビリを余儀なくされてしまいます。その後、復帰と怪我を繰り返すも、挫折。引退という選択に至ったのです。

「当時は、プレーすることが楽しくなくなってしまっていて、次は“伝える側”として業界に貢献したいと思い、子供への指導やNBAの解説者として2年間活動しました。選手としてではないカタチでバスケに関わったときに、忘れかけていた本来の楽しさを再確認することができ、一皮むけたような感覚がありました」

そんななか、28歳の石田さんに再度転機が訪れます。「千葉にバスケットボールチームを作りたい」という知人から声がかかり、半年間のトレーニングを経て、プロ選手としてカムバックすることに。それが、『千葉ジェッツ』でした。

「根拠はないけど自信を持つことでできていて、以前より冷静に判断して自分のバスケを表現できるようになっていました。楽しんでやろうって思えたんです。充実感があるというのは、強いんだなって思いました。勝ち負けに固執しない自分にもなれた。」

その後、「さらに“楽しさ”にフォーカスをあてたバスケを表現したい、普及したい」という思いに気づいた石田さんは、現在の所属チーム『東京エクセレンス』に移ります。また、「バスケがもっと身近な存在になってほしい」という思いで3on3バスケチーム『湘南SUNS』のチームを立ち上げ、オーナーとしてスポンサーを募りながら、選手としても活動する日々をおくっています。Bリーグのオフシーズンは3on3バスケの活動を行う、という根っからの努力家なのです。

「バスケはやるのも観るのも楽しい。文化としての新しい角度からのバスケの魅力を伝えていきたい。やりたいことが多くて、もちろん大変な時もありますが、いろんな人巻き込んで、このシーンを盛り上げていきたいですね。まずはぜひバスケを観にきてください!」

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【名前】石田剛規 ISHIDA TAKAKI
【生年月日】1982年9月25日
【職業or所属】プロバスケットボール選手(東京エクセレンス/湘南サンズ)
【HP or BLOG】instgram:takakishida31
twitter:@takakishida

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